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第二章:変わる、代わる
100.イイコちゃん
しおりを挟む朝目が覚めてまず温かいと思う。そして重いと思って目を開ければ暗い視界に見えだすのはテイルの服で、顔を上げれば目を閉じて眠るテイルの顔。
短くなった前髪のおかげでよく見えるようになったテイルの顔には魔物との戦いのさいについたのか傷跡がところどころにある。長い睫毛に隠された瞳も──緑色の瞳が梓を映す。
「……はよ」
「……おはよう」
驚きに鳴った心臓はまだ鳴りやまない。梓は目を擦るテイルを見て身体を起こしたがすぐに伸びてきた手に捕まってしまった。
「もう少し寝てようぜ。寒い」
「今日は朝からじゃなかった?」
「んじゃあと5分」
子供のようなことを言うテイルは梓の腹に顔を埋めるように眠りに着こうとしていて、慌ててた梓がテイルを離そうとするが寝ようとしている割に腕の力は強く引き離すことが出来ない。ああ、それでも。
「……5分ね」
弱まっていく腕の力に梓は困りつつも笑うしか出来なくて何気なくテイルの頭を撫でた。前髪を切ったとはいえ三つ編みされた後ろ髪は長く、夜寝るときも必ず三つ編みだ。そういえば部屋に来るときは必ず風呂に入ってきた状態で髪はいつも三つ編みになっている。面倒くさがりなところを考えれば三つ編みはテイルのこだわりなのだろう。
──髪解いたらどんな感じなんだろう。
きっと、と想像して思い出したのは髪に愛情をかけている神子の莉瀬だった。そしてテイルがお気に入りだということも思い出してテイルの頭を撫でる手が止まる。
──私が考えるのはおかしい。
莉瀬とテイルの関係を考えてしまった梓は首を振って自身も横になった。布団をかければ中にいた人が梓を布団の中に引きずり込んでしまう。驚きに声を上げて、怒って、笑われて……口づけを交わし抱きしめ合う。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
そしてテイルがドアの向こうに消えていくのを見送りながら梓は1人静かに俯いた。まるで恋人のように過ごす時間に戸惑いだけでなく不安を覚えてしまうのは隠されたこの城の真実を考えてしまうせいだろうか。ルール……男の神子。
──もしかしたらリリアさんとカナリアさんは。
浮かんだ予想を消してしまいたくて目を閉じる。
『お前らは女としてと訴えるがこの世界の女は子を産むことが誉れであり存在価値だ』
いや、同情や恐れを抱いてしまうのはおかしいのかもしれない。ルトが言っていたようにこの世界の価値観では当然のことなのかもしれないのだ。まして畏れ敬う神子の子供を授かることはまさに誉れといえるべきものではないのか。
けれど胸のなか轟くのは気持ちが悪くなる感情ばかりでこんなのはおかしいと言いたくなる。
──でも誰に。
この世界の人たちにこうあるべきだと言いたいのだろうか。
──分からない。
ただもう抱えきれず誰かに話したかった。学校であった嫌なことを誰かに話すように、こんなのはおかしいよねとただ言いたいだけなのかもしれない。
──言ってもしょうがない。
おかしいソレを無くしてしまったり変えるために改革を起こしたりは出来ない。自らが矢面に立って神子としての権力を使ってでもこの国は、この世界はおかしいのだと、だから私がなんとかしてやるとは言えない。
──責任をとれない。
だけど誰かにこの想いを吐き出したい。どうすればいいのか聞いてほしい。テイルたちには言えないこの悩みを聞いてほしい……そうだよねと言ってほしかった。
「白那」
真っ先に相談にのってほしかった白那がドアを開けた先にある花の間で仁王立ちしていた。梓の顔が嬉しさに緩み、沈んでいく。白那は約束のせいで梓の相談にはのってくれない。
分かりやすく落ち込む梓と違い白那はにいっと笑みを浮かべておかしな提案をした。
「ね!千佳の家に行こうよ!」
「え?……なんで?」
「前行ったとき結局アンタ千佳に会えなかったじゃん。リベンジリベンジ」
梓の腕に手を絡ませて笑う白那は確か千佳に会って最悪だったとこぼしていた。どうして千佳の家に行こうと言うのだろう。梓も千佳と話してはみたいがアラストから話を聞く限りこんな心境のなか会いたいとはとても思えず気は進まない。
「多分、アンタのためになる」
けれど囁かれた言葉に心が動いてしまう。
そして、囁かれる意味を探れば白那が視線をずらして笑った。
「とゆーことで私ら城下町に出るからごめんだけど兵士の準備お願いしてもいーい?あと千佳の家に行くって伝言お願い!」
「畏まりました」
視線の先にいたメイドが頭を下げて退出する。
──ヒントをくれてるんだ。
それが分かって梓は小さく感謝を言うが、横目で梓を見た白那は罰が悪そうな顔をする。
「アンタにとって良いことなのかは分かんないけど」
「……?」
「そんじゃ30分後にいつものとこでね」
お先にとドアの向こうに消えていく白那を見送った梓は自身の格好に気がついて慌てて部屋に戻る。今日はランニング中止だ。それにしても千佳たちは会ってくれるんだろうか。そもそも会ってなにを話そう。まずは結婚おめでとう?それから……。
考えても考えても答えは出ない。それでも着替えて待ち合わせ場所に行けば白那といつもの兵士たちが待っている。
「お待たせしました」
「まだ約束の時間じゃないっての。樹はかったいな~」
