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【テイルと過ごす時間】
21.結局、、
しおりを挟む柔らかな布団に身体を沈めて温もりに幸せを感じる……そのはずがどこでなにを間違ったのか、梓は布団にこもって恥ずかしさのあまり泣き出しそうになっていた。
──さっきのはいったい……!いや、うあ……穴があったら入りたい……。
声にならない声を出して布団を叩く梓は先ほどのことを思い返し、また顔を真っ赤にさせて頭を抱える。
先ほどのことというのはテイルと過ごした濃密な時間のことだ。魔物という恐ろしい生き物が存在することを知った梓は、よくは分からないが魔力というものを手っ取り早い方法だろう口づけでテイルに渡し──その結果テイルに気絶するまで奪われた。テイルからすれば味見なのだが梓にとっては奪われたという言葉がしっくりくる。
「だってアイツが──っ」
思わず声に出してがばっと布団から出てしまったが、途端に梓は布団につっぷす。文句を言おうとして思い浮かんだのは顔を撫でた黒髪、そして緑色の瞳。耳に触れた息遣いに身体を伝う熱、圧し掛かる体重、喉で笑う低い声、口づけを交わすなか聞こえてくる自分を呼ぶ声──駄目だ。考えれば考えるだけダメージ受ける……。
事の発端はどう考えても自分自身なので梓はテイルを非難しきれず、かといって納得もできず現状に至る。
「……顔洗おう。……ううん、もう、お風呂入ろう……」
気分を入れ替えたいと梓は重たい身体を動かしながら風呂に向かう。その道中に脱ぎ捨てられたカーデを見つけてまた蹲ることになるのは数秒後のことだ。
「こんなはずじゃなかったのに……」
後悔の滲む暗い声が部屋にむなしく響く。
「──あー、今日なんか雑魚ばっかじゃん」
薄暗い森のなか明るい声が響く。人によっては魔物討伐任務になったというだけでこの世の終わりのような顔をする者もいるというのに、魔物がどこから現れてもおかしくない場所でテイルはご機嫌だった。そんなテイルを見て眉が寄るのもしょうがないことだろう。
「お前今の状況分かっていっているんだろうな……?」
「あー?」
「魔物の偵察だ。もっといえば魔物を使って動いている組織があるかもしれないから隠密にという話だったが、覚えているか」
「あー!」
「……」
ヴィラは頭痛でもしたかのように眉間に手をやる。堪えきれない溜め息ひとつ零したあとちらりとテイルを見れば、一応辺りに気を配ってはいるが鼻歌うたっている。本当に頭痛がしてきた。
「神子が病に臥せっているというのに元気なことだ。……だからこそなら少し控えたほうがいい」
梓が”風邪”だとテイルから聞いたのは昨日の夜のことだ。正確には風邪らしいだったが、それは正しかったようで今日はその看病に追われて1時間も遅刻とのことだ。目の前で倒れたから流石に放置はできなかったと言っていたが、そこまで重症だというのにそのパートナーの聖騎士が体裁気にせず上機嫌でいるというのもよくないことだろう。
『アイツは外れだな』
先日そう言って笑ったテイルは本心を言っているようだった。ならばそんな神子が臥せっていることはテイルにとっては喜ばしいことだろう。
しかし、
『上にはもうそう伝えてんぜ?……ヴィラもそうだろ?』
なにか、なにかがひっかかってしまう。
確かにヴィラはシェントにテイルと同じようなことを言った。『あの神子は外れだ』と、そう言ったのだ。けれどそれは梓と初めて会った次の日の出来事で、勿論口にした言葉は本心だったがそれから一緒に過ごして変わったのだ。
──変わった?
