となりは異世界【本編完結】

夕露

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トラブルだらけの学園祭

43.へーんしん!

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学園祭が始まってからずっと落ち込むことの連続だったらしい。
先輩のチームでは女装喫茶を出すことになって勿論桜先輩は駆り出された。少し丈は長めとはいえフリフリのメイド服を着て先頭に立たされた彼は──彼女は分かっていたこととはいえ恥ずかしさに死にたくなったらしい。

「お、ぉれ、衣装合わせが始まる前に言ったんです。でももう作られてて……っ!2カ月前だったのに……」
「え?ほぼチーム振り分け終わったあとぐらいにじゃないですか。周りの人のチームワークが凄いですね」

皆桜先輩がチームにいる時点で自分たちがする出し物はすぐに決まったんだろうな……。ちょっと気持ちは分かってしまうけどそれは内緒にしておこう。ともあれ桜先輩は恥を耐え忍んでやってきたお客様に必死の笑顔を浮かべながら接客をした。けれど震える声でご主人様と言えば桜先輩目当てだったらしい男子学生はがくりと膝をついて動かなくなる、そんな嘘みたいなことが連続して起きたとのこと。

「後ろっ、後ろに並んでられた方々も、どれだけお願いしてもあるっ歩いてくれなくて、やっとご案内出来たと思ったら俺の手を握って離してくれないんです」
「あちゃー」
「俺男ですって言っても『嘘』だとか『詐欺だ』とか仰って、俺、店に迷惑かけてばっかで」
「うひゃー」

私の目には見える。
桜先輩が男だと知った藤宮くんのように絶望でそう言った彼らの姿が……南無。

「いや、というか桜先輩そういう考えになるの止めたほうがいいですよ」
「えぇ?」
「毎度のことなんですからそうなるの分かってたことじゃないですか。それが分かってるのに周りの人は桜先輩の意見を無視してメイドさんをさせたんですよね?店に迷惑かけたとかないですから大丈夫ですって。かけてたとしても自業自得ですし桜先輩のメイド姿見れてるんですから十分お釣りは出てますって」
「近藤さん……俺のことは紫苑って呼んでくれるんじゃなかったんですか」
「え?昨日呼んだじゃないですか」

か弱い乙女かと思ったら急に自己主張するから怖いんだよなこの人。てっきり流してくれるかと思ったのに涙ながらに私を見る彼女は不満たらたらだ。

「いや~だって私ただでさえ桜先輩の担当風紀になって目をつけられてるのに名前呼びまでしたら命がいくつあっても足りませんよ。いやほんとに……」

昨日の桜先輩の思いがけない活躍に呆けていた信者たちを思い出す。城谷先輩なんかつうっと涙を流すほどの思い入れだ。もし城谷先輩が私と桜先輩の関係を誤解するなんて恐ろしいことをしてしまったら「ごめんね近藤さんあなた紫苑の視界から消えてくれる?」なんて言って私を殺しかねない。嘘ですすみません城谷先輩大好きです。

「でも……」
「うう……それなら皆で紫苑先輩って呼ぶのはどうでしょう?そういうことにしたら私も紫苑せんぱーいって呼べますし」
「っ!はい!そうしましょう!」
「そうしましょっかーそれじゃ立ちましょっかー」

元気になったついでに桜先輩の手を引っ張って立たせる。ぐすっと鼻をすすった桜先輩を見上げながら気合いを入れた。


「先輩、学園祭は楽しんでなんぼですよ!よかったら一緒に楽しみませんか?」
「……はいっ!」


暗い廊下に光を差し込ませるほど眩い笑顔を見せた彼女の顔は絵画のようだった。写真撮ったら売れただろうなあ。だけど勿論そんなひどいことはしません。

「ふふふ……実はですねこの日のために私も色々準備してきたんですよ」
「準備?そういえばその紙袋はなんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!じゃじゃん変装グッズ!です!」

桜先輩が目立ってしょうがないってことは分かってた。それなら一般の人も来るこの学園祭、メイドに執事コス、女装だってありなんだから桜先輩も変装しちゃえばいいんだ。演劇部の子とか波多くんとか大樹から男物の服借りてきたもんね。

「ほらほら着替えちゃってください」
「あ、ですが」
「ほらほら」

戸惑う桜先輩に丈が合う服を渡して近くにあった準備室で着替えてもらい──そして私は桜先輩が言い淀んだ理由を知った。

「どんなダサい格好してても漏れ出るイケ女オーラ……」
「ああ、その……」
「私が甘かった……」

買い物をしていたときに会った颯太くんのときと一緒だ。どんなに隠しててもオーラが違う、オーラが……あれ?でも颯太くん三つ編みっ子のときはファンの子も騙せてたよね?