行こうかと白那が歩きだし、兵士たちは梓に頭を下げたり白那の前へ慌てて進み出たり梓を待ったりと忙しい。甲冑を着ているから顔は分からないがいつもの兵士で間違いないようだ。それにきっと梓の買い物のとき護衛してくれた兵士だろう。挨拶をしてくれたときの声が同じだった。
「お土産なんにする?」
「ん゛―無難に食べ物?ジャムはアラストさんが働いてるところだしなあ」
「そんじゃ市場で売ってるよさげな食べ物にしよ」
「賛成」
「そういやジャムの店から城側に進んで最初に右に曲がる道を進んだ先にパン屋があるんだけど、そこ、結構おいしいよ」
「え、初めて知った……白那ってもしかして凄く買い物に行ってる?」
「あはは超行ってる!多分もうぜんぶ周ったんじゃない?今は一つ一つ見て回ってるとこ」
「ええ……凄すぎる……」
「折角異世界に来たんだし楽しんどかないと損じゃん。それにどうせここから出られないんだったら遊べる場所見つけとかないとつまんないでしょ」
現状を受け入れて明るく未来を考える白那が梓の目に眩しく映る。どうしても白那のように吹っ切ることが出来ない。喉に引っかかるのは以前と違うがコレを受け入れることは出来るのだろうか。
『あなたは分かるだけで満足するのかしら?知ってどうするの?』
──私はどうするつもりなんだろう。
お菓子を買って白那と楽しく笑って歩く城下町。笑いながらも見慣れない場所が目に着いてからは心がザワザワと落ち着かなくなって、白那の足が茶色の屋根をした大きな家の前で止まったときドキリと心臓が怯えた。
「アポとったんだし今日は前みたいじゃないでしょ」
門扉を開けた白那はずかずかと敷地に入っていく。梓も気後れしながらついていけば白那は丸い玄関ノッカーを叩いていた。随分大きな音に梓はまたもやドキリとしてドアの奥から聞こえてきた声と足音にも、また。
──なんでこんなに怖がってるんだろう。
ただ、同じ世界から召喚された同じ神子の千佳に会うだけだ。
ただ、神子という立場から離れて城下町で暮らす千佳に会うだけ。
ただ、結婚して幸せな千佳に会うだけ。
ただ……この世界で過ごす決断をして夫達と過ごす千佳に会うだけだ。
──私は。
これからの姿の1つが目の前に現れる。
「ほんとに来たんだ。久しぶり白那、樹」
真っ白なワンピースを着る千佳は初めて会ったときのようになんともいえない微笑みを作っている。そしてその隣には背の高い男──アラストではなく見知らぬ男が3人居た。きっと千佳の夫なのだろう。それぞれ微笑みを口元に作って梓達を出迎えてくれた。
「聞いてるかもしれないけどこの人たちが私の夫。皆、この子たちが樹と白那。髪が黒いほうが樹で……覚えなくていいから」
「分かっている」
夫の1人が微笑みながら千佳の頬を撫でたかと思うとそのまま口づける。軽く触れるだけの口づけだったが目の前で起きた突然の出来事に梓は口をあんぐりと開けてしまった。そんな梓にツッコミを入れたのは白那だ。
「いやいや私なんかもろヤッてるとこに出くわしたから」
「突然来たうえ勝手に玄関開けたのはそっちでしょ」
「まさかあんなとこでヤッテるとは思わないじゃん」
白那のぼやきの意味が分かってしまうが出来れば知らないままでいたかったと梓は視線を逸らす。その頬が薄っすら赤くなっていることに気がついた千佳が可愛い反応に笑った。
「まあいいわたまには女子会もいいもんね。上がって?皆はちょっと席を外してくれる?」
「分かった」
「……あ、でも折角だしアラストは残ってよ。懐かしい集まりでしょ?」
その笑みが無邪気なものに見えないのは気のせいではないのだろう。夫たちの背後にいたアラストが「そうだね」と微笑み、夫たちの視線を受けながら千佳と一緒に部屋に入る。梓と白那は気まずさに顔を合わせつつも今更帰る訳にもいかず家の中へ入るしかない。
綺麗な部屋だった。可愛らしい花がところどころに飾られていて花の間を思い出すような白を基調とした部屋。おそらくリビングだろうその部屋の中央に置かれたソファに促されるまま座れば、向かいの席に座った千佳と違いアラストは部屋の奥に向かう。食器の音が聞こえてきて察した梓が立ち上がろうとすると千佳が話し出した。
「それで?急になに?」
「久しぶりに話そーって思ったらまずそれ?相変わらずヤな感じ」
「白那こそ人の家にあがっといてその態度?もうちょっと遠慮したら?」
「アンタに遠慮しても気持ち悪がるだけでしょ」
「まあそうだけど」
「あ、そうだコレ私と樹から」
「えー?ありがと。アラスト、これ切ってよ」
「どれ?へえ、よかった。紅茶に合うよ」
アラストと千佳には日常の会話なのだろう。けれど城で見てきた千佳からは考えられないほど淡泊な会話に驚きを隠せない。もっといえば千佳はアラストをまるでメイドのように扱っている。夫にするまでに想う人が現れたからアラストへの恋心は薄れてしまったのだろうか。だとしても顎で使うようなことにはならないだろう。
『俺は夫じゃないよ』
幸せな生活でないことは察しがついていたしその背景も既に聞いていた。それなのに目の前で起きている光景にショックを受けてしまう。
──2人も何かこじれてしまったんだろうか。
梓が城で過ごした時間があったように、城を出た2人にも流れた時間がある。知らない時間の結果を見ながら当たり前のことを痛感して梓は唇を噛み締める。
──私がなにか言うことじゃない。これは2人の問題だ。
そんな梓の顔を見て千佳が笑い出した。
「ははっ、なにその顔」
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