『一月の間、宜しくお願いします。できれば一緒に過ごす時間をお互いに穏やかなものにしたいです』
しっかりと意志を伝えてきた生意気にもみえる笑み。
『消しますね』
オレンジの蝋燭に揺れる表情。
『すっかりお気に入りです』
はにかんだ笑顔。
『……え?』
触れた体温。
──変わった。
思い出す梓との時間にヴィラは歩くのをやめて立ち止まってしまう。その眉間にもう眉は寄っていないが、少し首を傾げて不思議そうにしている。
そんなヴィラを一瞥したテイルはなにを思ったのか鼻で嗤った。
「やけに樹を気にするな?」
ヴィラが顔をあげる。棘のある口調だった気がしたが、テイルはいつものようにニヤニヤと笑ってヴィラを見ているだけだ。
「……そうか?」
「ああ。前の遠征のときも聞いてきたじゃん?めっずらしーよなー」
「……」
黙り込み眉間にシワを作ったヴィラにテイルは増々笑みを深める。
「あいつは今俺のだから心配いらねーよ」
──なにかがひっかかる。
ヴィラはテイルを見ながら胸にくすぶる違和感に戸惑いを覚える。
少ししか歳が違わないもののテイルの言動はときに幼いものを感じさせ、ヴィラはテイルのことを手の焼ける弟のように感じていた。お調子者で、適当で、明るく……けれど冷酷なこともやってのけ、不満は言いつつも仕事は確実にこなす信頼のおける弟。
「あーなんか出ねーかなー」
そのはずだったが、なぜか樹のことをあいつと呼んだテイルが別人のようにみえた。それだけでも戸惑うに十分だというのに、そんなテイルに抱いた違和感は──嫉妬で。
なにがひっかかる?
思い浮かぶのは静かな部屋。ゆっくりとした時間が進むなか紅茶を飲みながら本を読む梓。
「団長サマ、今の状況分かってんの?」
そんな姿を掻き消したのは呆れた声を出すテイル。いつの間にか槍を手にしていて、それどころかヴィラのすぐ横へ突き出している。
「貴様らまた召喚をしたのだろう……!」
そして怒りをのせた声まで聞こえ、ヴィラは目を瞬かせる。
──まさか、ここまで近くに来られて気がつかなかったのか。
テイルに小言を言っておいてこれだ。ヴィラは自身の失態に恥じる以上に驚きを抱きながら突然現れた男を見て、また、驚く。焦げ茶のショートの髪に鳶色の瞳。知った男だった。普段は豪華な造りの服に身を包んだ理知的な風貌の男で、感情露わに剣を持つなど滅多なことではありえない。その滅多なこととは神子の召喚に対して抗議するときぐらいのものだ。神子がすべての王都ペーリッシュからすればただの厄介者でしかないが、男は王都ペーリッシュと対立するアルドア国の第二王子。簡単に手を出せる相手ではない。
しかし不穏な動きを見せる魔物の群れの近くで突如として現れ聖騎士めがけて武器を手に脅しをかけてきたとなればなんの問題もないだろう。
「大物だ」
テイルは舌なめずりをしたのと同時にヴィラのことを構わず男が持つ剣を乱暴に振り払う。男もすぐに代わりの剣を取り出しテイルと対峙したが……なにぶん男は間が悪かった。
稀有な魔法。魔法を使うために必要な魔力は限りがあり補充もままならず枯渇しないよう十分に留意しなければならない。魔法を使うときはよほど追い込まれたときぐらいのものだ。
それなのにテイルという男は目先の欲にくらんだのか、神子という存在がいる強みを存分に活かしているのか男の価値観からはありえないほどの強い魔法を使った。
──決着はあっという間だ。
最初こそ善戦したものの魔法の力になすすべなく男はテイルに致命傷を負わされ、抵抗空しくヴィラに猿轡をされ無念に顔を歪める。
「やっぱ今日は最高だな」
ご機嫌なテイルを見るヴィラの顔は驚きと疑い混ぜた表情だ。それに気がついた男は混乱してしまう。味方であるヴィラが見てもテイルの魔法の使い方は異常ということだろう。聖騎士の名前は例外なく知れ渡っていて勿論テイルの名も知れているが、ここまでの力を持っていたとは想定外だった。
──生きて戻れたのならこのことを王に伝えなければ……。
薄れゆく意識のなか男は決意し、笑うテイルの顔を最後に意識を手放した。
