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別れと再会

リーベガルドとの決戦

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 扉の先は予想以上に狭かった。足音で既に私たちが来ることをわかっていた側仕えが、私たちの前に立ちはだかる。

 目の前にいる側仕えが一人。その奥にいる男女が、リーベガルドと黒髪の姫か。

「そこを退いてもらいたい。」

 私の目の前にいる側仕えは、本心からリーベガルドに仕えているのであろうか。それとも、やはりやらされているのか。

「その様なわけにはいきません!」

「其方を傷つけるつもりはないが、邪魔をするのであれば容赦はせぬ。」

「構いません。この命が散ろうとも、退くわけにはいかないのです。」

 何と素晴らしい気概であろうか。このような心の者、リーベガルドには勿体ないぐらいだ。

「アイシュタルト、こちらを任せて良いのか?」

 ジュビエールが私の耳元でそう囁く。

「いや。あちらは私にやらせて欲しい。」

 私の目的はあくまでも国王リーベガルドただ一人。

「仕方ない。ここまでたどり着いたのは其方の手柄だ。ここは私が代わる。」

「感謝する。」

「そのかわり、生かして捕らえろよ。」

「ククッ。手元が狂わなければな。」

 側仕えの正面をジュビエールに譲り、私は後ろの二人へと視線を向けた。怒りとそれを叩きつけることのできる嬉しさで、全身の毛が逆立つ様な興奮を感じる。
 
 騎士となってもう十年以上経つが、こんな感情は初めてだった。

「お相手願えますでしょうか。」

 リーベガルドの顔を真っ直ぐに見つめ、剣を構えた。

「国王の御前です!無礼にも程があるでしょう!!」

 耳をつんざくような声をあげたのは、リーベガルドの隣に立った黒い髪。深紅のドレスに少しきつめの顔立ち。この者が、正室だと思われていた姫か。

「王妃様。私はカミュートの者です。王の命により、あなた方を捕らえに来たのです。」

「なんということ!リーベガルド様、やってしまって下さいな。」

 王妃と呼ばれて、訂正もなさらない。ちょうどいい。姫の代わりに、王妃になっていただこう。

「任せておけ。其方は少し下がっておくがいい。すぐに終わらせる。」

 リーベガルドが私の前に剣を構えて立つ。

 隙のない立ち姿。さすが国王ともなれば、その辺りの兵士の様にはいかぬか。

 だが私も、負けてはおられぬ。頭の中をよぎるのは姫の手触りの変わってしまった髪、痩せ細った手足、そして抱き上げた時の軽さ。

 その全てが私の気持ちを昂らせた。

 気持ちの昂りとは反対に、視界にはリーベガルド以外が見えなくなる。近くで戦っているはずのジュビエールの音も聞こえない。手足が冷えていくのを感じた。まるで世界に二人だけの様に、静かだった。

 リーベガルドが足に力を入れたのがわかる。

 次の瞬間、踏み込んできた。

 リーベガルドの太刀筋は速かった。ただ私には何もかもがゆっくりに感じられる。振り下ろされる太刀筋どころか、筋肉の動きまでもがわかる。

 そんな相手との打ち合いは、獣相手よりも容易だ。リーベガルドの剣の切先を避ける。私の剣で受ける。そんな応酬を繰り返し、こちらから反撃する隙を伺った。

 何度打ち込んでも、避けられ、受け流されるやり合いに、リーベガルドがイラついてきているのを感じる。思ったよりも気が短いようだ。

 苛立ちを肌で感じ、私も攻撃に転じることにする。リーベガルドによって振り下ろされた剣を力で押し返し、ふらついた所を後ろに回り込み、首元を掴んで押さえ込んだ。

 私の膝の下に組み敷いたリーベガルドの手から剣を奪い、反撃する手段を取り上げる。

「貴様、このような真似っ。」

 私の膝の下で何を言われようとも、もはや何を思うこともない。

 私はこの手にかけてやりたいと、強く望んだ男の首元に、自分の剣の先を当てた。

 頭の芯がすうっと冷えていく様だった。これでようやく、姫の感じていた痛みを、辛さを返してやれる。耳の奥に響くのは、『王子を討って欲しい』そう言ったロイドの言葉。

 皆の願いを、思いを、やっと果たせる。
 
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