愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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【テイルと過ごす時間】

20.アサハカナ

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重なった唇は柔らかな感触を伝えあうものでドロリとした愛欲を孕んだものではない。
けれどなぜかテイルの心はひどくかき乱されて身体が震えるほどの衝動にかられた。唇が離れ息が触れる。距離を置いて見えるようになった梓の表情は恥じらいがありつつもなぜかやり遂げたのだといわんばかりのホッとした表情。それはおかしなことだ。なにせテイルには足りないのだ。
テイルは手を伸ばす。
一瞬脳裏に浮かんだのは手を伸ばしても透けてしまう日常の光景。指先は躊躇を見せた。だが結局我慢できなくて、視線の合わない梓の顔を見ようと指先は顎へ──そして指先は人肌の温もりを感じる。


「なに?」


少しだけ上にあげれば茶色の瞳が普段と同じく迷惑そうに歪む。だというのに普段と違いテイルの唇は嬉しそうにつりあがる。
──触れる。
先ほどの口づけは現実だったのだ。
──触れた。
梓がなぜその行動に至ったのかテイルには分からない。だが梓にとって自分は厭うものではないのだという事実だけが分かれば十分だった。
──もっと。
無邪気さだけではない妖しさ含んだテイルの笑顔になにか勘づいたのか、梓が一歩下がろうとする。あいた手が梓を抱き寄せるのは早かった。

「っ」

突然の事態に梓は反応が遅れテイルの胸元に顔面直撃だ。
──痛い。かなり痛い!それにかなり恥ずかしい。
梓はすぐさま自身とテイルの間に手を入れて離れようと精一杯の力で押すが、背中を抱く手が許すはずがない。

「ちょ、テイル」

身じろぐ梓を逃がさない腕は、梓が逃げるかのように動くたび力を伝えてくる。服ごしに感じる熱い体温。掌が梓の小さな背中を支え、指先がつうっと感触を確かめるように動く。

「テイルって、ば」

非難に顔をあげたとき、いつもならテイルの顔を隠す黒髪にばかり意識がいっていたのに、なぜかよく見えた緑色の瞳に意識が奪われた。黒髪が肌を撫でる。背中を抱いていたはずの手が梓の頬に触れる。

「ん、ぅ」

重なった唇に怖気づいた梓がまたしてもテイルから離れようとするが、梓の両頬に触れる手はまるで揺らがない。軽く押し付けられた唇が少し離れ、今度は啄むように梓の唇を食む。


──テイルにキスされてる。


自分からするぶんには確かに勇気は必要だったがタイミングは自分で決められるためその点は安心だった。もっといえば梓はそれで終わりだと思っていた。まさかテイルからされるとは夢にも思っていなかったのだ。一緒にいる時間に比例してゆっくり渡していた魔力をキスすることで一気に渡せたのだから、それでよかったはずなのに。
そう考えるに至る理由は今まで見聞きしたことに加えヴィラと最初に会った夜のことが大きく関係している。限界だと言ってすぐ神子である梓にキスをしたあの行動から推測するに、一緒にいることで一番近くにいる人物に魔力が移るのは事実だがキスが手っ取り早い方法なのではないかと思ったのだ。だから梓はテイルがあの恐ろしい魔物を討伐しにいくと聞いて咄嗟にあのような行動に出た。一度だけでも十分だと思ったのだ。
梓の落ち度はその根拠のない確信だ。
テイルは梓を見下ろして笑う。梓は呼吸さえ止めて必死に目を瞑りなけなしの力で身体を押してくる。

──ただのキスで。

けれど梓の赤い頬も、余裕のない表情も、温かい体温も、なにもかもがイイ。ひどく最高な気分だった。魔力が満ちるのが分かる。きっと今日の遠征に足りるどころか余るだろう。それどころか数日がかりの遠征にだって十分足りるほどの魔力だ。
それなのにまだ欲しいとテイルは思う。

