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「招待されているのだから、一曲くらいは踊ったらどうだい?」
レオンにかけられた言葉にヴォルフは思わず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
ダンスは苦手だ。しかし、レオンの命令では断れないので、ヴォルフは仕方なさそうにレフィーナに手を差し出した。
「一曲だけ、踊ろう」
「はい」
差し出した手にレフィーナが手を重ね合わせる。椅子から立ち上がったレフィーナをそのままエスコートして、会場の中心へと向かう。
その途中でヴォルフはレフィーナに聞こえる程度の小さな声で囁く。
「…明日はお互いの話していないことを話したい。いいか?」
「はい、もちろんです」
お互いに知らない事が多すぎる。もっとお互いの事をしっかりと話し合った方がいいだろう。ヴォルフが知らないレフィーナの事を、レフィーナが知らないヴォルフの事を。
ヴォルフの提案にレフィーナは笑みを浮かべてしっかりと頷いた。
それを見届けてヴォルフは丁度曲が終わったタイミングで、レフィーナと共に貴族達の中へと交じる。広い会場では大勢の貴族がダンスを踊っても十分なくらい隙間がある。
「……下手でも笑うなよ」
向かい合って、レフィーナと体を寄せ合ったヴォルフはそう呟く。レフィーナは正面にあるヴォルフの顔を見てから、小さく笑った。
「……大丈夫、私も得意じゃないから」
レフィーナがそう告げた直後、ゆったりとした曲が流れ始め、ヴォルフはそれに合わせて足を踏み出した。
……結論から言えば、レフィーナはダンスが上手だった。元公爵令嬢なのだからヴォルフより、練習も本番も数をこなしているので当たり前といえば当たり前だが。
途中からヴォルフではなくレフィーナがリードしていた。もちろん周りには気づかれない程度のさりげないものだが、やはり女性にリードされるというのは複雑な気持ちになる。
一曲踊り終えて、ヴォルフはじとっとレフィーナを見る。
「…得意だろ」
「…得意じゃないわ。……不得意でもないけど」
緋色の瞳を逸らしながら、レフィーナはぼそっと呟く。その呟きはしっかりとヴォルフの耳に届いていた。
滅多にダンスをすることなどないだろうが、なんだか負けたような気分になる。勝ち負けではないのは分かっているが……。
「ヴォルフ様、レフィーナ、素敵でした」
微妙な雰囲気の二人に、ドロシーが朗らかな表情で声をかける。レオンはどこかヴォルフに同情的な視線を向けていた。おそらく途中からレフィーナがリードしていた事に気付いたのだろう。
そんな視線を送るくらいなら始めから踊れなんて言わないで欲しかった、とヴォルフは口には出さず、心の中で呟く。
何とも言えない気持ちになったヴォルフはドロシーと談笑するレフィーナに視線を移す。
楽しそうな様子に、ヴォルフはそっと息を吐き出した。自分の父親のせいで気分が落ちていたレフィーナも今は、元気そうで安心したのだ。
ダンスの結果としては少々不満は残ったものの、それでもレフィーナと踊れてよかったとヴォルフは思うのだった。
◇
舞踏会の翌日、ヴォルフはレフィーナと交わした約束の時間より早めに、待ち合わせの城門へとやってきた。
簡素なシャツ姿のヴォルフが出入りする人の流れをなんとなしに見ていれば、こちらにやってくるレフィーナの姿を見つけたので、片手を上げながら声をかける。
「レフィーナ、おはよう」
「おはようございます、ヴォルフ様。お待たせしてしまいましたか?」
駆け寄って来たレフィーナにそう声をかけられ、ヴォルフはぐっと眉を寄せた。
また敬語に戻っている。
レフィーナはそんなヴォルフを見て、すぐに理由に行き着いたのか、言い直した。
「えっと……、おはよう、ヴォルフ」
「油断するとすぐに元に戻るな」
「…そっちの方が慣れてるから…つい…」
「まぁ、これから沢山話せば、そのうちに慣れるだろ」
「そうね…」
昨日は舞踏会でずっと敬語で話していたので仕方ないといえば、仕方ない。すぐにレフィーナも気づいて直してくれたので、咎めはしなかった。
それに今日はせっかくの誕生日なのだから。
ヴォルフは軽く咳払いをして居住まいを正す。
「…さて、順番がおかしくなったが……誕生日おめでとう、レフィーナ」
レフィーナの右手を取り、手の甲にそっと唇を押し付けた。それから、レフィーナの緋色の瞳を見つめ、ふわりと笑みを浮かべれば、レフィーナの頬が赤く染まる。
「あ、ありがとう……」
「ふっ、顔が赤いな」
「ヴォルフにあんな事されたら、誰でも顔を赤くするわ」
「でも、俺が触れるのはレフィーナだけだ。だから、これから先、顔を赤くするのもレフィーナだけだな」
「……っ」
甘い瞳で見つめたヴォルフに耐えられなくなったのか、レフィーナがふいっと顔を背ける。
それから不意にレフィーナは口元を引きつらせて、急かすような声を出した。
「も、もう行こう!」
「レフィーナ?」
レフィーナに手を取られ、ヴォルフは足を踏み出す。ヴォルフはレフィーナの様子に首を傾げてから、理由に思い当たる。どうやら、周りに注目されていた事に気付いて、恥ずかしくなったようだ。
ヴォルフはそんな視線に気づいて無視していたのだが、レフィーナは無視できなかったらしい。
恥ずかしそうなレフィーナに手を引かれ、ヴォルフは街へと向かったのだった。
