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17:王妃の謝罪
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「また、誰か来たみたい」
マッサージチェアに沈み込んでいたマリアンヌは、バタバタと騒がしい物音に瞼を開けた。カッカッカッと、石畳を叩きながら近寄ってくる足音は勢いが良い。女性特有の足音に、マリアンヌは仲直りが出来なかったのだろうかと首を傾げた。
「マリアンヌ嬢!」
興奮したように頬を上気させ、息を弾ませた王妃エリーゼが現れる。晴れやかな笑みを浮かべるエリーゼを横目に、最近は人がよく訪ねて来るなぁと、マリアンヌは思った。
「王妃殿下、ご機嫌麗しゅう。本日は、どのような御用向きで?」
きっと国王に関することでやって来たのだろうと考えながら、マリアンヌはカーテシーを行う。頭を下げていると、ガチャンと大きな音がして、マリアンヌはびくりと肩を跳ねさせた。
「マリアンヌ嬢、本当にありがとう!」
鉄格子を両手で握りしめたエリーゼは、マリアンヌに感謝を述べる。明るい顔をしてはいたが、感謝されるとは思っていなかったマリアンヌは「はあ」と、気の抜けた返答をした。
「私は、一体何を感謝されているのでしょうか?」
「貴方、夫に美容品を売ったのでしょう? 夫がね、すまなかったって謝ってくれたの」
「……ああ。そう言えば買って帰られましたね」
手一杯に荷物を持って帰っていったリグルドを思い出して、マリアンヌは頷いた。
リグルドは、自室へ帰って早々に風呂に入り、マリアンヌが用意した品を試した。指通りの悪かった髪は、絹のようにするりと指を通し、乾燥していた肌は、若かりし頃のように潤いが戻った。なるほど、これはエリーゼが執着するはずだと、リグルドは納得したのだ。
だからといって、エリーゼのしたことは、褒められる行為でなかったことは確かだが。己の考えを改めたリグルドは、エリーゼにその旨を伝えて謝罪した。
エリーゼもまた、夫に真摯に謝られ、考えを改めた。もともと、エリーゼもリグルドの言い分は尤もだと思っていた。それが、革新的な美容品を前に、自分よりも先に他の女性が美しくなり、発言権が高くなる未来に我を忘れてしまっただけだからだ。
「本当にありがとう、貴方が夫に持たせてくれた不思議なケーキも美味しかったわ。あの人、甘いものは好んで食べないのだけれど、美味しいって。私よりも食べていたわ」
エリーゼは、少女のようにくすくすと笑った。夫の謝罪一つで己の行いを改められるのだから、素直だというべきか、はたまた単純というべきか。
この両親からジェレミーが生まれたのかと、マリアンヌは、リグルドが来た時と同じことを思った。それでも、どちらかと言えば、ジェレミーはエリーゼに似ているのだろうと、冷静なリグルドを思いだして頷く。
「それで、わざわざ感謝を言いに来られたんですか」
「ええ、あとは謝罪を。ジェレミーがごめんなさい。どれだけ婚約を破棄したかったとしても、人前でするべきではなかったわ」
人前でなければ、当主が決めた婚約を破棄してもいいのかとは言うまい。きっと面倒なことになる。
「殿下が謝る事ではありませんが、謝罪を受け入れます」
「マリアンヌ嬢は、婚約破棄についてどう思っているの? 貴方が望むなら——」
「望みません」
エリーゼがすべてを言い終える前に、マリアンヌは提案を拒絶する。ジェレミーの妻として隣に立つなんて、どんな拷問だ。
あまりにも早い返答に、一縷の望みすらないと理解したのだろう。エリーゼは、肩を落としつつも首を縦に振った。
「そう、仕方がないわね。ジェレミーも、リリィ男爵令嬢と結婚したいと言っていたものね」
エリーゼにとって息子の意見が一番なため、あっさりとマリアンヌを婚約者に戻すのを諦めると、「そろそろ行くわね。また来るから」とだけ残してエリーゼは牢屋から出ていった。
「最近、人が良く来るなぁ。すごく賑やかなんだけど、牢屋ってこれで良いの?」
エリーゼが去ったあと、マリアンヌは再びマッサージチェアに沈み込んだ。
高頻度で現れる来客たちを思い出し、首をひねる。
「……どんどん些事が増えていく」