──触りたい。

唇を離し、親指で梓の下唇を軽く押す。涎を紅でも塗るように広げながらテイルはどうしたらいいかをずっと考えていた。梓に触れているのになぜか足りないのだ。
もっと触りたい。この女が他にもどんな表情を見せるのか知りたい。どんな声で喘ぐ。どんな表情で泣く。


──汚してえな。


ゾクリと這い上がってくる感情がテイルを突き動かすが、テイルはなんとか堪えてただ梓を見下ろし続ける。梓の唇に触れていた指を離す。頬に触れる手さえ力を抜いて、それで──茶色の瞳が警戒しながらもテイルを映し始める。ほんの少しだけあけた距離に不用心にも安心してしまったのだろう。梓としてはほんの一瞬。止めていた息を吐きだしてまた吸おうとしただけだった。
テイルはそれを待っていた。無情にも梓の唇を塞ぐが、テイルからすればようやくのことだ。さきほどまで味わえなかった生温かい口内に身体が疼く。

「ん゛ん」

唇を合わせるだけのはずがディープなものになって混乱したのは梓だ。息を奪われるだけでなく梓の意識までも奪おうとする。
熱くて柔らかいテイルの舌が梓の舌を舐める。それは気持ちが悪いことのはずなのになぜか動揺のほうが強い。

「ぅあ、ゲホッ」
「……そ、上手。ちゃんと出来んじゃん」
「んん」

梓がキスに慣れていないことが分かったのか、テイルは梓が意識を飛ばしそうになるたび時間を作る。お互い言葉を話す度触れる距離で与えられるその時間は梓にとって与えられたとは思いたくないものだろう。
吐息が混ざる。涎が顎を伝い、目尻を伝う涙と混ざる。口内を犯してくるはずの舌に心地よさを感じる。考えるのとは違う身体の奥から感じる震えが、熱すぎる体温が、意識を朦朧とさせる。ピチャと鳴る水音がときおり梓を現実へと連れ戻すがすぐに夢中になってしまう。足の力さえ入らない。

「うぁ」
「……こっち」

テイルがなにか言ってその度梓の顔を自身へと向けるが、梓はいつまで経ってもテイルの望み通りにならない。
ただ見てほしいだけだった。口づけを交わしこちらを見て普段時々見せる微笑みまで浮かべたらどんなに最高だろう。……そう思うのに茶色の瞳はいつまでもテイルを映さない。熱に浮かされ色づく肌はずっと見ていられる。けれどそれだけじゃ足りなくなっている。
テイルは梓が余計なことを考えてしまわないよう何度も口内を犯し続ける。与えられる未知の刺激は戸惑いが多いだろうことはみてとれたが、何度も教え込むうちに覚えてきたのか梓の身体が疼くのが分かる。それがテイルの心を満たし、渇かせる。
ゆっくり、ゆっくり身体をおろして梓の身体を抱き込む。なにか気づきそうになった梓の耳をくすぐり、うなじを、肩を撫でる。口の中聞く喘ぎ声は梓だけではなくテイルの意識まで朦朧とさせてくるが、強い欲がそうはさせない。
正座をするように座りこんだ梓。足を投げ出し座り込むテイルは梓を抱きしめ口づけを落としながら視界の端にベッドを見つけた。けれどそこまでの距離が遠すぎる。キスを止めてまで向かうにはあまりにも遠い。ああ、それよりももっと近くにきてほしい。

「足」
「ふ、ぅわ、テイ、テイル?!」
「あげろ。遠くなる」

思考が鈍くなっている梓にはテイルのいわんとすることが分からない。ただ、正座する梓の足を崩そうと太ももを触る手が肌に直接触れていることはよく分かり、それは梓を現実へと引き戻す。着ていた服はワンピースとカーデだった。それがいつの間にかカーデはどこかへいき、ワンピースはたくしあげられ太ももが露わになっている。
日焼けした武骨な手が白い肌に重なる。

「っ」
「樹……力抜け」

肉に柔く食い込む指が低く甘い声と同じように梓の身体を這う。膝を撫で、指が肉の間に滑り込む。


「待って、待った、ねえテイル!」


慌てた声をあげる梓は髪どころか服も乱れ、肌は色づいている。涎の痕残る口元は赤く、いまだ呼吸も整わない。目が合うとビクリと反応し、肌を撫でると恥じらいと抵抗混ぜた表情をみせる。足に触れる指を動かせば、言葉を抑え込み俯く梓にあわせて黒髪が揺れ動く。
──くそ。
テイルは内心舌打ちした。この女が欲しいと思ったのは初めてだった。それなのに目の前の女はどれだけ官能的な姿だろうが冷静さを取り戻してしまった。焦ったせいで──なんで。
なんでこんなにこの女に触りたいんだ?

