愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

174.保証のない未来

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この世界に来て初めてシェントからかけてもらった魔法は厭うものを拒絶する魔法だった。
ことあるごとにその効果を目の当たりしては、梓に問うてくるのは厭う、という気持ちだ。自分の感情で魔法を使っている自覚をしたいま、目で見える厭う魔法は嘘を許さず、曖昧に揺れた感情は相手を乱す。
けれど、それはなにも厭う魔法に限らなかった。
この世界にきてからずっと、問われている。

(私は、どうしたい?)

梓は鏡に映る固い表情の自分を見つけ、深く息を吐く。
望まれるようには生きられず、思い通りにも生きられない。

『思い通りにいかないから、自分の思う通りにしたいと生きていくことができるんだ』

イールのように断言はできない。
けれど、どこかで割り切らなければならないことが進む道の先にあったとしても、選んだことだからと受け入れなければならない。

『……はっきりと言ってくれる』

暗闇のなか恐ろしく見えたヴィラが、最後、言葉を失って立ち尽くす姿を思い出して罪悪感が浮かぶ。けれど曖昧な言動を続ければ相手を長く惑わせ、自分自身もツケを払うことになる。
間違っていなかった。間違っていたとしても結局その方法しか選ばなかった。そう言い聞かせるしかない。

(せめてもっと魔法をコントロールできるようになったらいいのに)

厭うの範囲が感情に揺れてしまうせいで変な期待を持たせてしまうのなら、コントロールできれば問題を生まなくていいはずだ。自分の気持ち次第なことを考えれば気持ちを整理すればいいかと思うが、梓自身は何度も気持ちの整理をつけてきたことなのだから、途方に暮れてしまう。
そもそも、触れられたくないと思えるほどに誰かを嫌い続けることが難しい。怒り続けることも恨むことも怖がることも、気味悪く思うことだって、続けるのはしんどいのだ。一緒に過ごした時間のなかにあった穏やかな時間を覚えているからなおさらだ。
望んだ関係が違うだけでこうもこじれるのに、一切感情を乱さずにいられることなどできるだろうか。

『魔法の件だけど、いつできる?』

隼人と約束した厭う魔法の特訓のことを考えて、梓は表情を曇らせる。
自信がないことを伝えたとはいえ、渡せる対価に隼人は納得してくれるだろうか。どうしても魔物のことを知りたい。殺されかけたというほどに魔物を間近に見た神子は隼人だけだ。神子も魔物の殺す対象だと分かっただけでも大きな収穫だが、もっと話が聞きたい。シェントやイールだけでなく兵士たちからも話を聞いてみたが、同じ世界の人から見た魔物の話はとても興味がある。
テイルがいうには魔物に生殖機能はなく、この星から生まれているとのことだ。人と魔物とで生存競争をしているとのことだったが、魔物から見れば神子も人らしい。

梓が初めて魔法で魔物を見て恐怖で固まったときのように、隼人も魔物に対して怖いとしか思わなかったかもしれない。
けれど相本が言っていたことが気になる。隼人は魔法が使えることに調子に乗って魔物退治に行ったとのことだ。どんな魔法が使え、どんな魔法を魔物に対して使ったのだろう。なにが効かなかったのだろう。


早く疑問を解決しないと、魔法を使ってしまいそうだ。


不安だけでなく大きく高鳴る心臓は、今日も気持ちが定まらない。
メイドに案内されて辿り着いた場所も大きく一役買っている。教会を思わせる神秘的な場所。大きな窓やステンドグラスから差し込む光がキラキラと石造りの建物を美しく飾っていて、あの日とまるで変わらない。
梓は召喚されて初めて見た景色を、夢で見た景色を、3度目になる景色を無言で眺める。大勢の男の代わりに10にも満たない兵士が配置されていて神子が集まっているのは大きな違いだが、この場所だけは変わらない。血で濡れた場所が重なって思わず目を閉じてしまうが、梓は扉を開けた兵士が戸惑いに声をあげるまえに中へ進んだ。


「皆さんもういらしてたんですね」


麗巳を除いた女の神子全員と、相馬に挨拶しながら梓は微笑む。白那たちも微笑を浮かべて応えはしたが、普段のような明るさは影を落としていた。
すべてを変えた場所。
しんと静まった空間に、言葉を埋めようとしたのは八重だった。


