扉を開けてはいないから

藤雪たすく

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聖女の役割

旅立ち

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体の中を暖かい物が巡るような感覚にゆっくりと意識を浮上させた。

「……モルテさん?おかえりなさい」

ベッドの縁に腰をおろしたモルテさんが見下ろしながら俺の髪を弄っていた。俺のおかえりに返事は無く、無言で俺の髪を指にくるくる巻きつけて玩んでいる。

「あの……何かおかしいですか?」

「いや?黒いなぁっと思って……僕の留守中に随分お楽しみだったらしいんだけど?」

当然の如くバレている。
恥ずかしいと隠れるのも今更なので……冷静を装いながら視線だけ逃した。

「ライが治癒魔法を掛けろって煩いから来たけど……大して傷は無さそうじゃん……あいつはもっと力任せにいくかと思った」

治癒魔法……そう言われてみたら体が怠くないし、痛くもない。
さっきの暖かいのが治癒魔法かぁ……俺には使えない力。

「モルテさんのほうが聖女っぽい……」

思わず愚痴って……慌てて唇を噛んだ。
聖女を交代とか、もう言わないってライさんと約束したんだった。
ライさんが居なくて良かった……気をつけようと反省していた俺の顎をモルテさんの指が持ち上げた。

「それ……ライにも言ったの?……その瞳で?」

開かれたモルテさんの瞳は鋭く俺を射抜いた。
ライさんには……もう替わりを探してなんて言ってないはず……首を振って否定した。

「言ってないです……その……瞳って?」

俺の目に何かあるのか?ライさんもやたら『瞳』と言っていた。

「あの生意気なフュラ・ユイヴィールがへこんでるのを見てるのは楽しいけど……あんまり苛めてやるなよな~これからは二人きりで旅に出るわけだし?」

にっと笑ったモルテさんの顔にほっと息をついた。

ライさんがへこんでた?何で……俺と寝たから?後悔してる?
体を投げ出したのに……俺が聖女に目覚めなかったから?

いろいろな予想に気持ちが沈んで来た。

「わかりました……気をつけます。ライさんは……?」

「ああ、暗い顔して準備してるよ~……元気になったなら物置にいるし顔出してやんな……くくくっ」

モルテさんは忍び笑いと共に俺の背中を叩いてから部屋を出て行った。

顔を会わせづらいんだけど……ライさん1人に準備をさせる訳にもいかず、思いきってベッドから起き上がった。モルテさんが治癒してくれたので体は楽になったし、いつまでも寝ているのは申し訳ない。

物置へ向かうとこちらに背を向けたライさんが座り込んで溜め息を吐いていた。
俺が来た事にも気付かない位なにか考え込んでる。

「御園君……薬のせいとはいえ……あんな事して、もう目も合わせてくれなかったらどうしよう」

急に名前を呼ばれてドキッとしたけれど、話しかけられた訳ではなかったみたいだ。
ライさんはそのまま膝に顔を埋めて蹲ってしまった。

俺とセックスした事を後悔しているのかと思ったけど、どうやら薬に溺れてあんな事をして、俺の方が落ち込んでいると気にしてくれているのか……止められていたのに飲んだ俺が悪いというのは自分でもわかってるから、それをライさんにぶつけたりはしないんだけどな……気恥ずかしさはあるけど。

「ライさん?俺は別に傷ついてないですよ?」

「うわあああっ!!みっ御園君!?いつからそこに」

「『御園君……薬のせいとはいえ』って辺りからですかね」

驚いて仰け反ったライさんの横に腰をおろした。

「最初から聞かれてたのか」

逸らさせた顔は真っ赤に染まっていて……そう照れられるとこっちまで恥ずかしさが増す。

「……御園君、怒ってないのか?」

「なんで助けてもらって怒るんですか?自業自得ですから……ライさんこそ俺と……その……こんな事になって後悔しているんじゃ?」

「後悔なんてするわけないでしょ!!俺は御園君の事が好きだって言ったよね!?」

両肩を思い切り掴まれて揺さぶられた。

「え……俺が悩まない様に気を遣ってくれただけなんじゃ……」

「そんな事、気遣いとかで言わないよ……」

ガクリと肩を落としたライさんから自嘲気味な笑いが聞こえる。

「ふふ……はあ……御園君、メソンの森へ旅に出る事はさすがに国王に伝えてあるから変更は難しい……約束する。もう手を出したりしないから俺と旅に出て下さい」

小指を差し出され……僅かに浮かんだ違和感は俺の小指に絡まされたライさんの小指に握りつぶされた。

「難しいかもしれないけど、必ず……せめて……前の状態まで回復させる!!」

勝手に何かを誓われた。
もっとギクシャクするかなと思ったけど相手が自分以上に動揺していると冷静になれる物らしい。

「ライさん……メソンの森まで、よろしくお願いいたします」

ギュッと小指を握り返すとボボボッと目に見えてライさんの顔が真っ赤に染まっていった。
意外に純情?……可愛い人だな。

「何を準備したらいいですか?お手伝いします」

腕まくりした俺にライさんは柔らかな笑顔を見せてくれた。
あれもこれもと……一緒に大きな鞄へ荷物を詰め込んだ。

ーーーーーー

「それではモルテさん……お世話になりました」

次の日の朝、玄関ホールで深々と頭を下げた。

「これで一つ肩の荷が降りる。やっと悠々自適な生活が送れるよ~死なない程度に頑張れ~君たち死んだらまた新しいフュラ・ユイヴィールと聖女の面倒を見ないといけなくなるしね~せいぜい楽させてね」

ニコニコと嬉しそうに俺の頭を撫でてくるモルテさん……素直じゃない激励だと受け止めておこう。

「早く行こう、御園君」

ライさんに腕を引かれ、手を振るモルテさんに手を振りながら屋敷を後にした。
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