「──で、褒美はこれか」
上機嫌で城に戻ったテイルは意気揚々と報告を上げたが、数分後、現実を思い知り表情を消す。大物をあげたのだからそれ相応の褒美はあるものだと思っていたし、それを手に梓の部屋へ行こうと思っていたのだ。褒美が食べ物なら一緒に食べればいいし、物なら渡せばいい。とにかく梓が驚く顔を見たかった。いや、きっとその前に恥じらいまじりに睨んでくるだろう。本当はそれを見て満足したかっただけなのかもしれない。
けれどそれは叶わないらしい。甘ったるい香りが鼻をつく。
「つれないわね。私にそんなこと言うなんてやっぱりあなたぐらいよ」
「……ウルセエな豚」
しなだれかかってくる身体に眉を寄せながらテイルは唾を吐く。
「大きな魔法を使ったんでしょう?役立たずの神子の代わりに私が癒してあげる」
「あ?」
鼻につく言葉にテイルは不機嫌になるが女は気にした様子もない。それどころかテイルの反応を楽しがっているようだ。女は人払いをしてテイルを見上げる。
赤い唇がつりあがってテイルを呼んだ。テイルは沸きあがる苛立ちをなんとか堪えながら女の唇に自身の唇を重ねる。
──神子はこの世界に、この国になくてはならない。
「ふふ、やっぱりあなた達ってほんと可哀想」
──結局、現実はこうなんだ。なにもかも思い通りにならない。
テイルは思い浮かぶ光景を消して女から魔力を奪う。
「無能な神子なりに役に立ってみせろ」
冷ややかな言葉を発した男は尊大にかまえながら無能な神子──梓に入れと促す。そこは鉄格子に囲まれた光のない暗い場所で、見ているだけで背筋にぞっとしたものを感じる。ピチャリと水音が聞こえてくる。気のせいか鎖の擦れる音や血のような臭いさえ……
ここ、牢屋だ。
初めて見るものの梓は一目見てすぐにそうだと分かった。
「早くしろ」
男が梓を急かす。男は梓に触ることができないのを知っているのだろうが、武器を持つことで梓が恐怖を抱くことも知っているのだろう。悪辣な笑みを浮かべ梓に剣を向ける。梓は男を睨み上げ、けれど息をのんだあと自ら牢屋に入る。
すぐに入り口は閉じられ錠がかけられた。
「せいぜい癒してやれ」
厭味ったらしい男の言動を梓はもう見はしなかったが、その顔はしっかり覚えておいた。男は召喚されたとき梓に跪き案内をかってでた人物だった。
──いつか目にもの見せてやろう。
梓は静かな怒りを胸に思い続けながら震える拳に力を入れる。なにか考え続けないとパニックになってしまいそうだった。食事をとりに花の間へ行ったとき、メイドのカナリアに呼ばれ廊下に出たあと男に会った。そしてこの場所へと連れてこられた。
誘拐しておいて神子という役割を求めてくるこの国のことを梓は恨みつつも帰れるまで援助を請わなければならないだけの相手、もっと優しい表現をすれば協力関係としか思っていない。けれど突然投げつけられた侮蔑の言葉や態度は梓を傷つける。人の悪意はいつまで経っても慣れはしない。
──最近は穏やかな時間が続いたから勘違いしていた。この国は私を誘拐した国だ。……いつ掌返されてもおかしくなかった。結局この国はこうなんだ。それぞれの事情があっても、それが解っても、国としての本質は結局こうなんだ。
梓は唇を噛みながら顔を上にあげる。油断していたからだ。梓はそう結論づけながら泣いてしまいそうなのをなんとか堪える。
誘拐相手になすすべなく生きるしかできず、元の世界には帰れず、ただ下される対価というものを受け入れるしかできない。居るだけで恐怖がわいてくる暗い牢屋に悪意とともに放り込まれても、これからのことを考えて居るしかできない。そんな自分が急に情けなくなって、悔しくなってしょうがなかった。
「……君は召喚された神子か……すまない。本当に、すまない……」
だからこそ突然暗い牢屋に響いた悔やまれる声に梓は恐怖より驚きと興味を強く覚えた。
鎖に繋がれた男と梓が顔を合わせる。
梓の涙が、汚れた床にぽたりと落ちた。
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