悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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「はぁはぁ」

「大丈夫か、レフィーナ」


 急いだせいか、街に着いた頃にはレフィーナは息を荒くしていた。そんなレフィーナにヴォルフは声をかける。
 普段から鍛錬しているヴォルフはこの程度では息を上げたりしない。


「だ、大丈夫よ。…恥ずかしかったから、その…」


 レフィーナの言葉に、ヴォルフは大きな手でレフィーナの亜麻色の髪を優しく撫でた。
 指通りのいい髪はいつまでも撫でていたくなる。それに、レフィーナに触れていると、心が満たされる気がして、ついずっと触れていたくなるのだ。そして、恋人として甘やかしたい気持ちになる。


「俺はお前と二人でいるときは…恋人としているときは、甘やかしたくなるんだ」

「…え…?」


 気持ちを素直にレフィーナに伝えたヴォルフは、まだ握ったままだった手を一度離す。そして、レフィーナの細い指に自身の指を絡めて繋ぎ直した。恋愛事に興味の無かったヴォルフでも、恋人達がどんな風に手を繋いでいるのかくらいは知っている。
 ヴォルフはレフィーナにふっと優しく笑いかけた。


「お前は…今まで妹の幸せの為に頑張ってきたんだろう?…妹を助ける為に…全く別の世界で、別の外見で…一人で全部背負ってやり遂げた。いつだって頑張っていたお前を俺は甘やかしたい」

「妹は…ソラは私の大切な家族だから、姉として当然の事をしただけよ」

「それでも、そこまで出来る人間は少ないと思うぞ」


 レフィーナは自分より人を思いやれる優しさを持っている。妹の為に頑張っていた頃、ヴォルフはレフィーナの事を勘違いしていた。過去は変えられない。だからこそ、今、レフィーナを甘やかしてやりたいのだ。
 大変な時に支えになってやれなかったから…レフィーナの表面だけ見て嫌ってしまっていたから。
 レフィーナの本当を知った自分が、少しでも甘えられる存在になればいいと思う。

 そして、もっと色んな事をお互いに知っていきたいと思った。そんな風に考えていたヴォルフは、優しい眼差しをレフィーナに向けながら口を開く。


「なぁ、お前が思い出すのが辛くなければ…雪乃だった頃の話を聞かせてくれないか?あちらの世界の事とか、家族の事とか…聞きたい。それに、レフィーナになってからの事も…」


 雪乃がこちらに来る直前の事は、アレルによって見せられて知っている。だが、ヴォルフが知っているのはその時の事だけだ。
 だから、知りたいと思った。雪乃の時はどんな風に暮らしていたのか、何を思っていたのか。そして、レフィーナとして生まれ変わって過ごした、ヴォルフの知らない日々の事も。


「思い出すのは辛くないわ。もう一度、ソラに会えて、ちゃんと気持ちの整理をつけたから。…雪乃はもう過去の事で、今はレフィーナとして生きているもの」

「そうか…」

「まずは…そうね、雪乃の時は…両親はいなくて、ソラと一緒に祖母に育ててもらったわ。祖母が亡くなってからは、ソラと二人で生活してた…。こちらの世界とは違って恋愛も労働もわりと自由な世界だったから、こちらより生活はしやすかったわね」


 レフィーナが遠い日を懐かしむように緋色の瞳を細め、ゆっくりと話し始めた。


「幸せだった。…だけど…ソラが、事故にあってしまった…」


 レフィーナの言葉に、ヴォルフはアレルによって見せられた場面を思い出す。ベッドに眠る少女に、傍らで涙を流す黒髪の女性…。

 ヴォルフは僅かに震えるレフィーナの手を、ぎゅっと強く握った。


「…この世界よりもあちらは医療が進歩しているけど、それでもソラは…助ける事が出来なかった」

「レフィーナ…」

「でも、私は幸運だった。自分では分からないけど、この特殊な魂があったから…神様は私と引き換えにソラを助けてくれた。…あの時は自分のこれからの事なんて考えてなかったわね」


 握り締めたおかげか、震えは止まり、そっとレフィーナが笑みを浮かべる。
 それからレフィーナは物思いにふけるかのように、口を閉ざした。

 そんなレフィーナをヴォルフが見つめていれば、ふとレフィーナがおかしそうにくすりと笑い声をこぼす。


「レフィーナ?」

「ふふっ、なんでもないわ。…えっと、それで後はヴォルフの知っている通り、レフィーナとしてこの世界に生まれ直したの。さすがに赤ちゃんから意識がはっきりしてたのはびっくりしたわ」

「へぇ。そんな時から雪乃としての意識がはっきりしてたんだな」

「えぇ。…公爵家に居た時はどうして赤ちゃんの時から記憶がはっきりしているんだろう、ってちょっと神様を恨んだわ」


 確かに大人になってから、その意識を継いだまま赤ん坊に戻るのは色々と…大変そうだ。
 そんな風に考えていれば、レフィーナが続きを話し出す。


「あの時は私の…雪乃の家族はソラだけで、レフィーナの家族は他人。そう思っていたから…」

「今は違うのか?」

「…えぇ。あの時、私の意識がはっきりしていたのは…きっと、神様は私に知っていて欲しかったんだと思う。…レフィーナが…私が確かに望まれて、愛されて生まれてきたって事を」


 レフィーナとして生まれた時の記憶を思い出しているらしい緋色の瞳は、穏やかで優しいものだった。
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