「何度来ても好きになれないわね、ここ」
「あははっ!八重さんにも苦手なものがあるとかウケる、って、痛い痛い!」
「私にも少しは感傷に浸りたいときぐらいあるのよ?」
「それはもちろん、ごめんなさい!」


厳かな空気を変える八重と白那のかけあいは梓と美海の表情を柔らかくさせる。相馬は困ったような微笑を浮かべていて──莉瀬は、扉を見ていた。きっとこれから現れる異国の王子という未知の存在のほうがよほど恐ろしいのだろう。両腕をさすりながら視線を彷徨わせる莉瀬は分かりやすく不安でいっぱいだった。


「ウィドさんは怖くないですよ。私が無能な神子だって知ったときも、牢屋に閉じ込められて自分の明日だってはっきりしないのに自分の国に来たらいいって色々考えてくれる人でしたし」
「……ええ、そう、優しい人なの……ね……?ちょっと待ってちょうだい。牢屋って、え?」
「あらやだ楽しそうな話のところ悪いけど、来たみたいよ。入ってもらって?」


莉瀬を安心させようとしたが悪手だったらしい。まずいと思ったときにはタイミング悪く兵士の先触れがあって、八重は即座に許可を出してしまった。八重の許しを得た兵士の合図によって開かれた扉は待っていた人を通してしまった。


「あ……」


焦った心はシェントを見つけて消えてしまう。
こんな場所で白い神官服に身を包んだシェントを見れば召喚の日をますます身近に感じてしまう。けれどそれ以上の嬉しさに笑みが浮かんで駆け寄りたくなってしまった。微笑むシェントと視線が合ったのは気のせいじゃないだろう。

そして下げられる頭に、気持ちを落ち着かせる。

シェントの後ろに控えていた見慣れない数人の男の中に、こげ茶色の髪を見つけた──ウィドだ。この交流会に出席を許された人間はウィドを含めた5人だけらしい。
神子という役を楽しんでいる八重は捧げられる言葉を受け入れ、それでようやく、彼らは顔をあげた。
ウィドと違いほかの男たちは遠慮がちだったが、会話を許されたウィドは神子たちの顔を見るどころか、神子たちが集まる場所を見つけると迷いなく歩き出した。そのあいだ揺れた視線はすぐに目当ての人を見つけて、鳶色の瞳を緩ませる。


「樹!元気そうだな!」
「ウィドさんもお元気そうでよかったです」
「ウィド様なんてことをなさるんですか!ああ、神子様どうぞご無礼をお許しください」
「じいはいつにもまして五月蠅いな」
「ウィド様……っ」


大型犬を想わせる人懐っこさも牢屋のなかの空気でさえがらりと変えた力も健在だったらしい。
どうやらウィドのお世話役兼お目付け役だったらしい男たちが顔を青くしながらウィドの失態にあたる言動を諫めている。この世界の常識から考えれば神子に対してウィドの言動は畏れ多いことになるだろう。それはいくら神子の召喚を反対しているアルドア国の人間でも同じらしい。

(アルドア国の人たちは神子をどう思ってるんだろう)

この交流会は言葉の問題だけでなく、大きな意味がある。ウィドはあまり参考にならなかったが、異国の人、それも召喚に反対しているという珍しい立場をとっている国の人の話を聞ける機会は得難いものだ。問題はどう切り出していくかだったが、案外、難しいことではないかもしれない。
付き人の献言にまったく意に介さないウィドのせいで、前代未聞のイベントが行われる曰く付きの場所がただの騒がしい場所になっていく。白那たちの顔を見れば一目瞭然だ。瞬く間に明るい声が次々と参加して、想像していた光景を綺麗に破壊していく。

思いがけない出来事に呆気に取られていた梓はシェントと目が合うと笑ってしまった。考えたことが現実に起こる保証はない。想像を超える現実が来る日だって、予想通りの現実が来る日だってある。
ただ、望む場所へ行くチャンスを増やしたいのなら、動くしかないだけけだ。


(変えていこう)


保証のない未来でも、進むしかない。
ほかの人に見られないよう梓はこっそりシェントの指に触れる。言葉はない。けれど絡んだ指に感じた力と温かさに、微笑み合った。









 
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