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14:現実
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「ど、どうしましょう」
自室のソファーに座っている王妃エリーゼは、自分のした行いに震えていた。
「まさか、こんなに使っていたとは思わなかったわ。いえ、使っていたのだけれど」
初めてマリアンヌの牢屋を訪れた日、使ってみた美容品の品質の高さに驚いた。それと同時に、確実に若かりし頃に近づいている自分に胸をときめかせたのだ。
どんどんと美しくなっていく自分を皆に見せびらかしたくて、週に二回のペースでお茶会を催した。気持ちが良かったのだ、皆が「美しい」「どうやってこれほどの美を保っているのですか?」「秘訣を教えてください」と褒めそやしてくるのが。
そのせいで、侍女から忠告が入ってしまった。金を使いすぎていると。
「でも、こんなに美しくなれるのに、どうして買わないでいられるというのかしら。美しくなったら、自慢したくなるのは自然のことではなくて?」
そうだ、自分だけが悪いわけではない。他の人でもきっと同じような結末を辿ったに違いない。十歳は若くなった自分を見て、お茶会をせずに我慢していられる女がいるのなら、会ってみたいものだ。
「どうしましょう。いいえ、きっと大丈夫よ。お茶会の頻度を減らせば……だめ、いまそんなことをしたら」
お茶会の頻度を減らせば、なんと思われるか。せめて、もう少し皆に美容品がいきわたってからでないと。そんなことを思いながら、エリーゼは己の爪を噛んだ。
「いけない。せっかく綺麗にしているのに」
マリアンヌから買ったキラキラと光るネイル。
これを見ていると少女に戻ったような気持ちになる。それを自分の歯で傷つけてはいけない。
あと少し、もう何か月か待てば令嬢たちにも美容品が行き届くだろう。それを待ってから節約したって間に合うはずよ。そう、エリーゼは独り言ちた。
◇ ◇ ◇
「エリーゼ」
硬い表情をした国王リグルドがエリーゼを訪ねてきた。彼がやって来た理由は分かっている。結局、大臣がやって来た後も、彼女はお茶会を止められなかったのだ。
「あ、あなた。ど、どうしたの? いきなりやって来たりして」
「分かっているんじゃないのか」
本来であれば、使っていないドレスを物々交換にしているのだから、そうそうバレることはなかった。一度着たものだったり、流行遅れで着ずに衣裳部屋へ置いているものが百五十着もあるのだ。それらは現金に換算すると大体金貨四千枚にも及ぶ。そうしているうちにまた着なくなったドレスが増えるという算段だった。
それをエリーゼは、己の美貌を皆に見せつけ、権威を保つために、お茶会の回数を増やしたのだ。
「分からないわ! ほら、見てよ。私、美しくなったでしょう? 十代だなんて厚かましいことは言わないけれど、二十代後半くらいには若返ったわ。それにお金をかけることの何がいけないというの?」
つるりと卵のようになった肌を見せつける。以前までも美容に金をかけていたため、その美しさは他の女性の追随を許さなかった。それでも年相応であり、どれ程頑張っても年若い令嬢には勝てなかったのだ。
それが今や、すべての女性の頂点に立っている。
「何がいけないだと? お前に充てられている年間予算は金貨千八百枚だ。その内、品位保持に使える金貨は、七百二十枚なんだぞ! それを、半年で六割も使用したんだ! それに、あのお茶会のどこが公務だというんだ。使用するのは品位保持費の方だろう!!」
王妃には細かく金の使い道が決められている。品位を保つために使用する品位保持費、公務で使う公務執行費、そして宮殿で働く使用人達の給金や宮殿の補修に使う宮殿運営費だ。
その内、自由に使えるのは品位保持費。ドレスを買ったり、お茶会を開く費用はここから出される。しかし、お茶会を開催するためには金が要る。ドレスを作ったり、お茶会にかかる茶菓子などの費用を換算すると、一回当たりのお茶会で金貨十九枚が飛んでいくのだ。
しかし、ドレスだけで一か月八十枚の金貨を使うことになる。それらは、一年後には金貨二百四十枚もの赤字を出す計算だ。ドレスだけで赤字なのに、お茶会の費用まで品位保持費では賄えない。
そこで王妃は、外交の要人を招く場や、貧しい人々の為に行う施しの為の費用である公務執行費をお茶会の費用に充てることにした。派閥固めの為に開くお茶会であれば、公務執行費として計算できるからだ。もっとも、内情は自分の美しさを見せびらかすために行われ、派閥固めもなにもあったものではなかった。たとえお茶会の費用を公務執行費にまわしたとて、一年で八百六十四枚の金貨が使われるため、百四十四枚もの赤字を出すのだが。
