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【囚われの、】
22.あなたの話が聞きたい
しおりを挟む薄暗い視界のなか浮かび上がる黒い輪郭はよくよくみれば不自然な形をしている。目を擦って見直してみても変わらない。彼は壁に両腕を吊り上げられ固定されているようだ。きっと音からするに鎖で。
「あの」
牢屋に知らない男と二人きりということに少なからず恐怖を覚えて梓はその場から動けずにいた。しかも鎖で拘束されているような人物だ。なぜそのようなことになったのか、理由を考えてみれば恐ろしいものしか浮かばない。
それでも彼の先ほどの言葉が気になって声をかければ、彼はどこか苦しそうに口を開く。
「……驚かせて、すまない」
「……いえ。あの、私は……仰るとおり召喚された神子です。あなたは?」
まだ男がどういう人物か分からなかったため名乗るのをやめたのだが、男は気にし様子もない。
「私は……アルドア国の第二王子だ」
「おうじ」
耳慣れない言葉が妙に笑えた。
なんで王子様が牢屋に?アルドア国って?そもそも他の国があったんだ……それもそうか。
「王子様はなんでこんな場所に?」
言いながらほんの少しだけ、男に近づく。
「情けない話だが、聖騎士に捕らえられてな」
「聖騎士に」
梓は思いがけない答えに口をつぐむ。聖騎士とは魔物を討伐する人に与えられる称号だと思っていた。彼は人間のはずなのになぜこんなことをしたのだろう。
また一歩男に近づいたことで男の様子がよくわかってきた。両腕を鎖で吊るされた男は壁に背を預けて座り込んでいて、投げ出された足には鉄球と繋がっている鎖がはめられている。項垂れる男の呼吸は浅い。
「……大丈夫ですか?」
男が顔を上げ、また、項垂れる。
「本当に、情けない話だ……神子の召喚を反対しておきながら、神子に助けられてしまっている」
「なんの、……っ」
話についていけず梓が眉をひそめた瞬間、目の前が霞んだ──いや、違う。なにかが見える。暗い牢屋のはずなのに突如として目の前に色を宿したなにかの光景が流れるのだ。
梓は不可思議で恐ろしくもある現象に後ずさるが、これがなにか見当がついて心臓が高鳴る。梓が使える魔法だ。魔法がなにかを見せようとしている。
なにか?……あった。
見える光景に見覚えのある人を見つけた。梓は瞬きして流れる映像にピントを合わせる──テイルとヴィラだ。また森の中にいて呑気に話しをしているようだ。そこへ誰かが現れてヴィラへ剣を向ける。
『貴様らまた召喚をしたのだろう……!』
怒声をあげる男に応戦したのは槍を持つテイルで、男の剣を薙ぎ払ったテイルがなにか呟いた瞬間、男がその場に縫い付けられたように動きを止める。それどころか苦しそうに膝をつき剣を地面にさして杖代わりにする始末。そんな隙を逃すはずないテイルの容赦ない攻撃を紙一重でかわし続け、数秒後、なにか対処をしたのか重りを脱ぎ去ったように素早い動きでテイルと距離をとる。そして今度は男からテイルに向かっていき──最後は槍で下腹部を一突きされた。
「神子……?」
目の前の男から声がして梓は我に返る。もう映像はなにも見えない。だけど予感がした。そしてそれは確信だった。梓はごくりと息をのんだあと男のすぐ近くへ移動する。顔を上げ梓の動向を見る男の呼吸はまだ浅く苦しそうで──ああ、同じ人だ。
手を伸ばせば触れるほどの距離にくればいくら暗くとも顔は見えた。髪の色まではよく分からなかったが、きっと彼は焦げ茶の髪をしていて鳶色の瞳をしているのだろう。
「怪我」
「……問題ない」
「嘘だ」
たったいま見た映像によればこの怪我はテイルの持つ大きな槍によって出来たものだ。血を流すお腹をおさえて蹲る姿もこの目で見た。
よく生きてられる……私なら死んでた。
そう確信できるぐらい凄まじい光景だった。目の前で見ているかのような映像はあまりにもリアルで少し気持ち悪くなってくる。出会い頭にいきなり剣を向ける男、ボタボタ落ちる血を吸う地面、ほがらかに笑うテイル、なにもいうことなく血を流す男を縛るヴィラ──信じられない光景が梓の思考を麻痺させる。
