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番外編 神谷 響・鮎川 隆二・藤ヶ谷 潤 ②

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神谷 響かみや ひびき 視点

「ただいまー!」
「お邪魔します」
「寂しがらせてスンマセン悠也サンー」

ふざけた挨拶をする隆二に「お邪魔しますだろうが」と軽い膝蹴りを入れてから、潤に追従する形で僕達はその家に足を踏み入れる。
帰宅部である僕と隆二は、潤の部活が終わるまでそれぞれの家で時間を潰したため私服だったが、唯一運動部の潤だけがその身に学校指定のジャージを纏っていて、
帰宅するやいなや、そのまま「着替えてくるー」と自室の方へ直行した。

残された僕たちは、勝手知ったる動きで煌々と明かりのついたリビングへ進む。
すると、

「お帰りー」

潤の兄兼養父の悠也さんが、いつもと変わらぬ、こちらが安心するような笑顔で出迎えてくれて、その後で「すげー寂しかったわ」と笑いをこらえながら言った。

この家族との付き合いは、僕が小学生の頃からになる。

僕の家は元々隆二の家と真隣で、そこから5分くらい歩いたところに潤達の住む賃貸マンションがある。
この地域の小学校は、防犯対策も兼ねて、近場の子供で班を作り共に向かうことが通例であったため、僕が小学1年生の時に転入してきた潤と伊織さんとは毎朝一緒に登校するようになり、
特に同学年だった潤とは自然に仲良くなった。

僕は元々引っ込み思案だったのもあって、小学校に入学しても家族同然に育った隆二としか殆ど話したことが無く、友人の1人も作れていなかった。
潤に対しても、最初は上手く話すことが出来ていなかったと思うが、彼はそんな僕を他のクラスメイト達のように見限ったりすること無く、隆二と一緒になって「遊ぼう」と手を引いてくれたのだ。
あの明るい、人を惹き付けるような性格であったから、周りには僕以外に沢山の友達がいたのに。
それなのに、潤が僕に愛想を尽かさず一緒に居てくれることがとても嬉しくて、何だか誇らしかったことを覚えている。それは勿論潤だけではなく、隆二にも、現在進行形で言えることだ。
恥ずかしいからそんな想い絶対2人に話すつもりはないし、全力で墓まで持って行く予定ではあるのだが。


私服に着替えた潤が、キッチンへと移動した悠也にリビングのテレビの占有許可を取って僕達の元に近づいてくる。
元々今日この3人で遊ぶ約束はしていたのだが、夕飯は自宅で食べるつもりだった。
しかし、今夜は悠也さんのご厚意で彼らの夕飯のご相伴に預からせていただけるらしい。
人の家の料理って、やっぱり自分の家のものとは味が違って新鮮な気持ちになるんだよなー、と僕は夕食の時間を楽しみにしながら、潤がテレビ画面で操作する、配管工達のカーレースゲームのコンティニュー画面を見ていた。

ゲームは普通に好きだ。一人っ子で、友達も少なかった俺に、小さい頃から親が買い与えてくれていたというのもその理由の一つかもしれない。
しかし、どんなゲームであっても自分がある程度上手くなければ最大限楽しめないので、僕の場合は出来なかったことや自身の操作の反省点を書きだして次はそれを意識して、反復して…、とそんな風にどんどん技術を向上させていった。友達が少ない人間の一人遊びの上達は著しいものがあるのだ。

ついでに残り2人の実力についても話すと、

潤は完全なるエンジョイ勢。
対戦ゲームなどでは勝ち負けに特にこだわりはなさそうで(勝ったら喜ぶけど)、一緒にやる人と騒ぐのが楽しいといった感じだ。コミュニケーションツールとして正しくゲームを使っている人間だと思う。
元々動体視力が優れているからか、操作は普通に上手い。