「じゃあ! あなたは、他の令嬢が私より先に美しくなるのを黙ってみていろと言うの? 皆が美しくなるのを待ってろって? それがどれだけ私の権威を貶めると思うの!!」
四百枚近い赤字を出す速度で国民の血税を使っているにもかかわらず、悪びれた様子もない王妃に、リグルドは迫りくる頭痛を堪えるように顔をしかめさせ、大息を吐いた。
「…………はぁ。確かに、君は誰よりも美しくなった。それは、夫として、男として純粋に嬉しく思う。女性という生き物が、美に対して貪欲で、時にそれが序列を脅かすことも理解している」
選ぶ言葉を間違えてはいけない。自分が選んだ王妃は、決して愚かな女ではないのだ。気持ちを受容し、きちんと説明すれば分かってくれる。
「しかし、我々は国民の血税で生活しているんだ。美容品に金をかけるのが悪いとは言わない。それでも、年間費を超える勢いで使うのは違うだろう?」
「それは……でも、だって」
優しく諭してもなお言い募ろうとする王妃の言葉を遮るように、国王は口を開いた。
「少し、頭を冷やすといい。君には一か月の謹慎処分を言い渡す」
夫を見送ったエリーゼは、カタカタと手を震えさせた。数歩歩くだけで他貴族に出会う王城で、謹慎処分と言えば部屋から出るなということだ。
「そんな。駄目よ、あれが手に入らないだなんて」
人前に出ないのだから、化粧品は別にいい。しかし、スキンケア用品は別だ。あれが、美しさの土台を担っているのだから。エリーゼは、光輝くネイルを施した爪を噛んだ。
「…………マリアンヌの牢屋には、見慣れないものが沢山あった。あの人だって、彼女に会えば考え方が変わるはずよ」
きっと、夫はすぐにマリアンヌのいる牢屋へと向かうだろう。息子に甘いことが玉に瑕な王妃でも、愚かではなかった。それをこれほどに変えてしまった元凶を、放っておくはずがない。排除するために向かったとしても、きっとリグルドだって目新しい物を欲しがるに違いない。妻を愚かだと言えなくなるだろう。
「でも、リグルドの言うことも一理あるわ。どうやったら、マリアンヌの美容品を手に入れられるかしら。もう一度彼女を次期王妃にすれば、私たちは身内になるわ……だめ、ジェレミーが嫌っているのだったわ」
落ち着きなく部屋の端を行ったり来たりするエリーゼは呟いた。
「ああ、どうすればいいのかしら」
自室のソファーに座っている王妃エリーゼは、自分のした行いに震えていた。
「まさか、こんなに使っていたとは思わなかったわ。いえ、使っていたのだけれど」
初めてマリアンヌの牢屋を訪れた日、使ってみた美容品の品質の高さに驚いた。それと同時に、確実に若かりし頃に近づいている自分に胸をときめかせたのだ。
どんどんと美しくなっていく自分を皆に見せびらかしたくて、週に二回のペースでお茶会を催した。気持ちが良かったのだ、皆が「美しい」「どうやってこれほどの美を保っているのですか?」「秘訣を教えてください」と褒めそやしてくるのが。
そのせいで、侍女から忠告が入ってしまった。金を使いすぎていると。
「でも、こんなに美しくなれるのに、どうして買わないでいられるというのかしら。美しくなったら、自慢したくなるのは自然のことではなくて?」
そうだ、自分だけが悪いわけではない。他の人でもきっと同じような結末を辿ったに違いない。十歳は若くなった自分を見て、お茶会をせずに我慢していられる女がいるのなら、会ってみたいものだ。
「どうしましょう。いいえ、きっと大丈夫よ。お茶会の頻度を減らせば……だめ、いまそんなことをしたら」
お茶会の頻度を減らせば、なんと思われるか。せめて、もう少し皆に美容品がいきわたってからでないと。そんなことを思いながら、エリーゼは己の爪を噛んだ。
「いけない。せっかく綺麗にしているのに」
マリアンヌから買ったキラキラと光るネイル。
これを見ていると少女に戻ったような気持ちになる。それを自分の歯で傷つけてはいけない。
あと少し、もう何か月か待てば令嬢たちにも美容品が行き届くだろう。それを待ってから節約したって間に合うはずよ。そう、エリーゼは独り言ちた。
◇ ◇ ◇
「エリーゼ」
硬い表情をした国王リグルドがエリーゼを訪ねてきた。彼がやって来た理由は分かっている。結局、大臣がやって来た後も、彼女はお茶会を止められなかったのだ。
「あ、あなた。ど、どうしたの? いきなりやって来たりして」
「分かっているんじゃないのか」
本来であれば、使っていないドレスを物々交換にしているのだから、そうそうバレることはなかった。一度着たものだったり、流行遅れで着ずに衣裳部屋へ置いているものが百五十着もあるのだ。それらは現金に換算すると大体金貨四千枚にも及ぶ。そうしているうちにまた着なくなったドレスが増えるという算段だった。
