となりは異世界【本編完結】

夕露

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イーセカ人はだーれだ

68.心配は心配

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さらに数日が経っても、相変わらず風紀関連の人とは誰とも会わなかった。意識しはじめてよく周りを見るようになったのに、遠目でも見る回数が減ったぐらいだ。そのうえ紫苑先輩と目が合ってもバッと、あかさまに視線をそらされた。
別にいいですしー、なんて思ってたけど……ちょっと本格的に落ち込んできた。
もともと顔に出るほうだから美加には何度も心配されてしまうし、真面目に数学の授業を受けているからか海棠先生から変な目で見られるし、いいことがない。

でも、お昼ご飯以外でもよく会うようになった真奈と美加と3人でいればすっごく楽しくて、1人で暇になっても裏掲示板見たりテスト勉強したりしてたら時間はあっという間にすぎていく。正直、なんだかんだこの状況はこの状況で悪くない。

もうちょっとこう、なにかキッカケがあれば教室にでも乗り込んで文句を言いに行こうって思うのに、そこまでじゃない。グラグラぐらぐら中途半端な状況に気持ちも揺れて行ったり来たりだ。

そんな私を秘密基地は今日も席を空けて待っていてくれた。
他の誰かに奪われる前に少しだけ早歩きするのが馬鹿らしくなってしまうぐらい、人気がない。そして、図書室だから静かに勉強道具を広げながらちらりと盗み見すれば、やっぱりいる斎藤先輩。斎藤先輩も最初発見した席に今日も座っていた。どうやら私と同じようにあそこがお気に入りの場所らしい。
確認してフフフと笑ってしまいそうになるのは、毎回ここに何しにきているか分からなくて面白くなるからだ。なにせ斎藤先輩は今日も勉強道具をいっさい机に並んでいなくて、ぼおっと絵画のようにたたずんでいるだけだ。きっとあそこは日光浴にベストなだけなんだろう。図書室にお昼寝しにくるぐらいなら家に戻ってベッドの中でしたほうがよさそうな気がするのに──ん?

疑問が浮かんで、思わず数学の教科書から目を話して斎藤先輩を見てしまう。

そういえば斎藤先輩はいつも私が来ているときにはもう座っている。帰るときにはまだ残っていて、そのときもぼおっとしているだけで帰るそぶりをみせもしなかった。
なんでだろう?
……ちょっと考えたあと、数学の勉強にとりかかる。正解のある問題を解くほうに集中だ。数学は式を使えばちゃんと答えに辿り着くのがいいところだよね。





「近藤、ちょっと指導室」
「え……な、なんですか……?こんなこと言いたくないですけど小テストは満点でしたよ」
「小テストの話じゃない。風紀の連絡」
「ふ、風紀?」


今日も今日とて図書室に勉強しに行こうとしたら海棠先生に引き止められて、動揺の余り言わなくてもいいことを言ってしまった。嫌すぎて顔にもバッチリでてると思うのに、笑う海棠先生はにいっと笑って指導室に向かって歩き始める。え、えええ……?なんで風紀の連絡を海棠先生から……?そもそも風紀の連絡ならここで言ってもよくないですかー。
ものすごく不満だけど振り返った海棠先生がじっと私を見るから行くことにした。こうなったらさっさと終わらせよう。

「……最近調子はどうだ?」
「ええ……?はい、いいです。あ、風紀のことですか?それでしたら今テスト勉強のためお休みをもらっています。それで今から図書室に行くところでした」

あえてにっこり笑いながら図書室を強調したのに、海棠先生はふうんと聞き流している。聞いたわりにずいぶん適当だ。


「そうか。ほら、これ内緒な」


やっぱり廊下で話を聞けばよかったと後悔してたら、目の前に可愛くキャンディ型に個包装されたチョコが揺れた。海外のちょっとお高くて美味しいやつだ。
海棠先生の顔を見れば、にっこりと微笑んで、頷いた。なんとこれをくれるらしい。なんていい人なんだ。

「え?わ、ありがとうございます。いただきます」
「あとで──いい、いい。もう今食っとけ」

貰ったものを開けてすぐ食べる癖がでてハッとしたけど、もうチョコは口の中。慌てて海棠先生を見たけど、どうやら見逃してくれるらしい。よかったよかった。食べ慣れないチョコを堪能できる──はずなのになあ。
悔しいけど風紀室でわいわい言いながら食べた時間を思い出してちょっぴり寂しくなる。あ、これ本当に美味しい。指導室についてきてよかったー。


「最近、風紀室にも行かなくなったかと思えばやたらと落ち込んでるし、クラスで仲が良かった子とも距離をおいてるだろ?それでまあ、ちょっと気になってな」


この人ってちゃんと先生だったんだ……。
驚きがそのままでてしまったのか、私を見た海棠先生が口元をひきつらせる。慌ててちょっと待ってと手を突き出して、チョコを飲み込んだ。

「ありがとうございます。テスト勉強のこと考えて憂鬱だっただけですよ。クラスで仲が良かった子とは……まあ、ちょっと一緒にいる時間はなくなっちゃいましたけどそれだけですし」

もうちょっとチョコを味わいたかったけど、言い訳が先だ。変な心配をかけないように言えば、海棠先生はきょとんとしながら眼を瞬かせた。もし私と同じように制服を着ていたら同い年に見えるぐらい子供みたいな表情。童顔がコンプレックスなのは自他ともに認めるこういうところにあるんだろう。
それからニッコリ笑った顔もクラスメイトみたいだ。

「そうかそうか、それじゃもう一個チョコあげるな。これは後でゆっくり食べたらいいから」
「ええ、そんな……ありがとうございます」
「ㇰッ、い、言うのと同時に手にとっておきながら……」
「あ、そうだ風紀の連絡は」
「それは方便で本題はいま終わったから、もう大丈夫」
「そうですか。それじゃあ失礼します」
「ッ」

口を抑えて顔をそらした海棠先生は笑いを堪えているような気がするけどきっと気のせいだ。教師に、それも担任の教師に蹴りをいれるなんてしちゃ駄目だ。どうせ私は食い意地が凄いですよー。
ああでも手の中にあるチョコは私の口元を緩ませるし、勉強に疲れたときには輝いてみせるだろう。ルンルン気分で秘密基地に向かえば今日も席は空いていて、今日も視界の隅に斎藤先輩が映った。静かな図書室。あまり大きな音をたてないように数学の教科書とノートを広げて、シャーペンの芯をだして──あれ?

見慣れた机の光景に異質なものが映った。

遠くで見ていた長い脚が、視界の隅に映っている。どこかで似たような状況。あのときも緊張しながら顔をあげて、それで。

「今日は随分、遅かったな」
「……斎藤、先輩?」

私を見下ろす、日本人には見慣れない彫りが深い顔。絵画のようだと思ってしまうぐらい、イケメンで背が高くて声までイケメンな斎藤先輩。

なんで話しかけてきた?









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