隆二に関しては、正直に言って雑魚中の雑魚。
何回やっても一切成長を見せず、初心者レベルの操作ミスで頻繁に自滅するセルフデストロイヤーだ。
隆二の家、鮎川家は、ゲームや漫画など、そういった娯楽物を買うのが禁止されている厳しめな家(しかしピアスや染髪はOKと言う謎)で、慣れていない故の結果だというのは理解できる。…いやしかし、隆二の場合は単純にセンスがないだけともいえる。
下手くそなくせに人一倍負けず嫌いな奴なので、偶にこちらが想像もしないような反則行為で勝利しようとしてくることもあるが、もうやーめた!と投げ出さないのが不思議で、ちょっと凄い事かもと僕は思う。

そんな奴らとのゲームなので、対戦をする時には上級者の僕が大体ハンデ塗れになる。
今回も、スタートダッシュの時間を遅らせたり、アイテムの使用を制限したりしていたのだが、それにも拘らず僕が毎回トップ独走という結果だったので、早々に飽きて見物側にまわった。
自分がやっても勿論楽しいのだが、この2人とNPCの泥仕合を見ていた方が思いっきり笑えたりするのだ。あ、潤がさっき自分で仕掛けたアイテムに引っかかった。馬鹿すぎる。

随分笑って、そんな見物にもまた少し飽きてきた頃、ふわりと美味しそうな香りが漂ってきて、その発生源のキッチンへと視線を向ける。
そこに居る悠也さんの姿を認めた僕は、騒ぎながらコントローラーを操作する2人を置いて彼の元に近づいた。


「あの、手伝います」
「響君!遊んでていいよ?」
「いえ、あいつら弱すぎて飽きたんで」

「ハ?おーいおいおいあいつ調子乗ってんぞ。言ったれ潤」
「1位じゃなきゃダメなんですか!2位じゃダメなんですか!」
「野党のヤジやめろ」
「余裕でいられんのは今だけだかんな。俺と潤、今から精神と時の部屋入るから。響の1秒は俺らの1日とかそんな感じだから。戻ってきた時には俺らマッチョだから」
「指だけね」
「怖いわ」

耳敏い2人から浴びせられるヤジとそれに淡々と応じる僕に、悠也さんは微笑ましそうに笑ってから、「じゃあこれ頼んでいい?」と、付け合わせのサラダに使うレタスの処理を任せてくれた。
言われた通り洗って、手でちぎったものをガラスのボウルに入れている最中、雑談の1つとしてずっと気になっていた質問を投げかける。

「あの、僕、大学行ったら独り暮らししたいなって思ってるんですけど、…悠也さんが、どうやってご自分で料理を作れるようになったのか知りたくて。 どなたかに教えて貰ったりしたんですか?」
「えっっ!! もしかして県外行っちゃうの!?」
「あっ、いや全然! まだ先の話ですけど!! …行けたらいいな、とは思ってます」

「……響君なら絶対どこでも好きなとこ行けるよ…。 こうやって子供たちは離れていくのか……、えぇ…既に寂しくなってきた。 そっか……、子供の顔は見せてね…」
「飛躍しすぎです! 僕まだ高1ですよ!!」

県外に行った僕のどんな姿を想像してるのか不明だが、「お外がいくら楽しくても、たまには顔を見せに戻っておいでよ…」と寂しそうにしてくれる悠也さんに、嬉し恥ずかしい心地になる。
少し赤みの増した自分の頬を誤魔化すように、僕がうやむやになってしまった先ほどの質問をもう一度繰り返すと、悠也さんはしょぼくれた顔を少しだけ復活させて答えてくれた。

「俺は独り暮らしが長かったから、ネットとか見て自然に自炊するようになったかな? 最初は殆ど、炒めるだけとか茹でるだけのが多かったけど。
いろいろレパートリーが増えたのは、潤達と一緒に暮らし出してからかなー。 潤から『お父さんより美味しくない』って言われたらと思うと想像だけでもめちゃくちゃ悔しくてさ……、いや言われたこと無いよ!? 今んとこ多分勝ってる!!」

拳を握り、必死に捲し立てる悠也さんが面白くて思わず笑ってしまう。

この家の家庭事情を僕はあんまり詳しくは知らない。彼らが異母兄弟ということは知っているが、それだけだ。
そこらへんについては何か色々事情はあるんだろうけど、本人たちが話さないことを深く聞こうとは思わないし、
今、この家族は仲が良いから、血の繋がりがどうこうなんてとても些細な問題に思えるのだ。


それからレタスを割く作業の合間に、悠也さんに料理の時短術などを口頭で教えて貰ったりしていると、

ガチャリ

もう一人の家人の帰宅を知らせる、ドアノブの音が響いた。

「ただいま」

「お帰り、伊織」
「兄ちゃんおかえりー!」
「ちーっすパイセン」

「お、お邪魔してます!」

「おー」

い、
い、
い、

伊織さんだ~~~!!!!


