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「お父様! 何故こんなに使用人達が私の側に居ますの!?」
何日も出かけられない状態が続いたセシリアは、癇癪を起こすように声を荒げた。
普段とは違う状態のセシリアに父親は驚くように目を開いたが、ふうと息をついて言葉を続けた。
「私はお前を愛している。病弱なお前が、少しでも楽しく生活が出来るならと思っていた」
眉間に皺を寄せて、彼は続ける。
「だが、こうして五日も高熱にうなされるような生活を送るのならば話は別だ」
どんどんと弱っていくだろう可能性を見ぬふりは出来ないと、心配の色を滲ませた瞳が閉じられた。
「もう、病気になってベッドで寝込むような事はしません。だから……見張りをつけるのは止めてください」
きっと、彼なりに苦渋の決断を下したのだとは容易に想像が出来た。ただ、セシリアにはセインを諦めることが出来ない。
それでも父親は首を縦にはせず、喉にせり上がってくる何かを我慢するような顔をして「部屋に戻りなさい」とだけ呟いたきり、こちらを見ようともしなかった。
「どうすれば良いのかしら」
出かけたいのに、セシリアに甘いはずの父親は頷かなかった。今日は朝からセシリアでも出かけられるくらいには天気が悪い。雨さえ降りだせば、兵士が外をうろつく事は無いだろう。
父に反論されて落ち込んだ姿を見せたセシリアは、粛々と夜が更けるのを待った。
予想通りに雨が降り出し、流石にこの悪天候の中出かけることは無いだろうと思われたらしく、テラスの下に居た兵士は居なくなっていた。
「……良かった、これで出かけられるわね」
二階から降りるためにシーツで作ったロープが出来上がる頃には、雨脚は強まっていた。
このまま出かければ、翌日は確実に風邪をひいてしまうだろう。その事で悲しむ両親が脳裏にちらつく。
頭を振ったセシリアは、布を括り付けて作ったロープを抱えてテラスへと繋がる扉へと近寄る。もたつきながら扉を開く。
「どこに行くつもりなんだ?」
待ち望んだ声に、セシリアは弾かれたように顔を上げる。月影の差し込まぬ重たい空に見慣れた黒い影があるのを見つけて、ロープもどきを放り投げてテラスへと走った。
「セイン!」
もつれそうになる足を叱咤し、手すりまでたどり着く。
「先日倒れたばかりなのに、どこに行くつもりだったんだ」
低く唸るような声に、セシリアは続けようとした言葉を呑み込んだ。いつまでも宙から降りてこようとせず拒絶するような冷たい空気に、セシリアは一歩後退りした。
「あれだけ皆を心配させたのに、まだ解らないのか」
呆れたものを相手にしているかのような口調に、セシリアにもムカムカとしたものが湧き上がってくる。
セシリアの愛を全て無かった事にして、理由も告げずに一方的に去って行ったのはセインのほうではないのか。せめて一言「君の想いには答えられない」と言ってくれれば諦めもついたのだ、それを否定も肯定もしなかったのはセインのほうだ。
「だって! これ以外の方法が思い浮かばなかったんだもの!!」
どこに住んでいるのかも、どうすれば会いに行けるのかも分からなかったセシリアには、始めて会った花畑に自分がセインに会いたいと思っている痕跡を残すしかなかった。
彼と自分に共通する金の色を、思い出の月に似ている黄色の花を、花言葉に乗せて植え続けるしかなかったのだ。セインに微かでもセシリアへの思慕がある事を願って。
確かに両親に心配を掛けた事については悪かったと思っている、考えなしだったとも。しかし、それを何故、彼に怒られなければならないのか。
そう思った途端、堰を切ったようにセシリアから言葉が溢れだす。
「セインが勝手に会いに来なくなったんじゃないの! 私が嫌いなら、この想いが迷惑なら、はっきりとそう言えば良かったのよ! それなのに、なんで中途半端に可能性だけを残したのよ!!」
滲んでいく視界を拭う事もせず、セシリアは続ける。
「私は貴方を好きになったの! どうしようもなく貴方が好きなのよ、貴方じゃなきゃダメだったの! そんな所で見下ろしていないで、私が嫌いだと言いなさいよ! 世界中の誰よりも嫌いだって、反吐が出るって……早く言いなさい!」
流れ落ちる涙は、頬を伝う雨と混ざり合って地面へと落ちた。
「そんな事、思ってるわけがないだろう! 俺だってセシリアが好きだ、だから一緒に居られないんだ!」
セシリアの許へと降りて来たセインは声を荒げて苦痛の表情を浮かべて、触発されるように感情を吐露し始める。
「俺だって君を大切に思ってる。でも……どうやったって、何かを捨てなければならないだろ」
「私は、貴方と一緒に居たいの」
セシリアは、離すまいとセインにしがみつく。
「私は、貴方を諦められないわ……だから」
体を離したセシリアは、セインの服の胸元を力いっぱい引っ張る。
「貴方も、私を諦めるのを止めなさい」
抵抗することなく体はセシリアに寄せられ、ぶつかるようにして唇が重なった。息をのんだセインを見て、セシリアは口端を上げる。
「もう、絶対に逃がしたりしないわ。私から離れようとしたら、嵐でも貴方を捜し歩くから」
「…………は、ははっ。ははははは!」