「……」
「近藤さん?」
「ちょっと助っ人呼びます」
「え?」

オロオロする先輩をよそに電話をかけて数分後──眼鏡をくいっと上げて不愉快そうな剣くんと楽しそうな笑顔が眩しい颯太くんが来てくれた。陰と陽だなあ。

「来てくれてありがとう!」
「佐奈ちゃんの為なら一肌脱いじゃうよー桜先輩久しぶりー!今から先輩をもっと綺麗にするんでよろしく!」
「き、綺麗?」
「颯太くん綺麗にしちゃダメだって。むしろ誰も気がつかないぐらい目立たないようにしてほしいの」
「えー?近寄りがたいぐらい綺麗にしたほうが効果あるんじゃねー?」
「どうでもいいけど早く終わらせませーん?」

ふむ……。
眼鏡は五月蠅いけど颯太くんの案はありかもしれない。なにせどんな格好してもオーラが出てしまうんだ。それならいっそ神々しいまでに美女にして周りの腰を抜かしてしまえば絡まれることもなくなるんじゃ……?

「任せた」
「やったね!」
「こ、近藤さん!?」

私に助けを求める桜先輩を笑顔で見送ったら隣で「鬼」と聞こえた。思い切り肘でついておいたら何も聞こえなくなる。めでたしめでたし。

「そうだアンタ先輩がコンテスト出たあとどーすんの」
「コンテスト?桜先輩やっぱり出るんだ」
「そりゃそうでしょ。速報流れたし……ってか自分の担当なのに興味なさすぎじゃね?」
「最近それよく言われる……」

私なりに桜先輩と丁度いい関係でいられるように努力してるんだけどなあ。何回も言われると流石に落ち込む。というかミスミスター出場者速報流れてたんだ。ほー、と感心する私に剣くんがやれやれ顔しながらスマホを見せてくれた。え、なにこの掲示板こわっ。この学園の裏掲示板ってやつだ。

「え!桜先輩やっぱりミスターじゃなくてミスコンで出るんだ!やっぱり!でもそれいいの!?」
「それなんだけど風紀対象の金剛先輩って人が去年先輩に負けたのが悔しいからリベンジしたいんだってさ。自分のチームをビーナスにするんだから察しって奴」
「ビーナス……ああ!東先輩の護衛対象!はああ……え、普通に面白そう」
「それ。他の奴もすげえ楽しみにしてるから先輩はミスコン出場」
「それは可哀想」
「それ」

立ってるのもしんどいから剣くんと廊下に座り込んで裏掲示板を眺める。スレがいっぱい立ってる……。気になるスレの話をしたらすらすら説明してくれる剣くんはきっと何度か投稿してるんだろう。すっごい詳しいわ。
そんなこんなで隠してた秘蔵のお菓子を一緒につまみながら待つこと十分──戸惑いに私を呼ぶ声が聞こえた。

そして私たちはオーラを放つ絶世の美女を見た。

マロンカラーのボブは三つ編みだがなんだか知らない技術で可愛く後ろでまとめて後れ毛少々。光放つキラキラパウダーを全体に、睫毛はくりんくりん、瞳は大きく──あ、駄目だ頭おかしくなってきた。ともかくずっと見続けていたら吸い込まれそうな美女っていうか可愛すぎる女性がそこにいた。声をかければもしかしたらワンチャン……なんて一切思わない。思えない。

「どう?どう俺凄くない?」
「私はあなたを尊敬する。はい、これあげる」
「でっしょーえ?報酬これだけ?あ、でも美味しい」
「そんな嬉しいことを言ったあなたにはもう一つプレゼント」
「やったねー」

ニコニコ笑う颯太くんに家に帰ったら食べようと思ってた猫ちゃんクッキーもあげる。いやー君いい仕事したわ。





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