僕は、興奮のまま無意識に力を込めてしまった手がレタスを握りつぶしかけていることに気付き、急いでそれを手放す。
危ない。せっかく任されたのに、この繊細な葉っぱを殺してしまうところだった…。

しかし、そうなるのも無理はない。
無理は、ないのだ。


藤ヶ谷伊織さん。
潤の4歳年上の兄である彼は、僕の昔からの憧れである。

先程も言ったが、僕は引っ込み思案な性格で、身体も筋骨隆々って感じじゃない。
多分周りから見たら、そんな僕は弱くて反抗もしなさそうな人間に見えるのだろう。
だからか、小中共に、上級生達から嫌な感じのちょっかいをかけられるのは珍しくなかった。
そうであったので、俺の中の『上級生』のイメージといえば、
弱そうな人間をわざわざこき下ろして下に見ることでしか自尊心を満たせない偉そうな馬鹿ばかり、とそんな擦れた考えで固定されていたのだが。

――伊織さんだけは、そんな奴らとは何もかもが違っていた。

僕に対して優しかったのは勿論、クールで、硬派で、おとうとがいるからか面倒見が良くて、頭も良くて、運動も出来て、いつも凛としてて、大人で、欠点なんかなくて!!
しかしそんな簡単な言葉では到底語りきれない程に、とにかく全部がかっこよかった。
あ~~こんな人になりたい~~!!と、もう全身で思わせてくれるような人だった。

なれるわけがないけどな!!あんな崇高な存在に!!恐れ多い!!!!恥を知れ僕!!!

今みたいに同じ空間で息を吸えるだけで、10億円の宝くじが1日毎に当たるくらい奇跡中の奇跡なのだ。実質僕は億万長者だ。ありがたい。
別に伊織さんが居るから潤と仲良くなったわけではないけれど、僕とかの御方との縁が繋がったのは間違いなく潤との出会いが原点であるため、もしも歴史改変を企む奴がいようともそこだけは守らねばならない。…いや、むしろ僕と伊織さんの出会いは必要ないかもしれない。生きて同じ時代に存在しさえしてくれればいいのだ。『居る』だけで既にご褒美なのだ。

ああ~~~今日も空気が美味しいなあ~~~~!!!

今にも叫び出してしまいそうなこの昂りを抑えることに身体の容量を割きすぎて、棒立ちすることしか出来ていなかった僕は、不覚にも、彼の御方の接近に気付くのが遅れてしまった。

「何客に手伝わせてんの?」
「!!!????」

どうやらキッチンの流しで手を洗おうとしてこちらに来たらしい伊織さんが、悠也さんに声をかけながら、僕と肩が触れ合いそうな程の真横に近づく。

ちっっっっ!!!!!!
え、近っ、近い、近、…ち……伊織さんが、見える!!!!!(動揺)

髪サラサラだ…。肌綺麗…。鼻筋もスッと通ってて、唇は乾燥なんて知りませんって感じで健康的なピンク色だし…、ああ!!こんな陳腐な僕の言葉じゃ伊織さんの素晴らしさの100億分の1も表現出来やしない!!!もっと!!僕にもっと語彙があれば!!!
はああ~~、内面だけじゃなく、外見もため息が出る程に美しい。
心なしかいい匂いもしてきた気がするいや気がするっていうか絶対する存在が香しいんだ伊織さんは当たり前だろそんなこと。

どうしようどうしようどうしよう。
もし、あの形のいい瞼から覗く薄茶色の瞳がこっちを見るなんてしたら、
色気のある流し目で僕をチラリと視界に入れて下さるなんてそんなことをされてしまったら僕は――、

「なぁ、響もそう思うよな?」

う、う、うぁ、うわあああああーーーーー!!!
え??(よくある一瞬の冷静)
うわあああああ!!!
嘘こっち、見てるーーーーー!!しかも話しかけてきてるうーーーー!!??

