白のマシュー

あやさわえりこ

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異変

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 おばあちゃんは倒れこむようにお医者さんの服にしがみつく。
「秀太は……秀太と真広さんは……」
 そんなおばあちゃんに、お医者さんはうなだれていた。そして穏やかに腕を振りほどき、何かをさとったようなおばあちゃんのひざが折れる前に、体を支えてあげようとした。追いついたおじいちゃんがその役目を代わる。おじいちゃんは震えた声で「どうなったんですか?」と、恐る恐る尋ねた。
 お医者さんの顔は、白い光に照らされてよけいに白く見える。おばあちゃん、おじいちゃん、そしてあたしを順番にながめると、ただ一言、「こちらへ」と、左の通路を指し示した。
 お医者さんの後をついていく。白い光はだんだんと暗くなっていく気がする。おばあちゃんはおじいちゃんと一緒に歩く。その背中を見ながらあたしは歩く。足音しかしない。あたしたちの足音しかない、静けさの中。何かわからないけれど心の中に冷たい風が吹きつける気がする。
 お医者さんの足が止まった。扉の前であたしたちを待つ。
 まずおばあちゃんとおじいちゃんが先に止まった。一緒に扉の前に立った。すると、おばあちゃんは一瞬で崩れたおれた、まるで砂のように。わけがわからず声をあげ、むせび泣き、しわの寄った目から……滝のように涙がこぼれだした。おじいちゃんはガラスになった壁の向こうを一目見ると、呆然と立ち尽くし、みるみる瞳から光が失われていった。おばあちゃんがおじいちゃんにすがるけれど、それに一向に気がつかなくなってしまった。
 二人のもとにやっとあたしはたどりついた。右手に触れたガラスの壁がひんやり冷たい。あたしもおじいちゃんと同じように壁の向こう側を見た。
「最後まで手を尽くしましたが……」
 薄暗くて機械だらけの部屋には、二つのベッドの上に男の人と女の人が寝かされていた。ふしぎなことに顔には白い布がかけられている。
 顔が見えないけれど、ふとんを胸の辺りまでかぶっているけれど、あたしには、服装で女とか男とかわかった。
 だって、女の人は、お母さんがよく着ていたオレンジ色のブラウスが見えたから。男の人は、 お父さんがよく着ていた黒のTシャツが見えたから。女の人は髪の毛が長い。お母さんも一つ結びを解いたらあのくらいの長さだ。男の人は短い髪の毛だ。お父さんも短い髪の毛が好きだと言っていた。この女の人と男の人はだれなんだろう。お父さんとお母さんによく似ている。
 ……お父さんとお母さんみたい。いや、これはお父さんとお母さんじゃないのかな?
 ふわっと、ほおにやさしい毛並みがふれた。丸くて温かくて近くにいてくれるって言ってくれた存在。マシューはいつのまにかあたしのそばに来てくれていた。ほおに、ちょんっと体をあててくる。ちゃんといるよ、ここにいるよって気づいてほしいみたいに。あたしはマシューを右手でなでた。ほんのり温かい、まるでぬいぐるみみたいなマシューは、あたしと目を合わせて「やっと気づいてくれたね」と言わんばかりに小さくほほえんだ。そして、右手にすりすりとほおずりをする。ちょっとくすぐったい。
「ここにいるよ、ゆいちゃん」なんて温かい声なんだろう。
「ずっとそばにいる」
 その言葉と声は、あたしを冷たい空気から守ってくれる。この薄暗くて冷たそうな部屋に横たわる、ちっとも動かない二人から吹きつける冷たい風から。
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