そんな事を呟いたマリアンヌは、去っていった嵐を見つめ、物憂げな顔をした。
マッサージチェアに沈み込んでいたマリアンヌは、バタバタと騒がしい物音に瞼を開けた。カッカッカッと、石畳を叩きながら近寄ってくる足音は勢いが良い。女性特有の足音に、マリアンヌは仲直りが出来なかったのだろうかと首を傾げた。
「マリアンヌ嬢!」
興奮したように頬を上気させ、息を弾ませた王妃エリーゼが現れる。晴れやかな笑みを浮かべるエリーゼを横目に、最近は人がよく訪ねて来るなぁと、マリアンヌは思った。
「王妃殿下、ご機嫌麗しゅう。本日は、どのような御用向きで?」
きっと国王に関することでやって来たのだろうと考えながら、マリアンヌはカーテシーを行う。頭を下げていると、ガチャンと大きな音がして、マリアンヌはびくりと肩を跳ねさせた。
「マリアンヌ嬢、本当にありがとう!」
鉄格子を両手で握りしめたエリーゼは、マリアンヌに感謝を述べる。明るい顔をしてはいたが、感謝されるとは思っていなかったマリアンヌは「はあ」と、気の抜けた返答をした。
「私は、一体何を感謝されているのでしょうか?」
「貴方、夫に美容品を売ったのでしょう? 夫がね、すまなかったって謝ってくれたの」
「……ああ。そう言えば買って帰られましたね」
手一杯に荷物を持って帰っていったリグルドを思い出して、マリアンヌは頷いた。
リグルドは、自室へ帰って早々に風呂に入り、マリアンヌが用意した品を試した。指通りの悪かった髪は、絹のようにするりと指を通し、乾燥していた肌は、若かりし頃のように潤いが戻った。なるほど、これはエリーゼが執着するはずだと、リグルドは納得したのだ。
だからといって、エリーゼのしたことは、褒められる行為でなかったことは確かだが。己の考えを改めたリグルドは、エリーゼにその旨を伝えて謝罪した。
エリーゼもまた、夫に真摯に謝られ、考えを改めた。もともと、エリーゼもリグルドの言い分は尤もだと思っていた。それが、革新的な美容品を前に、自分よりも先に他の女性が美しくなり、発言権が高くなる未来に我を忘れてしまっただけだからだ。
「本当にありがとう、貴方が夫に持たせてくれた不思議なケーキも美味しかったわ。あの人、甘いものは好んで食べないのだけれど、美味しいって。私よりも食べていたわ」
エリーゼは、少女のようにくすくすと笑った。夫の謝罪一つで己の行いを改められるのだから、素直だというべきか、はたまた単純というべきか。
この両親からジェレミーが生まれたのかと、マリアンヌは、リグルドが来た時と同じことを思った。それでも、どちらかと言えば、ジェレミーはエリーゼに似ているのだろうと、冷静なリグルドを思いだして頷く。
「それで、わざわざ感謝を言いに来られたんですか」
「ええ、あとは謝罪を。ジェレミーがごめんなさい。どれだけ婚約を破棄したかったとしても、人前でするべきではなかったわ」
人前でなければ、当主が決めた婚約を破棄してもいいのかとは言うまい。きっと面倒なことになる。
「殿下が謝る事ではありませんが、謝罪を受け入れます」
「マリアンヌ嬢は、婚約破棄についてどう思っているの? 貴方が望むなら——」
「望みません」
エリーゼがすべてを言い終える前に、マリアンヌは提案を拒絶する。ジェレミーの妻として隣に立つなんて、どんな拷問だ。
あまりにも早い返答に、一縷の望みすらないと理解したのだろう。エリーゼは、肩を落としつつも首を縦に振った。
「そう、仕方がないわね。ジェレミーも、リリィ男爵令嬢と結婚したいと言っていたものね」
エリーゼにとって息子の意見が一番なため、あっさりとマリアンヌを婚約者に戻すのを諦めると、「そろそろ行くわね。また来るから」とだけ残してエリーゼは牢屋から出ていった。
「最近、人が良く来るなぁ。すごく賑やかなんだけど、牢屋ってこれで良いの?」
エリーゼが去ったあと、マリアンヌは再びマッサージチェアに沈み込んだ。
高頻度で現れる来客たちを思い出し、首をひねる。
「……どんどん些事が増えていく」
そんな事を呟いたマリアンヌは、去っていった嵐を見つめ、物憂げな顔をした。
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