何度同じ状況に陥ろうと毎回記憶を失ったように初期化される僕の脆弱な脳が、果てのない歓喜に打ち震えて段々蕩けていく。

あれ、伊織さんの前でどうやって息するんだったっけ、ていうかしていいんだったっけ、僕の身体から排出された二酸化炭素なんか吸わせていいんだっけ、良くないんじゃなかったっけ、どうだったっけ。

IQがマイナスに降下している僕本体を全く気にかけず、脳内ダンスフロアで最高に盛り上がっていた精神体の僕だったが、
伊織さんが一向に返事をしない僕に対し不思議そうに首を傾げるのを見て、そんな脳内のパリピに強いビンタをする。
馬鹿野郎が!!伊織さんが困ってるだろうが!!!ウンとかスンとかいえ!!!喉から血が出ても絞りだせ!!死んでも伊織さんに「あれ? 話しかけたのに返事ないな…」なんて恥をかかせるんじゃない!!!!

「ぼ、ぼぼぼ僕から申し出たんです、へ、悠也さんのご飯いつも美味しいんで、へ、どうやって作ってるのかなって、へへ」

馬鹿っっ!!区切りごとに笑うな!!へって何だ気持ち悪いんだよ!!何かを吐くな!!
ああでもよく言った僕!!
もう今は言葉を返せたことだけで拍手だ!!スタンディングオベーションだよ僕!!!

気持ち悪くどもった僕の言葉に、少し離れた場所に居た悠也さんが「いい子ー!!」と犬か何かを褒めるみたいに頭を撫でまわし始めていたが、もう既に供給過多でいっぱいいっぱいだった僕は、そんな悠也さんの腕の中でされるがままになるしかなかった。

伊織さんはぐったりしている僕を心配してくれたのか、悠也さんの襟元を引っ張って僕から引きはがすと、
もうレタスなんかには触れていなかった僕の手首を軽く掴んで、ふっと珍しく口角を上げた柔らかい表情で、

「俺がやるから、響は遊んでていいよ」

その時の伊織さんの微笑を真正面から直視した僕が、無事であろうはずもなく。

何か、凄い事が起こったんだってことはわかったんだ。
どーん、と頭の中で盛大にロケットが打ち上げられて。
あっという間に宇宙まで飛んで行って。
最終的に勢いよく太陽に突っ込んで派手に燃え尽きた。

ついでに僕の思考回路も燃え尽きた。

だから、感動からくる涙を限界までため込んだ目と、茹蛸みたいに真っ赤に染まるなんとも情けない顔を晒しながら、頭の悪い返事をすることしか出来なかったのである。

「あ、おさらとか。おはし、とか。だしましゅ」
「おー、ありがと」

僕は、フラフラと覚束ない足元を叱咤しながらなんとかダイニングテーブルまで移動すると、ナメクジでももっと早く動くぜというような鈍さでキッチンの方を振り返った。

そこでは伊織さんが、何やら呆れた風な悠也さんにデコピンをされていて。

うんやっぱり、神聖なものは少し離れたところから見るのが一番健康にいいんだ。
そうだ。近すぎると、幸福が過ぎて言語中枢または以下諸々の脳機能に支障をきたす。

僕は、既に蕩けきった脳でぼやっとそんな風なことを思いながら、
いつの日か、伊織さんの素晴らしさを余すことなく言語化できるように真面目に勉学に励もう、と大学で学ぶ己の姿を夢に見て固く拳を握りしめた。



将来、無駄に語彙力を増やした響のその『伊織語り』の餌食になるのは、まず間違いなく幼馴染の2人だろう。
しかし、そんな響の自己満計画に自分達が組み込まれているなどとは露ほども考えていない彼らは、響が意思を固くしたその瞬間も、無邪気にゲームを楽しんでいた。


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