白のマシュー

あやさわえりこ

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隠しごと

ページ27

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 建物に入ると、またあのいやな匂いに鼻をつまみたくなった。エレベーターにのり、みんながいる部屋に叔母さんは直行だ。
 なにやら、部屋から話し声がした。一つの声だけが聞こえるだけで、部屋のなかはしんと静まり返っていた。
 話し声の中にまぎれて、まただれかが泣いている声がする。むせび泣きというよりは、しくしく泣いていて、ときどき鼻をすする音がする。昨日も聞いた泣き声だった。
「ほんとに……一番かわいそうなのはゆいよ……」
 涙の途切れ目に、おばあちゃんの声がもれていた。自分の名前が聞こえて、あたしの体は、扉の前に立つ叔母さんの後ろで止まってしまった。
「ゆいが一番かわいそう。まだあんな小さいのに」
 叔母さんだって、扉を開ける寸前で止まっている。
「母さん、もうそろそろゆいちゃんと由香が帰ってくるよ。そろそろ涙をふかないと」
「もう、かわいそうでかわいそうで。神様も仏様もいないんだわ!」
「うん……本当にかわいそうだ。二人も心残りだろう。けど……」
 おばあちゃんは泣きやむどころか、さらに声をあげて泣いた。口にハンカチを押さえているのが、見なくてもわかる。
「だって、あの子、なんだか様子が変なのよ」
 涙声のまま言ったおばあちゃんの声。その言葉にはどこか自信があるようだった。そして耳をすませると、か細い声で話しているおばあちゃんの言葉がはっきりと聞き取れた。
「あの子、昨日からおかしいの。白くて丸いものがいるって。ああ、きっと、あまりにものショックで幻覚を見ているんだわ。病院に連れて行ったほうがいいかしら」
 そう言っておばあちゃんはまた泣き出した。声をあげて泣いた。あたしがここにいることも知らないで、泣いて泣いて、止まらなかった。
 ため息をついたのは由香叔母さんだった。ついに扉に手をかけ勢いよくスライドさせた。
「ただいま~」
 大きな声と袋の擦れる音が、暗くて重い沈黙を破る。閉ざされた部屋の中に、新しい空気が吹きこんだようだった。
「おにぎりとサンドイッチを買ってきたよ~」
 黒のハイヒールを脱ぎながら、陽気にしゃべる叔母さん。
 そんな叔母さんの背中に呼びかけた。今、おばあちゃんが泣いて暗い空気が漂うこの空間に入りたくない。
「叔母さん」
「ん?」明るい声でふり向く。
「あたし、トイレに行ってくるね」
「あら、そう? わかった」
 叔母さんは部屋の中へと入っていった。黒い服を着た人たちの中にまぎれていった。あたしはその部屋から離れた。離れたい。トイレってとっさに言ったけれど、別に行きたいとは思っていない。ゆっくりと、ただ歩いた。そのうち本当にトイレの表示を見つけて、なんとなくそこに入っていった。ただあの暗い部屋から離れたかった。
 昨日から、みんなの様子が変。あたしの様子がおかしいって、おばあちゃんは言っていた。でもみんなの方がずっと変だ。普段会わないおじさんおばさんがやってきて、一つの部屋に集まって。しかも黒い服ばっか。眠っているお父さんとお母さんの寝顔を見ては、しきりに苦しそうに泣いている。なにがそんなに悲しいのだろうか。
 それに、なんであたしのことを変だなんておばあちゃんは言うんだろう。マシューは白くて丸い『生き物』で、幻覚なんかじゃない。触るとやわらかくてふわふわしているし、とてもあったかい。見えなくて触ることもできないみんなの方がよっぽど変だ。
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