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「あの、帯がないからこのままで大丈夫です」

着物を重ねて手で押さえれば何とかなるし、これ以上迷惑かけちゃダメだ。
そう思っていたがフリードはそうじゃなかったようだ。

帯を知らないみたいでどんなものかあの部屋にあるのかと聞いてきた。
フリードが取りに行こうとしているのか?でも多分まだアル様がいると思うし、また喧嘩になったら大変だ。
俺は首を横に振る、女の子じゃないからそんな大袈裟にしなくても……服はこれ一つしかないが明日になればアル様も落ち着いていると思うし明日取りに行けばいい。

一日引きこもれば俺の間抜けな格好を見られなくて済むし大丈夫だと笑う。

「一日このまま我慢すればいいだけだし、俺は平気です……フリード様が見ていられないなら視界に入らないように頑張ります」

「……初めて会った時も思っていたがお前はなんでそうなんだ」

フリードの声は怒っていると分かった。
なにか不快にさせる言葉を言ってしまっただろうか。

フリードは聖騎士、だから俺の呪いは効かないと思うんだけどこれは呪いではなく俺自身のせいだ。
せっかく助けてくれたのに、フリードにため息を吐かせてしまった。

謝らなきゃ、でも何に怒っているか分からないのに謝って誠意が伝わるのか。
フリードを恐る恐る見つめると俺の目線に合うようにしゃがんだ。

「なんで自分をそんな風に言うんだ」

「……え?」

「自分を大切にしてくれ、なんでいつも人の顔色ばかり伺っているんだ?お前は自分がないのか?」

そんな事を言われたのは初めてだった。

俺はずっと俺なんか…とか思っていた、生前も今も誰も俺を必要としてくれなかった。
だから俺は自分を出さないように生きてきた、呪いに怯えていた事も関係しているのかもしれない…いや、それはただのいいわけだよな。

聖騎士の前だと呪いに怯えなくてもいい、素の自分を出しても…いいのかな。

フリードはゲームでも遠慮なく言いたい事ははっきりと口に出すタイプだ。
だから根暗思考の俺が許せなかったんだろう。
性格は自分で気付きにくい、フリードに教えてもらって良かった。

この性格から直さないと、幸せになれる筈もない。
ぎゅっと拳を握りしめた。

「お前がどうしてそんな事ばかり言うのか俺には分からない、平気じゃないだろ?手が震えてる…俺の服でいいなら貸すし、俺の視界に入らないって…そんな悲しい事言うなよ」

フリードは俺に優しく微笑んでくれた。
それはゲームで見覚えがあった笑みだった。
ゲームではヒロインに向けられたその笑みは今は俺に向けられていた。
…なんかそれが不思議な気持ちにさせた。

俺の頭を撫でて「あと、ごめんなさいも一回だけにしろよ」と意地悪そうな笑みで笑った。

クローゼットを開けて服を探すフリードの背中を眺める。
ゲームのフリードは少し怖いイメージだった、最初ヒロインにも喧嘩越しで聖騎士の中で一番短気だったと記憶している。
実際のフリードは人をよく見ていて、悪い事ははっきり言ってくれてその後は優しくて…ゲームはあてにならないなとゲームの世界の筈なのにそんな事を思った。

「お前小さいしな、10歳の頃の服の方がサイズあるよな」

「…フリード様」

「なん……っ!?」

フリードの傍に近付いた。
服を探しているのに夢中で声を掛けるまで気付いていなかった。
正座して座り声を掛けるとフリードは気付き振り返った。
距離感が分からず近付き過ぎた事に気付いたのは鼻が触れ合いそうなほど近くに顔があったからだ。

フリードはまた固まってしまった。
また背を向けられたら大変だ、ちゃんと顔を合わせて伝えたい…俺の気持ち…

「ありがとう…ございます」

「……お、おう」

本人はよく分かっていないみたいだが俺の感謝の気持ちを受け取ってくれた。

もっと自分に自信を持とうと思った。
下級魔法使いでも幸せになれると思ったのは俺じゃないか。
呪いを怖れていても防げるわけじゃない、でも俺の目の前には聖騎士である彼がいる…なにか解ける方法が見つかるかもしれない。
魔力がない世界で生きていたんだ、頭を使えば魔力が少なくてもどうにかなる気がした。
電気も魔法で動いている世界でどこまで通用するか分からないが、やってみないと分からない。

攻略キャラクターに関わったら俺が死ぬかもしれない、なら逆に考えてはどうだろうか。
ゲームになかった結末を辿れば…もしかして…

フリードはタンスから引っ張り出した服を俺に見せた。
黒いTシャツにズボンだった。
俺はそれを受け取るとフリードはすぐに背を向けた。

着物を脱ぐと擦れる音が聞こえた。
……な、なんか変に緊張するなぁ…身内でもない人と同じ空間で着替えているからだろうか。

ドキドキと音が響きそうになり、フリードにバレませんようにと心の中で祈った。

少しサイズが大きめだが、なんとか着れた。

「できました」

「…そ、そうか」

恐る恐るフリードは後ろを振り返ってこちらを見た。
男同士なんだし、堂々と見ればいいのに…
それとも婚約者がいる人の裸は男女関係なく見てはいけないのかもしれない。

そこの事情はよく分からないけど、俺は一応妻側みたいだしその可能性が高そうだ。

着物がシワにならないように伸ばしながら畳むとフリードはクローゼットにしまってくれた。

少しの沈黙が俺達の間に流れる。
そこで俺は大変な事を思い出した。

「あっ!弁償!」

「…弁償?」

「パーティーの時、服を濡らしてダメにしちゃったから……もう少し大きくなったらちゃんと働いて返します!」

今は持ち合わせがなくてドルアージュ家にも迷惑掛けるわけにはいかないから俺が自分の手で返すんだ。
でも具体的にいくらか聞いていなかった。
だいたいでいいから聞こうと思って気付いた。

