悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 もう少し一緒に居たいと思うヴォルフの気持ちに全く気付いていないレフィーナが、ヴォルフに向かって頭を下げる。


「ありがとうございました」


 そう言って頭を上げたレフィーナはニコリと笑う。そんなレフィーナに気にするな、というように首を軽く横に振った。
 胸の中は残念な気持ちで満たされていたが、それを表情には出さず、ヴォルフは口を開く。


「すっかり遅くなったが、しっかり休めよ」

「はい。あの、今さらですけど…お仕事中でしたよね…」

「騎士団長から休憩きゅうけいするように言われていたから大丈夫だ」

「休憩時間を潰してしまって…すみません…」

「そんなに気にするな。それくらいの事で文句なんて言わないし、嫌だったらそもそも来ていない。だから、そんな申し訳無さそうな顔しなくていい」


 しゅんとしているレフィーナの頭を少々乱暴にぐしゃっと撫でる。休憩時間が無くなったことなど、どうでもいい。レフィーナの事を知ることの方が大切だったのだ。


「ほら、さっさと休め」

「ありがとうございました」


 もう一度頭を下げてレフィーナは自室に向かって歩き初めた。レフィーナが部屋に入るまでは見届けようと、ヴォルフはレフィーナの背を見つめる。
 レフィーナが自室の前で立ち止まって、こちらにちらりと視線を投げて寄越した。それから、少し恥ずかしそうにはにかんでから、小さく頭を下げて自室へと入って行った。

 ぱたん、と扉が閉まる音を聞くと、ヴォルフはその場を後にしようと身をひるがえす。そうすれば、前方から一人の若い侍女が歩いてきた。おそらく仕事が終わって今から休むところなのだろう。


「お疲れ様」


 ヴォルフは短く挨拶をしてすれ違おうとしたが、侍女がぎゅっと腕を掴んできたので仕方なく足を止めた。何か用だろうか、と首を傾げれば、ヴォルフより小さい侍女が顔を上げる。
 その侍女の顔に見覚えがあった。


「あの…、花…花言葉…」


 いつの日かと同じように頬を赤く染めたこの侍女は、ヴォルフにリナリアの花を渡してきた侍女だ。


「…私…私、ヴォルフ様の事が好きなんです!」


 耳まで真っ赤にした侍女はすがるようにヴォルフに抱きついて、想いを吐き出すように告げた。
 前にこの侍女に渡されたリナリアの花言葉はこの恋に気づいて、だったなとヴォルフはアードが教えてくれた事を思い出す。
 ずっとヴォルフを想い続けてくれていたのだろう。レフィーナに恋をしている今のヴォルフには、この侍女の気持が良くわかった。だが、ヴォルフはこの想いには応えられない。

 そっと侍女の肩に手を添えると、優しく体を引き離す。


「…すまない。その想いには応えられない」

「………」


 侍女の大きな瞳がみるみるうちに潤んでいく。

 今までも何人かに告白されて断った事がある。その時も少し罪悪感を感じていたが、今はその時よりも酷く申し訳ない気持ちになった。告白がどれだけ勇気がいることで、気持ちが通じない事がどれだけ辛いことか分かってしまうからだろう。
 ヴォルフだってレフィーナに告白して振られたら、と思うと胸が痛む。かといって、同情で気持ちを受け入れるなんてことはもっと残酷なことだ。


「俺には…好きな人がいる。だから、その気持には応えられない」


 はっきりとそう告げれば、とうとう侍女の大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。
 それから少しの間泣いていた侍女はやがて落ち着きを取り戻して、にっこりと笑った。


「レフィーナですよね?その相手って」

「どうして…それを…」

「ふふっ。ずっとヴォルフ様を見てきましたから。気付いていないんですか?ヴォルフ様、レフィーナを見る時、凄い気持ちがあふれた甘い瞳しているんですよ」


 目尻を拭いながら侍女は穏やかな表情でそう言った。
 ヴォルフは侍女の言葉に恥ずかしくなって仄かに耳を赤く染め上げて、侍女から視線を逸らす。まさか自分がそんなに分かりやすいとは思っていなかった。


「レフィーナなら仕方ありませんね。…振られて辛いですけど、これでちゃんと諦めがつきます」

「…すまない…」

「謝らないでください。…レフィーナは手強そうですけど、私、応援してますね。しっかりレフィーナを捕まえてください!」

「…あぁ。……ありがとう」


 ぐっと両手を握って力強く話す侍女にヴォルフは礼を言った。侍女の目尻にはもう涙は浮かんでいない。


「では、私はこれで…」


 侍女はヴォルフに頭を下げると自室へと戻って行った。ヴォルフも今度こそその場を去ろうと身を翻して、舞踏会はもう終わっている筈なので騎士の詰所に向かう。
 
 騎士の詰所に入れば、ザックが窮屈そうに騎士服のボタンを外していた。


「お疲れ様です。交代しましょう」

「おぉ、助かった。この服は窮屈で息苦しかったんだ。じゃあ、後は頼んだぞ!」

「はい」


 話しかければザックはにかっと笑い、片手をあげて詰所を去って行った。ヴォルフは扉が閉まる音を背に、自分の机へと向かい、椅子を引いて座る。
 ふと先程の侍女のことを思い出して、リナリアを飾った花瓶に視線を移す。もう枯れてしまってそこにリナリアの花はない。
 自分も花言葉に想いを託してレフィーナに渡してみようかと考えて、ヴォルフは柄じゃないなとすぐにその考えを打ち消して仕事に取り掛かったのだった。

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