となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

20.嵐の前触れ

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んっふふー!今日は金曜日。
つまーり!明日は学校がやっすっみ!のんびり出来るし美加ともあっそっべっる!!

今日も朝から城谷先輩たちに桜先輩についてのあれやこれやを丁寧にお伝えすることから始まった。しかも件の美女に遭遇してしまったからさあ大変。爽やかな笑顔で挨拶を貰ってしまったために周りの男子から嫉妬の視線を受けながらの登校だ。でもぜーんぜん平気!明日は休みだから!なにこれ凄く無敵な気持ち。
いやー明日はなにしよっかなー?ワンピース美加に見立ててもらいたいなあ。美味しいパンケーキ食べたいなあ。


「なんだ今日やけに元気じゃん」


席に着いてすぐ声をかけてきた波多くんを見れば、今日も眠そうでダルそうな雰囲気だ。いつもなら私も同じようなテンションだけど今日の私は違う。ニヤニヤが止まらない。

「へへー分かるー?」
「気味悪いぐらいにな」
「へへー幸せのお裾分け」

波多くんにも幸せが訪れますように……。
神様になったような気持ちになりながら波多くんにチョコレートを一粒じゃなくて二粒あげる。苺チョコだ。
思ったとおり波多くんは目を見張ったあと、「どうも」とそっけなく言いながらチョコレートを手に取るんじゃなくてしっかり掴んで握り締めた。あとでこっそり食べるんだろうか。握力で形変わりそうだけども。

ニャーニャー、とブレザーのポケットから鳴き声が聞こえる。マナーモードにし忘れていたらしい。お陰で聞き逃さなかった波多くんがちらりとこっちを見て目を細めた。癒されているようでなによりです。私はあなたが面白くて癒されますよ。
波多くんは細めた目に眉を寄せて厳つい顔をしている。でも実際は緩みまくりそうな頬を全力で押し止めているだけだ。本人は隠せてると思ってるんだから面白い、って。

「あれ……剣くんだ」

珍しい。
剣くんからのメールなんて片手で数えるぐらいのものしかない。相変わらず絵文字なんて一切ない文章だけのメールだ。ちなみに東先輩も文章だけのメール。たまに絵文字は使うけど、どちらかといえば顔文字派って感じだ。どうでもいいか!えーっと、なになに。今日変わったもんでも見なかった?……って。

変わったこと?

確か神谷先輩も似たようなこと言っててたなー。気になるけど、とりあえず「特になにも」と返信しておく。剣くんが絵文字を使わないぶん絵文字を沢山入れておいた。勿論嫌がらせだ。


「佐奈、おはよ」
「美加!おっはよー!」


いつの間にか背後に立っていた美加に思わず抱きつく。今日は機嫌がいいらしい。頭を撫でてくれた。

「お前らってほんと仲いいよな」
「あら羨ましい?」
「別に」

よく言われてることだから慣れている美加が適当に波多くんに返している。ふふふー羨ましいだろー。


「美加明日すっごく楽しみだねー」
「そうねいい気晴らしになるわ。昨日ようやく生徒会の仕事がきりの良いところで終わったし、早々に片付けなきゃいけないことも終わったしね。ああ、今日のHRでアンケートが出るから回答よろしく」
「アンケート?」
「そ。学園祭で使うのよ。あと一ヵ月と少しでしょ?嫌になるわねー」
「一ヵ月と少しかー。それなのにこの熱気って凄いよねー……はは。いや、今は明日のおでかけのことだけを考える!学園祭のことは考えないっ!」
「俺は早く終わって欲しい。どんだけ練習するんだっての。泳ぎてー」
「あ、そっか。水泳はまだ大会ないんだね。それで放課後ひたすら学園祭の練習かー……ご愁傷様です。一応トライアスロンで泳げるから良かった?ね」
「つっても、まだプールで泳げてねえんだよ。プールの掃除自体まだだからな。トライアスロンの練習で使えるのも学園祭の一週間前からだとよ。俺はさっさと掃除して泳ぎてえ」
「泳ぐの好きなんだねー」

普段ほとんど話さない波多くんが饒舌になっていて和む。本当に泳ぐのが好きなんだなあ。そこまで熱中できるものがあるのって羨ましい。
私の言葉に波多くんはきょとんとしていたけれど、「そうだな」と頷きふっと笑った。おお、レア笑顔だ。

「へー。アンタが笑ったの初めて見たかも」
「へー」

美加に顔をマジマジと見られて照れたのか、波多くんは適当な相槌を返したあと話は終わりだとばかりに机につっぷす。丁度予鈴が鳴ったもんだから美加も追及せず席に戻っていく。私も席に座ると、机になにかが飛んできた。苺チョコだ。私が持っているのとは違う種類。

「……やる」

突っ伏していた顔がこちらを向いてそう言ったかと思うと、すぐに顔を背けた。一瞬見えた顔はきまり悪そうに眉を寄せていて、どことなく頬が赤いように──目が奪われる。

気のせいじゃなければさっき私があげたチョコもう食べてますよね?いつ封開けたの??

