働きたくないので断罪ENDを希望します

雨夜りょう

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16:癒しと美への理解

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「凝るような肩はないけど、マッサージチェアでも買おうかなぁ。風呂上がりの体をマッサージチェアで解しながら、映画を見るとかどうですか! 最高かよ!」

 ゲーミングチェアに座ってのんびりしているマリアンヌは、さらなる快適さを求めてネットショッピングを使い始めた。

「だとすると、冷蔵庫なんかも欲しくなっちゃうなぁ。でも、そうなると、ポータブル電源がギリギリになるよね。これから寒くなるから、電気毛布とか、電気カーペットとか、電気ストーブとかが必要になるし。冷蔵庫は様子見かなー」

 そこまで考えていたマリアンヌは、はっとして椅子から立ち上がった。

「そうだ! こたつ! こたつが必要だよ! 日本人の魂が!! 人を堕落させる、甘美で悪魔的なお布団が必要じゃない!!」

 興奮したマリアンヌは牢屋をぐるりと見回すと、むうっと眉を顰める。風呂、トイレ、ベッド、机に椅子、収納棚やポータブル電源や燃料式の発電機が置いてある牢屋は、重罪貴族用とはいえ手狭になってきた。
 そこに、マッサージチェアやこたつまで置いてしまっては、狭くなりすぎるだろうか。
 手狭になってきた牢屋を見て、壁をぶち抜いて隣の牢屋を自分の物にしていけないだろうかなどと、悪魔のささやきが聞こえてマリアンヌは首を振った。
 一応、この牢屋は国王のものだ。くそう、願いはと聞かれた時に隣の牢屋だと言えば良かったと、マリアンヌは内心で地団駄を踏んだ。

「仕方ない、ひとまずはマッサージチェアで我慢しようか」

 百万円近くする本格マッサージチェアを購入すると、ベッド付近に置いてあるサイドテーブルの反対側へ設置する。
 それに座ると、スイッチを入れた。ヴヴヴと音をさせて背中のコマが動き始める。生粋の貴族令嬢では、体は凝り固まっているとは言えなかったが、自然と声が漏れた。

「あぁあ、きく~う゛あぁあ゛~」

 牢屋の扉が静かに開き、重厚な足音が響いた。マリアンヌは振動に身を委ねながら、足音の主を思い浮かべた。

「何をやっているのだ?」

 淑女らしからぬ声を上げるマリアンヌに声がかかる。そこには、訝しげなものを見たような顔をしたリグルドが立っていた。

「おやまあ、国王陛下。気が付きませんで。このような格好で失礼します」

 彼は、体を起こすことなく返答するという、不敬極まりない姿に苛立つ様子もなく、リグルドはマリアンヌの続きを待った。

「マッサージをしているんですよ」

「マッサージ? その、ベッドのような物でか?」

 マッサージとは、メイド達使用人が行うものだ。当然そのようなものはいないのだから、きっと寝そべっているそれに違いないと、リグルドの視線がマッサージチェアに向く。

「そうですよ~。陛下に試していただけないのが残念ですね。あ、ちょっとお試ししてみますか? もうすぐ終わりますので、少々お待ちを」

 ウィンドウをいじって、フットマッサージャーを取り出す。延長コードを使い、牢屋の前で電源を繋ぐと、リグルドに椅子に座って素足を入れるように指示を出す。
 彼は少しばかりためらった様子を見せたが、すぐに気を取り直したように足を入れた。ウンウンと唸りを上げて動き出したマッサージ機にびくりと体を跳ねさせたが、すぐに緊張を解したようで、寄っていた眉間の皺がなくなる。

「……これは」

「なかなかでしょう?」

「ああ」

「先ほどのマッサージ機は全身をほぐしてくれるんですよ」

 確かにこれは素晴らしい代物だと、その素晴らしさに耽っているリグルドに声がかかる。

「ついでですので、ホットアイマスクもどうぞ。両端についている紐を耳にかけ、目を塞ぐようにして使用します。すぐに熱を持ち出しますが吃驚しないでくださいね」

 そう言って、マリアンヌはリグルドにアイマスクを手渡した。乗せられた布がじんわりと温かくなり、書類仕事で使い過ぎた目元を緩めていく。
 しばらくその心地よさに身をゆだねる。思わず微睡みそうになったリグルドは、振り払うように頭を振った。

「ふふ、眠っても良いですよ」

 悪魔のような囁きに苦笑したリグルドは、冷たくなったアイマスクを目から外した。

「流石に眠るわけにもいかないだろう」

「では、そろそろ本題に入りましょうか。どのようなご用件ですか?」

 分刻みのスケジュールで動いている国王が、暇つぶしにやってくるわけがない。プラモデルあたりだろうと予想していたマリアンヌは、リグルドの言葉に、ぽかりと口を開けた。

「私にも、美容品を売って欲しいんだ。男でも使えるものはあるか?」

「あ、あります。少々お待ちください」

 予想だにしていなかった発言に、マリアンヌは僅かに動揺したが、すぐに男性用の美容品を取り出した。
 洗顔料をはじめとした、スキンケア用品。シェービングフォームなどの髭ケア用品。育毛や体臭も気にかかる年代だろうと、それらのケア用品も用意しておく。
 一通りの使い方を教えると、リグルドは満足したように頷いた。

「申し訳ないが、妻の分も頼む」

「……はぁ」

 急にやって来たリグルドに、男性用美容品を売ってくれと言われるだけでも驚いているというのに、彼は女性用美容品まで用意してくれという。
 一体どうしたのかと尋ねても良いのだろうかと悩み、マリアンヌは頓狂声を出した。

「ああ。恥ずかしい話だが、妻が君の美容品の虜になってしまってな」

 マリアンヌの面食らった様子に、リグルドは自身に起きたことを説明し始めた。妻エリーゼは、確かに王妃に充てられた品位維持費を使い込んだ。しかし、もともとエリーゼは息子を溺愛し甘やかしている節はあるものの、決して愚かな女性ではなかった。
 それほどに自制心のない女性ならば、リグルドは己の懐刀としてエリーゼを選ばなかっただろう。その彼女が、たった一度犯した過ちを、目くじらを立てて頭ごなしに叱りつけるのは違うのではないかと、リグルドは思ったのだと話した。
 もちろん、それらは国民の血税で賄われているため、考え無しに散財していいものではなかった。それでも、彼女が残りの半年を節制し、リグルドの品位維持費をエリーゼに分け与えれば、けして挽回が出来ないほど酷い過ちではなかったのだ。

「だから、君の品を使うことなく、頭ごなしに注意するのは違うのではないかと思って」

「なるほど」

 どうして、この男からあの息子が生まれたのだろうかと、マリアンヌは生命の神秘に驚き入った。それと同時に、国を統べる男でありながら、妻を必死に理解しようとする様に、マリアンヌは感嘆する。

「では、これはサービスでつけておきますね。生ものですから、この後すぐに、王妃様と召し上がってください」

 生クリームとフルーツたっぷりのケーキを、リグルドに手渡す。

「……? ああ、ありがとう」

 ケーキが入った箱を受け取ったリグルドは、すぐに食べさせてもらうと言って牢屋を去っていった。

「いやー。子供は親の言う通りには育たない、親のように育つと言うけれど。ジェレミーは誰に似たのかね?」

 衆人環視の中で婚約破棄を宣言した、この国ただ一人しかいない王子を思い出し、マリアンヌは首をひねるのだった。
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