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執事がワーデルの前に紅茶を置く。彼はそれで口を潤してから、ヴォルフへと視線を向け、微笑みを浮かべた。
「忙しいところ、よく来てくれたね」
「いえ。こちらこそ招待していただき、ありがとうございます」
「ふふっ。もっと砕けた話し方でも大丈夫だよ。これから義理の兄弟になるのだし」
クスクスと笑うワーデルの言葉に、ヴォルフは遠慮がちに頷いた。改めて公爵やワーデルが、自分の義理の父と兄になるのだと意識すると不思議な気分になる。
今までザックの事を父親のように慕ってきたが、それとはまた違う気がした。
そんな事を考えていると、ワーデルが思い出したように公爵に問いかける。
「お父様、彼に何か聞きたい事があると仰っていましたが、聞かれたのですか?」
「い、いや、まだだ」
「なんでしょうか?」
首を傾げながら聞くと、公爵は膝の上で組んだ手に視線を落としながら言う。
「レフィーナは……城ではどんな風に過ごしているだろうか?」
それは娘の事を気にかける父親の言葉だった。
公爵といえど城の中の事に詳しいわけではない。レフィーナが侍女になってからどんな風に過ごしているのか、ずっと気にかけているのだろう。
公爵家から追放した手前、様子を探る事もできなかったようだ。
ヴォルフは侍女として働くレフィーナの姿を思い浮かべながら、公爵にその様子を伝える。
「仕事も真面目に取り組んでいますし、侍女や使用人達とも打ち解けています」
「そうか……。上手くやれているなら良かった」
公爵は顔を上げ、口元を緩めて笑う。どことなくほっとしたような様子だった。
少し雰囲気が和らいで、ヴォルフは小さく息を吐き出す。ようやく少し緊張がほぐれてくる。
その後はワーデルにフォローしてもらいつつも、何とか公爵と和やかに話す事ができた。
そうしてしばらく過ごしていると、別室にいたレフィーナとフィリナが戻ってきた。
「レフィーナの採寸が終わったわ。さぁ、次はヴォルフさんよ」
「私もですか……?」
「もちろん!レフィーナとデザインを合わせて、素敵な衣装を作らないと!」
目をキラキラさせてフィリナが近付いてくる。
ヴォルフは母親の後ろにいるレフィーナに視線を移す。どこか疲れた様子の彼女は目が合うと、苦笑いを浮かべた。
それから扉に目を向けたので、ヴォルフもつられるようにそちらを見る。
開きっぱなしの扉から見たことのある顔が覗いていて、思わずぎょっとした表情を浮かべた。
驚いたヴォルフに気がついたフィリナが微笑みながら、その人物を呼び寄せる。
「ダットさん、入ってきてもよろしいですよ」
「あらぁん、そう?」
「ええ、どうぞ」
大きな体を少しくねらせて、ザックの双子の兄であるダットが部屋の中に入ってきた。
どうやら公爵もダットがいることを知らなかったようで、口をあんぐりと開けている。その様子からおそらく初対面でもあるのだろう。
「フィリナ!彼……?いや彼女……?は一体誰だ!」
「あら、昨日お話しましたでしょう?レナシリア殿下に紹介していただいた方がレフィーナ達とも知り合いだから、その方に二人の衣装をお願いするって……」
「た、たしかに聞いたが……」
王妃の紹介ともなれば、もっときっちりとした人を想像するのが普通だろう。まさか、ダットのような人物を紹介されるとは思わない。
「レフィーナ達も派手なのは好まないっていうから、ダットさんにお願いしたのよ。この方は最近、庶民に人気のお店の店長なの。レナシリア殿下の紹介ですし、腕は間違いないわ」
「驚かせてごめんなさいねぇ。でも、二人の結婚を心からお祝いしてるし、もちろん衣装だって丁寧に作るわ。騎士団長の兄だから、身元だってはっきりしているでしょ?」
「お父様、ダットさんとは知り合いなんです。悪い人ではありませんから」
ダットの言葉とレフィーナのフォローに、公爵はなんとか納得したようだ。
それを見て、フィリナが改めてヴォルフに向き直る。
「では、ヴォルフさん、採寸してもらってきてね」
「……はい」
「では、行きましょ。ヴォルフちゃん」
部屋を出ていくダットに続く。大きな背中を見ながら、思い出した嫌な記憶に思わずため息をついた。
それが聞こえたのか、不意にダットが振り返る。
「心配しなくても、レフィーナちゃんの採寸は女性スタッフがしたわよぉん」
なにか勘違いされたようだが、それも気になってはいたので何も言わず頷いた。
ダットは優しく笑い、前を向く。
「レフィーナちゃんの衣装は公爵家が、ヴォルフちゃんの衣装は……ザックちゃんが贈るそうよ」
「え?」
「ふふっ。すっかり父親のような顔してたわ」
「そう、ですか」
ザックが贈ってくれるという事を初めて聞いて、素直に嬉しさが胸を満たす。勝手に口元が緩んだ。
それからヴォルフはダットに採寸され、それが終わると公爵達と食事を取った。