「私はいま……あなたの魔力を貰っている」
「え……?ああ、なるほど」
一緒にいると魔力が移るということを思い出して梓は頷く。
「それでその傷は治るんですか?」
「ああ……」
「そうですか。なら、よかった」
梓はしゃがんで男と目を合わせる。男は気を抜けば寝てしまいそうな雰囲気だ。それでも必死に目を開けて梓を見ている。
「謝らなくていいですし、申し訳なく思う必要もありません。好きなだけどうぞ」
微笑む梓を見て男は目を見開く。その瞳がやはり鳶色だと分かったのは突如として暗い牢屋が明るく照らされたからだ。あまりにも眩しい真っ白な光に視界がやける。目をチカチカさせる梓へ次は焦った声が投げかけられた。
「樹様!なんという……本当に、本当に申し訳ありません……!」
シェントだ。
随分と久しぶりに見たせいだろうが一瞬名前が浮かばず首まで傾げてしまった。白い神官服に身を包んだシェントは牢屋と相反する雰囲気を持っていて、白くなった視界のせいか梓は必要以上に眉をよせてしまう。しかしそれはすぐ隣で聞こえた男の声に和らぐ。
「シェント……」
男はシェントのことを知っているようだ。それはシェントも同じようで、男を見るとなんともいえない表情を浮かべた。悲し気に眉を寄せ唇を噛むシェントは美麗な顔立ちを際立たせる。
「……出ましょう、樹様」
シェントが梓に手を伸ばしかけ、止める。そして梓が動くのを待ち続けた。梓の手がひけないからだ。少し経ってシェントの行動の理由を梓は理解したものの、なぜか牢屋を出る気にはならなくてその場に立ち尽くす。
明るくなった視界のなかよく見える男の悲惨な姿。汚い牢屋に赤い血がいたるところについていて、彼自身、まだ血を流しているようだ。乱雑に巻かれた包帯には赤い染みが滲んでいる。
「……いえ。私、ここにいます」
「え?」
思いがけない梓の発言にシェントは素で驚いたようだ。たったいま牢屋を明るくしてしまったことを後悔していたのに、梓は怯えるどころか冷静だ。シェントは言葉を続けられず梓を見下ろす。
「彼には神子が必要なんでしょう?」
「いえ、いや、そうなのですが」
「結局神子が必要なら私がします。他にすることもないですし、ただ、ここにいればいいだけなんでしょう?……欲を言えば本があると嬉しいですけど」
「それは、勿論用意させて頂きます。ですが」
「ではお願いします」
口ごもるシェントに言うが早いか梓は背を向ける。
シェントの言動を見ればこうなった経緯をある程度予想はできた。神子の誰かを使って男を回復させなければならなかったにしても、このような形で連れてくるはずではなかったのだろう。連れてくるにしても場所は変えただろう。だからシェントはこの現状に焦って謝罪までした。もしかしたらそれ自体演技ということも考えられるのだが、それは梓からすればどうでもよかった。
「……今すぐ持って参ります。君、すぐここを片付けるように」
「畏まりました」
シェントに命じられ召使が牢屋の掃除にとりかかる。水を含んだモップに血が濡れ広がり、流され消えていく。視界の片隅でそんな光景を眺めながら梓は男を見下ろした。
男はなにか言いたげだった。けれど、流石に体力が尽きたのかゆっくりと項垂れ、規則的な呼吸になっていく。
梓はそんな男をじっと眺める。
掃除されるどころか絨毯や机に椅子といった家具までおかれた牢屋は鉄格子があるだけの変わった部屋になってしまった。用意された椅子に深く腰掛け本を読みながら、ずっと、ずっと。
『……君は召喚された神子か……すまない。本当に、すまない……』
『貴様らまた召喚をしたのだろう……!』
──この人の話を聞きたい。
ただそれだけを考えて梓は夜が更けるまで牢屋で時間を過ごした。
「……あなたは何を考えているんです」
──眠る梓に柔らかな毛布がかけられる。小さな寝息を立てる梓を見ながらシェントは悲し気に微笑んだ。
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