それをエリーゼは、己の美貌を皆に見せつけ、権威を保つために、お茶会の回数を増やしたのだ。
「分からないわ! ほら、見てよ。私、美しくなったでしょう? 十代だなんて厚かましいことは言わないけれど、二十代後半くらいには若返ったわ。それにお金をかけることの何がいけないというの?」
つるりと卵のようになった肌を見せつける。以前までも美容に金をかけていたため、その美しさは他の女性の追随を許さなかった。それでも年相応であり、どれ程頑張っても年若い令嬢には勝てなかったのだ。
それが今や、すべての女性の頂点に立っている。
「何がいけないだと? お前に充てられている年間予算は金貨千八百枚だ。その内、品位保持に使える金貨は、七百二十枚なんだぞ! それを、半年で六割も使用したんだ! それに、あのお茶会のどこが公務だというんだ。使用するのは品位保持費の方だろう!!」
王妃には細かく金の使い道が決められている。品位を保つために使用する品位保持費、公務で使う公務執行費、そして宮殿で働く使用人達の給金や宮殿の補修に使う宮殿運営費だ。
その内、自由に使えるのは品位保持費。ドレスを買ったり、お茶会を開く費用はここから出される。しかし、お茶会を開催するためには金が要る。ドレスを作ったり、お茶会にかかる茶菓子などの費用を換算すると、一回当たりのお茶会で金貨十九枚が飛んでいくのだ。
しかし、ドレスだけで一か月八十枚の金貨を使うことになる。それらは、一年後には金貨二百四十枚もの赤字を出す計算だ。ドレスだけで赤字なのに、お茶会の費用まで品位保持費では賄えない。
そこで王妃は、外交の要人を招く場や、貧しい人々の為に行う施しの為の費用である公務執行費をお茶会の費用に充てることにした。派閥固めの為に開くお茶会であれば、公務執行費として計算できるからだ。もっとも、内情は自分の美しさを見せびらかすために行われ、派閥固めもなにもあったものではなかった。たとえお茶会の費用を公務執行費にまわしたとて、一年で八百六十四枚の金貨が使われるため、百四十四枚もの赤字を出すのだが。
「じゃあ! あなたは、他の令嬢が私より先に美しくなるのを黙ってみていろと言うの? 皆が美しくなるのを待ってろって? それがどれだけ私の権威を貶めると思うの!!」
四百枚近い赤字を出す速度で国民の血税を使っているにもかかわらず、悪びれた様子もない王妃に、リグルドは迫りくる頭痛を堪えるように顔をしかめさせ、大息を吐いた。
「…………はぁ。確かに、君は誰よりも美しくなった。それは、夫として、男として純粋に嬉しく思う。女性という生き物が、美に対して貪欲で、時にそれが序列を脅かすことも理解している」
選ぶ言葉を間違えてはいけない。自分が選んだ王妃は、決して愚かな女ではないのだ。気持ちを受容し、きちんと説明すれば分かってくれる。
「しかし、我々は国民の血税で生活しているんだ。美容品に金をかけるのが悪いとは言わない。それでも、年間費を超える勢いで使うのは違うだろう?」
「それは……でも、だって」
優しく諭してもなお言い募ろうとする王妃の言葉を遮るように、国王は口を開いた。
「少し、頭を冷やすといい。君には一か月の謹慎処分を言い渡す」
夫を見送ったエリーゼは、カタカタと手を震えさせた。数歩歩くだけで他貴族に出会う王城で、謹慎処分と言えば部屋から出るなということだ。
「そんな。駄目よ、あれが手に入らないだなんて」
人前に出ないのだから、化粧品は別にいい。しかし、スキンケア用品は別だ。あれが、美しさの土台を担っているのだから。エリーゼは、光輝くネイルを施した爪を噛んだ。
「…………マリアンヌの牢屋には、見慣れないものが沢山あった。あの人だって、彼女に会えば考え方が変わるはずよ」
きっと、夫はすぐにマリアンヌのいる牢屋へと向かうだろう。息子に甘いことが玉に瑕な王妃でも、愚かではなかった。それをこれほどに変えてしまった元凶を、放っておくはずがない。排除するために向かったとしても、きっとリグルドだって目新しい物を欲しがるに違いない。妻を愚かだと言えなくなるだろう。
「でも、リグルドの言うことも一理あるわ。どうやったら、マリアンヌの美容品を手に入れられるかしら。もう一度彼女を次期王妃にすれば、私たちは身内になるわ……だめ、ジェレミーが嫌っているのだったわ」
落ち着きなく部屋の端を行ったり来たりするエリーゼは呟いた。
「ああ、どうすればいいのかしら」
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