そして、家族となる人達に見送られながら、レフィーナと共に公爵家を後にしたのだった。
「忙しいところ、よく来てくれたね」
「いえ。こちらこそ招待していただき、ありがとうございます」
「ふふっ。もっと砕けた話し方でも大丈夫だよ。これから義理の兄弟になるのだし」
クスクスと笑うワーデルの言葉に、ヴォルフは遠慮がちに頷いた。改めて公爵やワーデルが、自分の義理の父と兄になるのだと意識すると不思議な気分になる。
今までザックの事を父親のように慕ってきたが、それとはまた違う気がした。
そんな事を考えていると、ワーデルが思い出したように公爵に問いかける。
「お父様、彼に何か聞きたい事があると仰っていましたが、聞かれたのですか?」
「い、いや、まだだ」
「なんでしょうか?」
首を傾げながら聞くと、公爵は膝の上で組んだ手に視線を落としながら言う。
「レフィーナは……城ではどんな風に過ごしているだろうか?」
それは娘の事を気にかける父親の言葉だった。
公爵といえど城の中の事に詳しいわけではない。レフィーナが侍女になってからどんな風に過ごしているのか、ずっと気にかけているのだろう。
公爵家から追放した手前、様子を探る事もできなかったようだ。
ヴォルフは侍女として働くレフィーナの姿を思い浮かべながら、公爵にその様子を伝える。
「仕事も真面目に取り組んでいますし、侍女や使用人達とも打ち解けています」
「そうか……。上手くやれているなら良かった」
公爵は顔を上げ、口元を緩めて笑う。どことなくほっとしたような様子だった。
少し雰囲気が和らいで、ヴォルフは小さく息を吐き出す。ようやく少し緊張がほぐれてくる。
その後はワーデルにフォローしてもらいつつも、何とか公爵と和やかに話す事ができた。
そうしてしばらく過ごしていると、別室にいたレフィーナとフィリナが戻ってきた。
「レフィーナの採寸が終わったわ。さぁ、次はヴォルフさんよ」
「私もですか……?」
「もちろん!レフィーナとデザインを合わせて、素敵な衣装を作らないと!」
目をキラキラさせてフィリナが近付いてくる。
ヴォルフは母親の後ろにいるレフィーナに視線を移す。どこか疲れた様子の彼女は目が合うと、苦笑いを浮かべた。
それから扉に目を向けたので、ヴォルフもつられるようにそちらを見る。
開きっぱなしの扉から見たことのある顔が覗いていて、思わずぎょっとした表情を浮かべた。
驚いたヴォルフに気がついたフィリナが微笑みながら、その人物を呼び寄せる。
「ダットさん、入ってきてもよろしいですよ」
「あらぁん、そう?」
「ええ、どうぞ」
大きな体を少しくねらせて、ザックの双子の兄であるダットが部屋の中に入ってきた。
どうやら公爵もダットがいることを知らなかったようで、口をあんぐりと開けている。その様子からおそらく初対面でもあるのだろう。
「フィリナ!彼……?いや彼女……?は一体誰だ!」
「あら、昨日お話しましたでしょう?レナシリア殿下に紹介していただいた方がレフィーナ達とも知り合いだから、その方に二人の衣装をお願いするって……」
「た、たしかに聞いたが……」
王妃の紹介ともなれば、もっときっちりとした人を想像するのが普通だろう。まさか、ダットのような人物を紹介されるとは思わない。
「レフィーナ達も派手なのは好まないっていうから、ダットさんにお願いしたのよ。この方は最近、庶民に人気のお店の店長なの。レナシリア殿下の紹介ですし、腕は間違いないわ」
「驚かせてごめんなさいねぇ。でも、二人の結婚を心からお祝いしてるし、もちろん衣装だって丁寧に作るわ。騎士団長の兄だから、身元だってはっきりしているでしょ?」
「お父様、ダットさんとは知り合いなんです。悪い人ではありませんから」
ダットの言葉とレフィーナのフォローに、公爵はなんとか納得したようだ。
それを見て、フィリナが改めてヴォルフに向き直る。
「では、ヴォルフさん、採寸してもらってきてね」
「……はい」
「では、行きましょ。ヴォルフちゃん」
部屋を出ていくダットに続く。大きな背中を見ながら、思い出した嫌な記憶に思わずため息をついた。
それが聞こえたのか、不意にダットが振り返る。
「心配しなくても、レフィーナちゃんの採寸は女性スタッフがしたわよぉん」
なにか勘違いされたようだが、それも気になってはいたので何も言わず頷いた。
ダットは優しく笑い、前を向く。
「レフィーナちゃんの衣装は公爵家が、ヴォルフちゃんの衣装は……ザックちゃんが贈るそうよ」
「え?」
「ふふっ。すっかり父親のような顔してたわ」
「そう、ですか」
ザックが贈ってくれるという事を初めて聞いて、素直に嬉しさが胸を満たす。勝手に口元が緩んだ。
それからヴォルフはダットに採寸され、それが終わると公爵達と食事を取った。
そして、家族となる人達に見送られながら、レフィーナと共に公爵家を後にしたのだった。
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