となりは異世界【本編完結】

夕露

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目撃する女、佐奈

05.「見たら絶対あなたもファンになるわ」そう彼女が言ったとき私は逃げるべきだった

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この学校は食堂もあるらしい。
私にはお母さんが作ってくれたお弁当があるから関係ないけど、一度ぐらいは行ってみたいな~。
と思ってたら美加が食堂でご飯を食べるらしく、私も金魚のフンよろしくついていくことにした。


「近藤さんたちも食堂?私らも一緒でいーい?」


後ろからかかった声に振り向けば、同じクラスの女の子2人がいた。わ、わ、これはもしかして!

「う、うん!一緒にご飯食べよ!」
「アンタ声でかい」
「やったー」
「近藤さんって面白いね」
「ええー?ありがとう!佐奈って呼んで」

入学式が始まってちょっとお互いに喋りつつも出方を窺ってた今日二日目!ようやくご飯友達ができた!お互いのあだ名もすぐに決まった。
美加は美加とかみーちゃん、私は佐奈とか佐奈ちゃん。
茶髪ポニーテールの富士本里香(ふじもとりか)ちゃんは里香とかりっちゃん、茶髪ボブの林亜美(はやしあみ)ちゃんは亜美とかあっちゃんとか……とにかく色々!
あだ名もとい呼び名って友達になる前の通過門だよね。いやー嬉しいなあ。頬が緩んでしょうがない。

「あれ?なんか騒がしいね」
「もしかして……わーっ!王子だ!王子がいる!!」
「え」
「は?」

食堂自体には人は少ないけど、端っこの席に円を作るように人が集まっていた。美加が眉を寄せる。私も後ろから覗いてみたら、里香ちゃんが甲高い声を上げた。美加と一緒に少しひいてしまうぐらい、なんだか芸能人を見たような反応。しかも、王子?
里香ちゃんは一人興奮してるから、同じように目をキラキラさせてるけどまだ落ち着いてる亜美ちゃんに聞いてみる。

「ね、ねえ。王子って?」
「王子様知らない?二年生の桜紫苑(おうしおん)先輩だよ!王子様目当てでこの学校来た人だっているんだから!あ、み、見えた!」
「……佐奈。気持ちは分かるけど隠せてないから」

亜美ちゃんに背中を向けても笑い声が聞こえてしまいそうだったから、口を両手で押さえながら天井を見上げる。ついでに天井のシミも数えてみた。桜さん、桜さん……!紫苑って!桜、紫苑のしでおうし、王子!

「ブッフ、グ」
「豚みたいになってるわよ」
「ぅ、お」

美加の背中に抱きついて笑いを必死に堪える。二人は私の奇行なんぞ眼に映っていないらしく、私たちに謝ったあと輪に加わっていく。あー里香ちゃんと亜美ちゃんに見られなくてよかった。
私もちょっと王様、あ、違った。桜さん、桜先輩を見てみたい。おう!紫苑元気か!なんて言ってみたい。しないけども!
なにはともあれ美加と一緒にご飯を食べる。端っこで人が少ないほうに移動したから穏やかなもんだ。桜先輩目当てで入学する人もいるぐらい人気って言ってたから、噂が噂を呼んだんだろう。人が増えていってる。

「……なんか気の毒になってくるや。小学校のとき名前で苛められてそうだし」
「着眼点が違うわよね、アンタって」
「だって、クッ」
「笑いすぎ」

今日は笑いどころの多い日だなあ。大好きなウィンナーを食べて気持ちを落ち着ける。ううー美味しい。皆もご飯食べたらいいのに。お昼休みもう半分終わってるのに、食べてる人は私たち以外に四組ぐらいしかいない。凄い。あの人なんか一人立ちっぱで桜先輩中心にできてる輪を見て──あ、え。

うん?

輪の周りにいる人たちの中には、ご飯を食べていたけど中断して輪に加わった人もいたんだろう。机には点々とトレイとかお弁当、缶ジュースとかが置いてあった。
それを今視線の先にいる人が手に取ったかと思うと自分の持っている鞄の中にどんどん入れていく。多分封があいてないんだろう。向きとかきにしないで入れてる。あの人のものかと思ったけど、離れた場所にあるものも鞄の中に入れていっている。現在進行形ingだ。うん。

「え?」
「なに、アンタまた変なもん見たの」
「えっと?ジュース泥棒?じ、慈善活動?」
「はあ?」

泥棒の可能性が高いけど、断言できなくて笑うしかできない。みんなご飯そっちのけだから誰かが飲んだほうがいいような気も……や、でもやっぱり盗っちゃうのは駄目でしょう。

「……行ってきたら?私食べ終わったし教室戻ってるから」
「う、うん。ごめん、また後でね」

見てしまったら放っておけない。なんだか凄くモヤモヤしてしまう。美加に謝って席を立つ。あの人、右に曲がったよね。
食堂を出てあとを追う──いた。


「あ、あの。あの!」
「なに?私?」


声をかけても気がつかなかったみたいだから大きな声で呼んでみると、彼女は立ち止まって振り返ってくれた。迷惑そうな表情をしてる。そういえばなにを言えばいいんだろう。ジュース盗ってましたよね?直球はどうだろうか。そ、それは。


「用が無いなら呼ばないでくれる?」
「ジュース盗ってましたよね。……あ」


直球で言ってしまった。
い、今更だけど人間違えてないよね?でもなんか沢山詰まってる鞄持ってるし、さっきみたストレート茶髪ロングの女性だ。間違ってないはず。
茶髪さんは私のずいぶんな物言いに眉を寄せたあと「ああ」と頷いてみせた。

「あなた新入生ね?」
「え?はい」
「これ読んで」

鞄から取り出されたA4の用紙が目の前に突き出される。なにがなんだか分からなかったけど、恐々受け取って内容を見てみた。
そこには大きな赤文字で「食堂は食事をするところ」と書かれていた。んん?そして黒文字で小さく、「食堂で騒いだり勉強をしたり用もないのに居座ることを禁ずる。また、放置品は回収する。風紀委員」と書かれていた。


「風紀委員よ」


目の前の茶髪さんが腕章を見せてくれる。

「ほ、放置品回収ってその、つまり」
「あなたの言う盗ったジュースのことよ」
「ジュ、ジュースだけ回収ですか」
「流石に料理をこの鞄に突っ込むのはできないから。返却口に戻すのもメンドクサイし、けれどなにか現品回収したりして罰則を行わないと改善されないのよ。今回は桜(おう)が食堂に来たから多いわ」

王が来たから。流石王様だ。下々の視線を集めきってたもんなあ。
それより。

「大変失礼しました!本当にごめんなさい。私の誤解でした」
「いいのよ。あなたは桜に興味ないのね」
「おうさ……桜先輩見たことないですし、そんな」
「見たら絶対あなたもファンになるわ」
「あーそうかもしれないですね」

よく分からないけれど適当に相槌を打っておく。そんな私を見て多分先輩がとんでもないことを言った。



「あなた風紀委員に入りなさい」



……あれ?なんでこうなった。


 

 
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