「遠征!遠征に行くんじゃなかった?!また遅刻するから!?」
「別に五分や十分、一時間だろうが三時間だろうが大丈夫だ」
「いやそれ全然大丈夫じゃないから……」

梓は呆れながら服を戻す。
──その手を抑え込んで床に押し倒したい。そのまま口づけて今度は余すことなく身体をあわせてやりたい。喘ぎ声にテイルと呼ばせて柔らかい脚はあけてしまおう。細い首に顔を埋めてこの女が俺に感じる瞬間を味わいたい。ああ、俺の身体を押す手が背中にまわったらもっといい。
それなのに。

「……テイル?」

こちとら熱がおさまらないのに梓はしっかりと距離をとった状態で普段のような顔をしている。背中を壁に預け心強い味方だといわんばかりだ。これにテイルは苦笑い、そして意味深に笑った。梓のしっかりはテイルにとって意味のないものだ。

「や!んっ……ん」

座り込んだままの梓との距離を埋めるのなんてあっという間だ。テイルは梓の近くへ移動したあと逃げようとした梓の両サイドへ手を置き逃げ場をなくす。後ずさっても壁に背がつくだけだ。それでも隙間を狙って逃げた梓の腕を捕まえ自分のほうへ引きずり込む。テイルに倒れこむ形になった梓は先ほどまで頼りにしていた壁に背をつけたテイルを見上げる。樹。テイルはそう言った。
自分を抱きしめる男の手に先ほどのことが蘇るのは簡単だ。違うのは女だけでなく男にも余裕がないことだ。
テイルは梓に時間を与えず貪るようなキスをする。ごくりと唾液を呑む梓が苦しそうに声を出しても、身体が抵抗をみせるようにはねてみせても、悲鳴や抗議が色をのせ始め最後聞こえなくなるまでテイルは堪能する。

──時計の音と女の喘ぎ声が響くだけの部屋がこんなにもイイものとは思わなかった。

ぐったりとしていく身体はテイルに体重を預けていく。それがひどく心地いい。テイルは自身に跨るようにしてしゃがみこむ梓に口づけを落としながら抱き込む。気持ちよくて最高の気分だが、梓は熱に浮かれているだけでそうではないのが気に食わない。どうしようもなく、気に食わない。
俺だけがこうなってる。
それがテイルにはどうしても気に食わなかった。

──自覚しろ。

テイルはキスを許し梓を自分の肩へもたれかけさせる。そして悪戯心に梓の腰を強く引き寄せた。自身の固くなったソレをあてがい、ぐにっと擦りつける。

「ん、んん!」

びくりと反った梓の身体にテイルの喉が鳴る。焦った顔が、恥ずかしさに滲む涙が、声にならない言葉がテイルを急かす。
──駄目だ。まだ駄目だ。
テイルは冷静に判断して口元を手で覆い混乱する梓の隙を見計らってまた口づけを再開する。
──また触れなくなるなんてごめんだ。
チクタクチクタク、時計の音が鳴り続ける。
──堪えろ。……だけどもう少し。
交わりを髣髴とさせるよう何度も身体を擦りつけ口づけで誤魔化し堪えきれない欲をまたぶつけ──















──静かな部屋の中、ベッドで眠る梓の頭をテイルは撫でていた。
そして布団をその身体へかけ今度こそ部屋を出るためドアへ向かう。


「間違いなく今日は大物を仕留められるな」


後ろ髪引かれつつも満ちた魔力にテイルは確信する。
結局テイルは一時間遅刻した。








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