フリードは目を見開きとても驚いた顔をしていた。
なにか言いたげに口を開けて閉じての繰り返しだった。

もしかして下級魔法使いの給料だったら一生タダ働きでも返せないほど高額なのだろうか。

しかしフリードの口から発された言葉は俺の予想と全く違った。

「……別に弁償しなくていい、俺の不注意でもあるんだし…それに、兄の…婚約者になったんだから」

だんだんフリードの声は小さくなり下を向いてしまった。
落ち込んでいるように感じたが今の会話でショックを受ける事はあっただろうか。

弁償しなくて本当にいいのかな、本人がいいって言ってるから良いんだろうが…お金以外のお詫びなら受け取ってくれるだろうか。
これは俺の自己満足なんだけどな。

フリードがやっと口を開いたかと思ったら不思議な事を言っていた。

「…俺と、結婚…は?」

「え?フリード様にも婚約者がいるんですか?」

「………いや、何でもない」

フリードは大きなため息を吐いていた。
本当に大丈夫だろうか、さっきまで顔が赤くて風邪っぽかったのに…
今は血の気が引いた真っ青な顔でますます心配になった。

フリードは俺の顔色を伺っていた、俺ならもうちょっとした事じゃ落ち込まないから何でも言ってほしい。
それを伝えるとフリードは「お前にあんな事偉そうに言ったのに、これじゃあ男らしくないな」と呟いた。

瞳を閉じて深い深呼吸をしてから落ち着いて俺の方を見た。

「兄の事、好きなのか!?」

「……えっ」

決心したようなフリードの声に驚いた。
これって言ってもいいのだろうか、さすがに兄の事は好きではないが政略結婚だからと馬鹿正直に言ったら普通に不愉快になるよな。
でもあまりにも必死なフリードの顔を見て、首を横に振るしかなかった。
……嘘はつきたくなかった。

フリードは怒るだろうかと思っていたら、何故かホッとしたような安心した顔をしていた。
なんでそんな顔をするんだ?兄に男と結ばれてほしくないとか?

「…お、俺…期間限定なんで安心して下さい」

「期間限定?」

「いつかは分かりませんがアル様には他に相応しい婚約者がいるみたいです」

いずれ分かる事だし、フリードに話してもいいかと思った。
フリードは目を見開いて驚いていた。
そりゃあそうだよな、俺も別の婚約者がいるなんて聞いた時驚いたから…

何故そんな事をするのかフリードは俺に聞いてきた。
ホワイト家がドルアージュ家を利用しようとしている事はさすがに言えなかった。
なんでだろうと誤魔化した、俺も深くは知らなかった。

「じゃあ、結婚はしないんだな」

「うん、俺は期間限定だし」

「母様が仕組んだ事なんだろうけど、俺もあの人の考えは分からない…でもここにいるのは安全じゃないな」

「……え?」

フリードの視線の先にはクローゼットの中にしまわれた着物があった。
もしかしてまた襲われたらって事か?
確かにさっきはフリードに偶然助けられたが、今後その偶然があるか分からない。
次こそ取り返しのつかない事になるかもしれない。

ふと手が暖かいものに包まれた。
フリードの手の温もりだった。

「フリード様?」

「大丈夫、俺が守るから」

そう言われ胸が締め付けられるような気持ちになった。
嫌な感じではない、むしろ嬉しかった…だからこの痛みは悪いものではないだろう。
でもこのセリフってヒロインに言うものじゃないのか?
ヒロインの子はいる筈なんだけどなんで俺がヒロイン扱いされているのだろうか。

気のせいだったらいいけど、なんか複雑だった。

まぁヒロインが現れたらフリードがゲームのようにヒロインに夢中になるだろうし、それまでフリードとの友情を感じていたい。
俺はフリードと敵同士ではなく友達同士になりたいと思っていた。

そしたらきっと最悪な結末にはならないだろうし、ゲームをリアルで見守れると感じていた。

どのくらい見つめあっていただろうか、先にフリードが我に返り目を逸らしわざとらしく咳をしていた。

「えーっと、そういえば君の名前聞いてなかったね…俺は…もう知ってるみたいだな」

「は、はい!パーティーの時呼ばれてたんで!!」

「…あー、ギルな」

不自然にならないように言ったつもりだったが力が入りすぎてしまい強い口調で言ってしまった。
フリードは気にしていない様子で「様付けはやめてくれ」と言った。

ゲームではフリードと読んでいたから心の声の時は呼び捨てだけどさすがに本人前では言えなくて様付けしていた。
モゴモゴする俺にフリードは期待の眼差しを向ける。
うっ……そんなキラキラした目で見ないでくれ。

小声でボソボソ言うと「聞こえない」と言われてしまった。

「…っ、フリード!」

「ん?なんだ?」

人の名前を呼び捨てしただけなのにとても顔が赤くなった。
フリードも嬉しそうで良かった。

次は俺の名前をフリードに教えた。
ゲームではフリードは俺の名前を呼んだ事はない、いつも悪の双子の妹とセットだった。
ちょっと期待していた、イリヤと呼んでくれる事を……

だからフリードの顔が気になった。
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