父を死なせた鍛冶屋に、娘が弟子入りする話。伝説の職人はなぜ、火を絶やさず剣を打たないのか?

NIKE

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第5話 繋がる温度

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 剣は、打たれなかった。

 パドキアは、炉の揺らぎに視線を向けた。
 赤は弱く、頼りなかったが、完全に消える気配はない。
 父が死んだその日から、グラドが守り続けてきた火だ。

 父も、同じ火を見ていたのだろう。
 そんな想像が、一瞬だけ彼女の胸をよぎった。

 背負ってきた父の剣を思わせる。
 あの刃にも、同じ火があった。

 グラドが剣を打たなくなってからも、火だけは残されている。その火は、打ち手を失ってもなお、工房の中心で息をしている。
 まるで、続きがどこかに置き去りになったままのように。

 パドキアは、グラドの背中を見つめていた。
 剣を打つことをやめた男の背中には、長い時間を抱え込んだ影があった。

 「……やはり、打たないのですね」

 グラドは、首を横に振った。

 「打てん」

 短い言葉だった。

 「もう、あれを鍛えた手で、新しい剣を打つことはできん」

 理由は聞かなかった。聞く必要もなかった。

 「……わかりました」

 工房の空気が、ふっと静まった。
 パドキアは一歩、炉のそばへ進んだ。

 彼女の表情には決意も焦りも浮かんでいなかったが、その立ち方には揺るぎがなかった。
 グラドが気配を察したのか、わずかに視線を向ける。
 パドキアは静かに言った。

 「それなら」

 「私が、打ちます」  
  
 工房の空気が、静かに張りつめた。  
  
 「……何を言っている」  
  
 「剣です」  
  
 迷いのない声だった。  
  
 「父が信じた剣を。あなたが打った剣を」  
  
 グラドは、すぐには否定しなかった。否定できなかった。  

 「だから、打ち方を教えてください」

 グラドは、すぐには答えなかった。炉の火に視線を戻し、薪の崩れ方を確かめる。赤の揺らぎに、何かを探すような目だった。

 長い時間をかけてきた者ほど、軽々しく否定はしない。否定できないものを前にしたとき、人は沈黙する。

 やがて、低く、ぶっきらぼうな声が落ちた。

 「……小娘に槌が振るえるか」

 その言い方には、嘲りよりも、試す響きがあった。

 「小娘じゃありません。力なら、あります」

 声は揺るがなかった。

 グラドは一瞬だけ、パドキアの腕を見る。細いが、無駄がない。剣を振るう者の筋肉だった。何より、立ち方が崩れていない。

 視線を戻し、短く息を吐く。

 槌を握ることでも、火を扱うことでもない。まず必要なのは、始め方だ。

 グラドは、長い沈黙のあと、ゆっくりと息を吐いた。

 「……火を見る」

 それが、最初の言葉だった。

 「急ぐな。鉄は、こちらの都合では温まらん」

 パドキアは頷き、炉の中を見つめる。赤の濃淡。薪の崩れ方。熱の流れ。

 「色だ。音だ。匂いだ」

 グラドは言葉だけを渡した。手は出さない。

 「叩く前に、待つ」

 パドキアは鉄を火に入れた。しばらくして、赤が宿る。その変化を、ただ見ている。

 「……今ですか」

 「まだだ」

 さらに待つ。

 「……今は」

 「もう少しだ」

 焦りはなかった。不思議と、時間が必要なことだと理解できていた。

 やがて、グラドが言った。

 「今だ」

 パドキアは鉄を取り出し、金床に置いた。槌を振り下ろす。音は、まだ鈍い。

 「力はいらん」

 グラドの声が、背後から届く。

 「鉄が動くのを、邪魔するな」

 パドキアは呼吸を整え、もう一度叩いた。今度は、音が違った。

 何度も、何度も。

 形は整わない。剣には程遠い。ただ、鉄は確かに、ここにある。

 やがて、パドキアは手を止めた。

 「……熱いですね」

 グラドは、何も言わなかった。

 パドキアは、そっと鉄に触れた。すぐに手を離す。火傷するほどではないが、確かな熱があった。

 そして、笑った。

 「あったかい」

 その言葉は、誰かを励ますためのものではなかった。確認するための言葉だった。ここに火があり、鉄が応え、手が動いたという事実の。

 グラドは、炉を見つめたまま、目を閉じた。
 火は弱いままだった。

 だが、もう冷たくはなかった。

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