働きたくないので断罪ENDを希望します

雨夜りょう

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10:リリィという少女

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「アイス、食べたかった」

 ジェレミーと別れ、自家の馬車へと向かおうとしていたリリィはぽつりと呟く。アイスクリームなど死ぬ前に食べたきりだと、あと少しで手に入ったアイスを思い、リリィはくすんと鼻を鳴らした。

「やだ、やっぱり諦めきれない! わたし、アイス食べたい!」

 踵を返したリリィは、マリアンヌが居る牢屋へと向かう。令嬢とは思えないほど鬼気迫る形相に、近くに人がいたら引いていたことだろう。

「マリアンヌ様!」

「はい? あれ、リリィ様じゃないですか、どうしました?」

 牢屋へと入って来たリリィにマリアンヌは首を傾げたが、すぐにその理由が思いついたようにニヤリと口端を上げた。

「わっかりました、アイスが食べたいんでしょう」

 実際その通りなのだが、訳知り顔で頷かれるとなんだか素直には頷きにくいと、リリィは唇を噛んだ。

「餅アイスですか、それともガリガリしたやつですか、はたまたちょっとお高いやつですか。どれが食べたいんですか?」

「……餅」

「かっしこまりー。どぞー」

 手渡された拳よりも少し小さな、餅で包まれたアイスクリームを桃色のフォークで突き刺して口に運ぶ。

「お、おいしぃ……美味しいよおぉ!」

 リリィ・フリーベルトは、恋愛小説『白百合の運命』に登場する主人公である少女だ。内容としては、平民としてこの世に生まれたリリィは、光属性の魔法を使うことが出来る。希少属性であるリリィは男爵家へと養子に迎えられ、学園へ入学。王子と出会い、王子は天真爛漫な彼女に引かれていくといった話だ。
 ただし、現在アイスクリームを喜び咽び泣きながら食しているリリィ・フリーベルトは、白百合の運命に登場するリリィではなく、この小説に入ってきてしまった相沢百合香あいざわゆりかだ。小説を読んでいる最中に寝落ちしてしまった百合香は、目を覚ますと眠る前に読んでいた小説の世界へと入り込んでしまっていた。どうにかして元の世界に戻りたいと、これまで足掻いてきた高校一年生なのだ。

「美味しいですか、それは良かった」

「ごめんなさい、マリアンヌ様ぁ……フレン様にここから出してもらうようにお願いしますから」

 リリィは、この世界は、自分以外はNPCみたいなもので、感情の無いただの登場人物だと思っていた。それなのに、マリアンヌはどうみても、そのキャラクター像から逸脱しており、記憶も人格もある日本人のようにしか見えない。
 そんな人物を牢屋に入れて平気な顔をしているなんて、リリィにはできなかったのだ。

「あ、結構です」

「えっ……?」

 あっさりと、それでいてきっぱりとした返答には、リリィの涙も引っ込んでしまった。高校一年生だったリリィは、夢見がちで現実味がない少女だ。端的に言えば、王子様と結婚出来れば遊んで暮らせると思っているし、牢屋に入れられて平然としている人間などいないと思っている。次期王妃という役職が、ブラック企業も真っ青になって裸足で逃げ出すくらいの真っ黒さであるなど、リリィには理解できないのだ。

「えっと、牢屋から出ないってこと? でも、牢屋って、罰を受ける場所じゃ?」

「はい、私には必要ありません」

「ど、どうして?」

 おろおろするリリィに、マリアンヌは満面の笑みを返して言った。

「だって、働きたくないので」

 ぽかりと口を開けたまま固まってしまったリリィに、マリアンヌは懇切丁寧に話して聞かせた。これからリリィが選択した事によって起こりうる未来を。
 男爵家レベルの教育しか施されていないリリィは、これから王子の婚約者になれたとして、秒単位の教育カリキュラムが組まれ、寝る暇すらなく、王家の望むレベルになれるまで勉強漬けになるだろう。その後、無事に教育が終えられたとして、最下位の爵位出身の令嬢に向けられる視線など、死んだ方がマシだと思えるレベルに違いない。ましてや、もともといた公爵令嬢である婚約者を押しのけるのだ。どれほど円満に婚約を解消できたとしても、不貞を疑われ尻軽令嬢だと罵られるだろう。今回は卒業式という栄えある場で起きた出来事だ、今後の未来は想像に難くない。

「わた、私、そんなつもりじゃ」

「うん、でも、そんなの関係ないんだよ。他の人にとっては。それでも王子が好きだから耐えて見せるっていうなら、それで良いんだけど……ただ、日本に帰りたいからって理由だけでこのまま進んでいくなら、止めた方が良いよ。物語が終幕を迎えたとして、帰れる保証なんてどこにもないんだから」

 リリィの顔色は、真っ青を通り越して白くなってしまった。

「これからどうするのか、よく考えて。無理そうなら、王子様と距離を置きなね」

 そう言って柔らに微笑んだマリアンヌは、疲れた時は甘い物だからとケーキをたくさん持たせてやった。
 牢屋から出て自宅へと向かうリリィは、ぼうっとして御者の声も聞こえていない始末だった。
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