レオンにかけられた言葉にヴォルフは思わず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
ダンスは苦手だ。しかし、レオンの命令では断れないので、ヴォルフは仕方なさそうにレフィーナに手を差し出した。
「一曲だけ、踊ろう」
「はい」
差し出した手にレフィーナが手を重ね合わせる。椅子から立ち上がったレフィーナをそのままエスコートして、会場の中心へと向かう。
その途中でヴォルフはレフィーナに聞こえる程度の小さな声で囁く。
「…明日はお互いの話していないことを話したい。いいか?」
「はい、もちろんです」
お互いに知らない事が多すぎる。もっとお互いの事をしっかりと話し合った方がいいだろう。ヴォルフが知らないレフィーナの事を、レフィーナが知らないヴォルフの事を。
ヴォルフの提案にレフィーナは笑みを浮かべてしっかりと頷いた。
それを見届けてヴォルフは丁度曲が終わったタイミングで、レフィーナと共に貴族達の中へと交じる。広い会場では大勢の貴族がダンスを踊っても十分なくらい隙間がある。
「……下手でも笑うなよ」
向かい合って、レフィーナと体を寄せ合ったヴォルフはそう呟く。レフィーナは正面にあるヴォルフの顔を見てから、小さく笑った。
「……大丈夫、私も得意じゃないから」
レフィーナがそう告げた直後、ゆったりとした曲が流れ始め、ヴォルフはそれに合わせて足を踏み出した。
……結論から言えば、レフィーナはダンスが上手だった。元公爵令嬢なのだからヴォルフより、練習も本番も数をこなしているので当たり前といえば当たり前だが。
途中からヴォルフではなくレフィーナがリードしていた。もちろん周りには気づかれない程度のさりげないものだが、やはり女性にリードされるというのは複雑な気持ちになる。
一曲踊り終えて、ヴォルフはじとっとレフィーナを見る。
「…得意だろ」
「…得意じゃないわ。……不得意でもないけど」
緋色の瞳を逸らしながら、レフィーナはぼそっと呟く。その呟きはしっかりとヴォルフの耳に届いていた。
滅多にダンスをすることなどないだろうが、なんだか負けたような気分になる。勝ち負けではないのは分かっているが……。
「ヴォルフ様、レフィーナ、素敵でした」
微妙な雰囲気の二人に、ドロシーが朗らかな表情で声をかける。レオンはどこかヴォルフに同情的な視線を向けていた。おそらく途中からレフィーナがリードしていた事に気付いたのだろう。
そんな視線を送るくらいなら始めから踊れなんて言わないで欲しかった、とヴォルフは口には出さず、心の中で呟く。
何とも言えない気持ちになったヴォルフはドロシーと談笑するレフィーナに視線を移す。
楽しそうな様子に、ヴォルフはそっと息を吐き出した。自分の父親のせいで気分が落ちていたレフィーナも今は、元気そうで安心したのだ。
ダンスの結果としては少々不満は残ったものの、それでもレフィーナと踊れてよかったとヴォルフは思うのだった。
◇
舞踏会の翌日、ヴォルフはレフィーナと交わした約束の時間より早めに、待ち合わせの城門へとやってきた。
簡素なシャツ姿のヴォルフが出入りする人の流れをなんとなしに見ていれば、こちらにやってくるレフィーナの姿を見つけたので、片手を上げながら声をかける。
「レフィーナ、おはよう」
「おはようございます、ヴォルフ様。お待たせしてしまいましたか?」
駆け寄って来たレフィーナにそう声をかけられ、ヴォルフはぐっと眉を寄せた。
また敬語に戻っている。
レフィーナはそんなヴォルフを見て、すぐに理由に行き着いたのか、言い直した。
「えっと……、おはよう、ヴォルフ」
「油断するとすぐに元に戻るな」
「…そっちの方が慣れてるから…つい…」
「まぁ、これから沢山話せば、そのうちに慣れるだろ」
「そうね…」
昨日は舞踏会でずっと敬語で話していたので仕方ないといえば、仕方ない。すぐにレフィーナも気づいて直してくれたので、咎めはしなかった。
それに今日はせっかくの誕生日なのだから。
ヴォルフは軽く咳払いをして居住まいを正す。
「…さて、順番がおかしくなったが……誕生日おめでとう、レフィーナ」
レフィーナの右手を取り、手の甲にそっと唇を押し付けた。それから、レフィーナの緋色の瞳を見つめ、ふわりと笑みを浮かべれば、レフィーナの頬が赤く染まる。
「あ、ありがとう……」
「ふっ、顔が赤いな」
「ヴォルフにあんな事されたら、誰でも顔を赤くするわ」
「でも、俺が触れるのはレフィーナだけだ。だから、これから先、顔を赤くするのもレフィーナだけだな」
「……っ」
甘い瞳で見つめたヴォルフに耐えられなくなったのか、レフィーナがふいっと顔を背ける。
それから不意にレフィーナは口元を引きつらせて、急かすような声を出した。
「も、もう行こう!」
「レフィーナ?」
レフィーナに手を取られ、ヴォルフは足を踏み出す。ヴォルフはレフィーナの様子に首を傾げてから、理由に思い当たる。どうやら、周りに注目されていた事に気付いて、恥ずかしくなったようだ。
ヴォルフはそんな視線に気づいて無視していたのだが、レフィーナは無視できなかったらしい。
恥ずかしそうなレフィーナに手を引かれ、ヴォルフは街へと向かったのだった。
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