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言葉で伝えて2

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「やっぱりちょっとショックだったかも」
 慶は言いながら猫のように兵藤へ身体を擦り付ける。遠慮がちに慶を撫でていた手が、少し躊躇いながら慶の身体へ回された。こういったスキンシップに慣れていない兵藤が、ことさら愛おしい。
「まぁショックってのは冗談だけど。俺、だいぶ腹が立ったから久しぶりに暴れたし」
「暴れたってお前……。どおりで傷だらけだと思ったら」
「二体一だったし、久々だったからちょっと手こずっちゃって」
「二体一とは、男の風上にもおけん奴らだな……」
 ゆらっと兵藤の背後に怒気が揺らめいたのを慶は見る。
「まぁ、それはハンデってことで。二人とも見るからに喧嘩初心者って感じだったけど、実際そうだったし」
「まさか二体一で勝ったのか」
「勝ったよ。言ったろ、昔荒れてて喧嘩沙汰なんて日常茶飯時だったって。経験の差があいつらとは違うよ」
「……対複数はそれでも圧倒的に不利だが。存外逞しいな」
「俺だって一応、男ですから」
「だがこんな無茶な喧嘩は二度とするな。どうしてもという時は、俺を頼れ」
 兵藤なんて連れて行ったらその気迫だけで相手が怖気付き、勝ててしまいそうだ。それに武道に親しんでいる兵藤をそんなことに使うわけにはいかない。
 だがそれでも慶は素直に頷いた。気持ちが嬉しかったし、頷かなくては兵藤も納得しなさそうだ。
「でも俺、若王子たちにはある意味マジで感謝してるんだよ。なんか王子様ってのに勝手にこだわっちゃって、若王子が幻滅させてくれなきゃ意地でも兵藤への気持ちを認めなかったと思うんだ」
「それは……俺もそうかもしれない。きっかけがなければ、言葉にできない気持ちが恋愛感情などと、考えなかっただろうな」
「きっかけ?」
「ああ。大学構内で下世話な会話をしていた若王子に詰め寄ったとき、奴に言われたんだ。お前のことでそこまで怒るのは、お前を好きだからではないか、と」
 最初は慶の気持ちを利用し、弄ぶようなことを計画する若王子を嗜めるだけのつもりだった。友人として、慶が傷つく姿が見たくないと、そう思っていたのだ。だが若王子に揶揄するように自分の中の感情を見透かされ、兵藤は混乱し冷静になれなくなった。
「己に問いかけても応えがないのは生まれて初めてだった。感情がついていかず、あれが一種の荒れた状態というやつなんだろうな。破壊的な衝動が生まれたのは初めてだ」
「あー……それが道場破り」
「恥ずかしいことをしたと思っている。ただ力任せに暴力を振るうだけの試合だった」
 それは部員たちに同情する。さぞ怖かったに違いない。
「お前ともどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。本当にこれは恋なのか確信を持てなければ、会えないと思った。でないと俺は、冷静さを欠いてお前にどんな衝動をぶつけるか分からない」
 兵藤が思い悩んでいたことを知り、兵藤に苛立ちを感じていたことを申し訳なく思う。兵藤は自分でも分からない気持ちと戦いながら、慶のことを考えてくれていたのだ。
 

 
 
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