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6.ねぇ、これって運命の恋だと思わない?

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◇◇◇

 成人前のマリアンナは舞踏会に参加することはないが、王宮行事や奉仕活動には積極的に顔を出すようにしていた。

 俺もまた、マリアンナの参加する行事には、必ずパートナーとして参加するようにしている。しかしあれ以来、俺に向けられる周囲の目は冷ややかなものだった。

 俺個人に向けられるのは構わないが、マリアンナに対しても不躾な視線を向けられるのは我慢ができない。だが、そんな俺の心配を他所に、彼女は変わらぬ天使の笑顔で、瞬く間に周囲を魅了していった。

 一度でもマリアンナの声を聴き、話に耳を傾けたものは、その聡明さに舌を巻いた。誰よりも賢く光り輝くような美しい王女。そのただ一つの欠点は、男を見る目がないこと。そう陰口を叩く者たちは後を絶たなかった。

「王女様みたいに聡明なお方でも、恋はままならないものですのね」

「移り気な婚約者を持つと気苦労も多いですわね」

 そうした嫌味にも彼女は笑って答えるのだ。

「テオドールほど信頼できる誠実な殿方はいませんわ。彼はまさしく高潔な騎士ですもの」

 揺るぎ無いその言葉は、意地悪く微笑んでいた御婦人方をも黙らせた。

 俺は本当にこれでいいのか?マリアの名誉を守るために、マリアンナの名誉を傷付けることになっても?

 何度考えても、答えが出なかった。そうこうしているうちに数ヶ月が経ち、遂にマリアの懐妊の噂が社交界に広まった。

「お相手は誰かしら」

「やはりあの方では」

「結婚前にすでに隠し子が?」

「姫様があまりにもお気の毒だわ」

 憶測が憶測を呼んだ。マリアの相手は俺であると、誰もが信じて疑わなかった。

「マリアンナ、すまない。やはり、婚約の話はなかったことにして欲しい」

 これ以上は耐えられない。彼女の曇りない人生の汚点になりたく無かった。

「テオドールは本当に女を見る目が無いのね」

 けれども、彼女には、彼女にだけは本当のことを話しておきたかった。

「俺が愛しているのはマリアンナ、あなたをおいて他にいない。生涯あなただけだ」

 この言葉には、一点の曇も無かった。

「テオドール。その言葉、信じてるわ」

 ふわりと微笑むと、マリアンナは一枚の手紙を差し出す。

「私が何も手を打ってないとでも思った?」

 手紙には隣国の王家からの署名が記されていた。

「放蕩者の第三王子が我が国の貴族令嬢に対して不埒な行いをしたこと。また、責任を投げ出して逃げたこと。その責任の所在を明らかにしなければ、国として直接抗議をすると脅したの」

「は?」

「隣国から、マリア嬢を正式に第三王子妃として迎えると返事が来たわ。大恋愛の末懐妊した恋人を安定期に入るまで待ち、その後国に連れて帰って大々的に発表するつもりだったと言ってきたの」

「調子のいいことを!」

 それが事実なら、マリアに手紙の一つも残したはずだ。あれほど精神的に不安定になることはなかっただろう。

「あちらとしてもこれ以上王家の恥を晒したくないのよ。そういうことにしておきましょう。妊娠中の女性が精神的に不安定になるのは良くあること。たまたまその場に居合わせたテオドールが、紳士的に対応したに過ぎない。そうでしょう?」

「最初から、何もかもご存知だったんですね」

「この王宮で、私に隠し事ができると思ったの?」

 クスクスと微笑む顔は、相変わらず天使のようにあどけなく美しい。けれども彼女は、したたかに賢いのだ。

「あちらの王家には一つ貸しを作ったわ。テオドール、あなたはマリアだけでなく、隣国の王家も醜聞から守ったの。自分の評判を地に落としても。あなたの騎士道精神は本物ね。……あのとき、妊娠中のマリアを衛兵に突き出すような男だったら、幻滅していたわ」

「マリアンナ……」

「それに、もし腹の子の父親があなただったら、許すわけないわ」

 横目でちらっと視線を寄越すマリアンナに俺は慌てて首を振る。

「そんなことはありえない!」

 マリアンナと出会ってから、マリアンナ以外の女性に目を向けることなどできなくなっていた。だが、続く彼女の言葉に息を呑む。

「浮気は絶対に許さないから。愛する殿方を他の令嬢に奪われて泣き寝入りするほど、私は弱くないわ。徹底的に潰すから覚悟しておいて」

「あ、愛する……俺のことを!?」

「本当に、鈍い人ね」

 マリアンナは俺の前に爪先立ちをすると、チュッと軽くキスをした。

「愛してるわ、テオドール。強くて素敵な騎士のあなたに、ずっと憧れていたの。精一杯背伸びして、ようやく大人になったのよ。一途にあなたを愛してる、私を愛してくれるでしょう?」

 これが夢なら、どうか冷めないで欲しい。したたかで愛らしくて、どうしようもなく愛しい俺の天使。

「ねぇ、これって運命の恋だと思わない?」


 ◇◇◇

 隣国から大々的に迎えが来て、マリアの名誉は瞬く間に回復し、強国の王子と熱烈な恋に落ち、恋愛を成就させたシンデレラストーリーとして話題になった。それと同時に、俺の醜聞は根も葉もない噂だったとされ、俺の悪評も晴れた。

 放蕩者の第三王子は、生まれた姫の顔を見るや人が変わったように真面目になり、妻と娘を溺愛しているとか。意外と子煩悩ないい父親になっているらしい。社交界の華として君臨していたマリアのこと。隣国でもなんとか上手くやっていけるだろう。

「テオドール、疲れたわ。抱っこして」

「おや、そんなに子どもじゃないとおっしゃっていませんでしたか?」

「子どもっぽいと嫌いになる?」

「俺があなたを嫌いになることなんてありえません」

 そして俺の姫は、本当は最初に出会ったときの姿が素の姿に近いのだと悪戯に微笑んだ。マリアの姿を見て、俺に興味を持ってもらえるように精いっぱい大人ぶっていたのだと。

 そんな彼女の嫉妬すらどうしようもなくうれしいと思ってしまうのだから、恋とは本当に厄介なものである。きっと何年経っても、この想いは色あせないのだろう。だってこれは、運命の恋なのだから。


 おしまい
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