疑問は波多くんの頭を見ていても解決しなかったけど、胸にわくホワホワした温かい気持ちにまあいいかと思えた。
始まったHRですぐにプリントが配られる。きっとこれがさっき美加が言っていたアンケートだろう。前の子から渡されたプリントを後ろに回しながら内容を見る。

----------

あなたが思う一番カッコいい人、一番可愛い人を1人ずつ答えて下さい。

----------

自分の目を疑った。美加がこれ作った?とてもじゃないけど信じられない。こういうのを「くだらないわね」と一蹴するのが美加なのに。

「これは学園祭で毎年恒例のアンケートだ。優勝したら記念品貰えるし盛り上がるから全部記入しろよー。全員匿名。あと、先生ランキングでは俺にいれろー」
「ええー」
「えーじゃない。焼肉かかってんの」
「じゃ、俺一票いれたげるから焼肉奢ってよ!」
「割りに合わんわ。はい、静かにして書いていけー。LHRに集めるからそれまでに記入すること」

じゃあ終わり!と言って教室を出て行く海棠先生の後ろに数人の女の子が我先にと続いた。楽しそうな声が廊下に響いて遠くなっていく。次移動教室だけど準備しなくていいんだろうか。

「あ、佐奈ー。先に行ってて」
「うん分かったー」

アンケートのことでなにか疑問があるのか、何人かが美加にアンケート用紙を持ちながらなにか話している。

私は知ってる。

どうやら美加も波多くんみたいにちょっと近寄りがたい感じの空気があるらしい。それで、今まで話しかけられなかった男子が「アンケート用紙のことで聞きたいことがあるからー」なんて名目で話しかけようとしているんだ。ふふふ、頑張れ頑張れ。
微笑ましい気持ちで、男子に囲まれるも淡々と質問に応えている美加を眺める。そしてふと、いまだ見たことのない美加の彼氏になる人を想像した。

はい、できませんでした。

美加に彼氏が出来たら、嬉しい気持ちと寂しい気持ちでちょっとばかし複雑な気持ちになる自分のことは簡単に想像ができるのに、美加の彼氏になるだろう人物はまったく想像できなかった。どんな人が美加を落とせるんだろう。すっごく興味がある。
とりあえず美加をからかってみたいなあ。もう止めて!からかわないでよっ!って言いながら照れる美加が見たいなー。全然想像できないわ。
そんなことを考えながら移動教室の準備をして廊下を出る。亜美ちゃん里香ちゃんはもう行ってるみたいだからのんびり行くことにする。ああ、平和だ。


「ちょっと貴女。颯太(そうた)どこかで見かけなかった?嘘なんて吐かないでよね」


ピタリと身体が動かなくなる。春の暖かさにまどろんで閉じた視界は真っ暗で、開けるのが恐ろしい。厳しい、不穏を孕んだ声だった。

城谷先輩?駿河先輩?他の親衛隊?

たらりと冷や汗が浮かぶ。
なにか私嘘言ったっけ?そんな空恐ろしいことしでかしましたっけ?!バクンバクンと鳴る心臓。だけど、ふと気がつく。今の声知らない人だ。っていうか颯太って誰。
そおっと声が聞こえたほう、階段下を覗く。
真っ黒な髪を二つくくりにした女の子が見えた。そしてその数段下には金髪に青にピンクによりどりみどりの目に優しくないぐらい色とりどりの髪をした派手目の女の子達がいた。
こ、これは怖い。
この学校に通ってからというもの色んな髪色を見てきて慣れたけど、こうも大集合すると戸惑う。


「HRが始まる前は中庭で見ましたけど」
「そう」


落ち着いたアルトの声がカラフルな女の子達に応えると、中庭に向かうのか、カラフルな女の子達は階段を降りて行った。
あ、ありがとうはないんでしょうか?
こっそり盗み聞きしてる私がはらはらしてしまう。
おそらく、いや、確実に今のカラフルな女の子達は颯太くん?という人の親衛隊なんだろう。なんだか城谷先輩達に通ずるものがあった。数段怖いけど。


「昨日も聞かれたんだけど」


溜息と一緒にうんざりしたように呟いて黒髪の女の子も階段を下りていく。お疲れ様です……。こう言っちゃなんだけど、颯太くん?のボディガードじゃなくてよかった。




  
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