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5.私はあなたを信じてる

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◇◇◇

 どんなに隠そうとしても、人の口に戸は立てられないとは良く言ったものだ。夜会での密会、別れ話のもつれなどと、マリアとの醜聞が瞬く間に社交界に広がった。その中には、俺に対する明らかな悪意を感じるものもあった。

 だが、それについて俺は一切の弁明をしなかった。下手に理由を話せば、マリアの秘密が白日のもとに晒されるかもしれない。俺は嘘があまり得意ではないから。

 マリアもまた屋敷に閉じ籠もり、あれ以来社交界へも出ていないらしい。マリアの腹の子はこれからどうなるのだろうか。マリアはどうするつもりだろうか。考えないようにしても、頭から離れなかった。

「困ったことをしてくれたな」

 陛下の言葉に深く頭を垂れる。

「このような醜聞で世間を騒がせてしまったこと、申し開きもできません」

 俺の言葉に陛下は軽くため息を吐いた。

「お前は本当に馬鹿みたいに真面目だな。そこがいいと思ったが、過ぎると厄介だ」

 自分の不甲斐なさに言葉もない。衛兵に厳しく口止めするなり、もっと上手い言い訳を思い付くなりしていれば、こんなことにはならなかっただろう。

「それで?どうするつもりだ?」

「こうなっては、マリアンナ殿下との婚約は、解消させて頂きたいと思います」

「お前はそれで本当にいいのか?」

 最初から、婚約するつもりはなかった。なにかの間違いであって欲しかった。言われなくとも、時が来たら、婚約は解消するつもりだった。

 なのに何故だろう。どうしようもなく胸が痛むのは。彼女を永遠に失うと考えただけで、吐き気がしそうなくらい胸が苦しい。

 いつの間にか、こんなにも掛け替えのない存在になっていたのだ。彼女の笑顔が、言葉が、頭に焼き付いて離れない。

 ずっとずっと、彼女の笑顔を守りたい。

 そう思ったとき、ああ、これが恋なのだとようやく腑に落ちた。報われない恋がこんなにも苦しいものだとは思わなかったが。

「全く、馬鹿め」

 陛下の言葉に顔を上げると、そっとマリアンナが部屋の隅から近付いてきた。

 どうしてここに。

 頭の中が真っ白になる。今の話をずっと聞いていたのだろうか。


「テオドール」

 澄んだ声で呼び掛けられ、思わず肩が跳ねる。

「あなたとの婚約、破棄はしないわ」

 婚約は破棄しない。その言葉が何度も頭の中でリフレインする。

「マリア嬢のことは何か理由があるのでしょう?貴方が話したくないならそれで構わないわ」

「マリアンナ、俺は……」

「私はあなたを信じてる」

 揺るぎ無く言い切った彼女の言葉に、胸が熱くなる。

「俺は、決してあなたを裏切らない」

 絞り出すように言った言葉にマリアンナは天使のような笑顔で頷いた。
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