「笑い事ではないわよ」
セインは両頬を膨らませるセシリアの頬を摘まんで空気を抜くと、突き出された唇にキスを落とした。
何日も出かけられない状態が続いたセシリアは、癇癪を起こすように声を荒げた。
普段とは違う状態のセシリアに父親は驚くように目を開いたが、ふうと息をついて言葉を続けた。
「私はお前を愛している。病弱なお前が、少しでも楽しく生活が出来るならと思っていた」
眉間に皺を寄せて、彼は続ける。
「だが、こうして五日も高熱にうなされるような生活を送るのならば話は別だ」
どんどんと弱っていくだろう可能性を見ぬふりは出来ないと、心配の色を滲ませた瞳が閉じられた。
「もう、病気になってベッドで寝込むような事はしません。だから……見張りをつけるのは止めてください」
きっと、彼なりに苦渋の決断を下したのだとは容易に想像が出来た。ただ、セシリアにはセインを諦めることが出来ない。
それでも父親は首を縦にはせず、喉にせり上がってくる何かを我慢するような顔をして「部屋に戻りなさい」とだけ呟いたきり、こちらを見ようともしなかった。
「どうすれば良いのかしら」
出かけたいのに、セシリアに甘いはずの父親は頷かなかった。今日は朝からセシリアでも出かけられるくらいには天気が悪い。雨さえ降りだせば、兵士が外をうろつく事は無いだろう。
父に反論されて落ち込んだ姿を見せたセシリアは、粛々と夜が更けるのを待った。
予想通りに雨が降り出し、流石にこの悪天候の中出かけることは無いだろうと思われたらしく、テラスの下に居た兵士は居なくなっていた。
「……良かった、これで出かけられるわね」
二階から降りるためにシーツで作ったロープが出来上がる頃には、雨脚は強まっていた。
このまま出かければ、翌日は確実に風邪をひいてしまうだろう。その事で悲しむ両親が脳裏にちらつく。
頭を振ったセシリアは、布を括り付けて作ったロープを抱えてテラスへと繋がる扉へと近寄る。もたつきながら扉を開く。
「どこに行くつもりなんだ?」
待ち望んだ声に、セシリアは弾かれたように顔を上げる。月影の差し込まぬ重たい空に見慣れた黒い影があるのを見つけて、ロープもどきを放り投げてテラスへと走った。
「セイン!」
もつれそうになる足を叱咤し、手すりまでたどり着く。
「先日倒れたばかりなのに、どこに行くつもりだったんだ」
低く唸るような声に、セシリアは続けようとした言葉を呑み込んだ。いつまでも宙から降りてこようとせず拒絶するような冷たい空気に、セシリアは一歩後退りした。
「あれだけ皆を心配させたのに、まだ解らないのか」
呆れたものを相手にしているかのような口調に、セシリアにもムカムカとしたものが湧き上がってくる。
セシリアの愛を全て無かった事にして、理由も告げずに一方的に去って行ったのはセインのほうではないのか。せめて一言「君の想いには答えられない」と言ってくれれば諦めもついたのだ、それを否定も肯定もしなかったのはセインのほうだ。
「だって! これ以外の方法が思い浮かばなかったんだもの!!」
どこに住んでいるのかも、どうすれば会いに行けるのかも分からなかったセシリアには、始めて会った花畑に自分がセインに会いたいと思っている痕跡を残すしかなかった。
彼と自分に共通する金の色を、思い出の月に似ている黄色の花を、花言葉に乗せて植え続けるしかなかったのだ。セインに微かでもセシリアへの思慕がある事を願って。
確かに両親に心配を掛けた事については悪かったと思っている、考えなしだったとも。しかし、それを何故、彼に怒られなければならないのか。
そう思った途端、堰を切ったようにセシリアから言葉が溢れだす。
「セインが勝手に会いに来なくなったんじゃないの! 私が嫌いなら、この想いが迷惑なら、はっきりとそう言えば良かったのよ! それなのに、なんで中途半端に可能性だけを残したのよ!!」
滲んでいく視界を拭う事もせず、セシリアは続ける。
「私は貴方を好きになったの! どうしようもなく貴方が好きなのよ、貴方じゃなきゃダメだったの! そんな所で見下ろしていないで、私が嫌いだと言いなさいよ! 世界中の誰よりも嫌いだって、反吐が出るって……早く言いなさい!」
流れ落ちる涙は、頬を伝う雨と混ざり合って地面へと落ちた。
「そんな事、思ってるわけがないだろう! 俺だってセシリアが好きだ、だから一緒に居られないんだ!」
セシリアの許へと降りて来たセインは声を荒げて苦痛の表情を浮かべて、触発されるように感情を吐露し始める。
「俺だって君を大切に思ってる。でも……どうやったって、何かを捨てなければならないだろ」
「私は、貴方と一緒に居たいの」
セシリアは、離すまいとセインにしがみつく。
「私は、貴方を諦められないわ……だから」
体を離したセシリアは、セインの服の胸元を力いっぱい引っ張る。
「貴方も、私を諦めるのを止めなさい」
抵抗することなく体はセシリアに寄せられ、ぶつかるようにして唇が重なった。息をのんだセインを見て、セシリアは口端を上げる。
「もう、絶対に逃がしたりしないわ。私から離れようとしたら、嵐でも貴方を捜し歩くから」
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