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36.理想のカップル+悪妻
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こんなところで王女様と鉢合わせだなんて……。
クラリスが直に王女様にお会いするのは、デビュタントで王城に行った時以来だろうか。私たちの結婚式に王女様を含めた魔獣騎士団の面々が大勢来ていたのは知っている。だけど、ルートヴィヒ様は彼らに私を紹介することはなかった。
誓いの言葉の後は親族エリアに私を押し込め、早々に夫婦の部屋へ連れて行くよう指示をしたのだ。きっとあの頃にはすでに王女様と恋仲だったんだろうな。思い出すだけで涙が――。
……おっと、それどころじゃない。
そんなわけで私は王女様とほぼほぼ面識がないのに、いろいろな意味で気まず過ぎる。
彼ら理想のカップルと巷で悪妻と噂の私。その三人でいる様子を見た周囲がどんな噂をすることか。あることないことを面白おかしく広げるのだと思うと、吐き気がこみ上げてくる。
――ほら見て! 国民的カップルに悪役妻が割り込んでるわよ!
――身の程知らずな女ね。とっととお二人の前から消えるべきなのにっ!
二人の愛の障壁となる悪者で、傲慢な妻。そう言われ続けてきたから、どんな言葉を投げかけられるのかくらい想像できてしまう。
楽しかったお祭り気分は急速に萎えてしまった。
……ん? もしかして、二人で大っぴらに会うのはまずいから……!?
ああ、だからルートヴィヒ様は私を誘ったのかと落ち込む私の気持ちを知る由もなく、光り輝く金髪をポニーテールにした王女様が、キラキラと話しかけてきた。
「ルートヴィヒ! 来てると思わなかったわ。久々の非番だからゆっくり過ごすのかと……。ん? あっ、奥様と一緒だったんだ。ご、ごめん」
「いや、構わない。大丈夫だよな、クラリス」
「いいえ、大丈夫じゃありません」なんて言えたら楽なのに。
相手は王族だよ? ここは「はい、大丈夫です」の一択しかなくない? だけど、そんな社交的な言葉は言えそうもないし、言いたくない。
消え入りそうな声で「……はい」と答えたのがやっとだったけど、肯定の返事をしただけでも褒めて欲しいくらいよ。
「あの、……改めてソフィアです。いつもルートヴィヒからお話を聞いているから、初めましてな気がしないわ。うふふ」
「……………………はあ」
え、私の話を二人でしているの……?
ルートヴィヒ様が慌てて王女様の口を塞ごうとする姿がじゃれているようにしか見えず、絶望しかない。あんたたち、せめて隠れてやって欲しいわね。
王女様は私の姿が視界に入ると、にっこりと笑顔を向けてきた。
……マウント? マウントなの? はなから勝負にもなっていません。あなたの圧勝ですからご心配なく。
「なんだか邪魔しちゃって悪いわね。……あ、それじゃあ、ぜひ奥様におすすめしたい食べ物がいろいろあるから買ってくるわ。ルートヴィヒたちは場所を取っておいてくれる?」
王女様が指さしたのは購入した物を自由に食べられるフリーエリアだ。テーブルセットがいくつも置かれ、皆思い思いに飲食を楽しんでいる。
「ヒッポグリフのダンス中だからガラガラだな。それじゃあ護衛もいるからクラリスには座って待っていてもらおう。ソフィア一人じゃ持ちきれないだろう? 俺もついてくよ」
「そう? あ、じゃあ、私の護衛も念のため置いていくわ。それなら奥様一人でも安心だもの。人混みがすごいのでクラリスさんは座って待っていてくださいね。ルートヴィヒ、早く行ってこよう」
美しく微笑んだソフィア王女。悪意の欠片もないその笑顔に、気持ちのやり場がない。私にどうして欲しいわけ?
心の中で悪魔がささやく。
――このまま二人で消えちゃうかもねぇ。一人寂しくそこで座っていたら周囲になんて言われることか。気の毒な奥様! 恥ずかしい奥様! だけど、離縁する時になってあなたに優位に働くはずから、我慢しなさいな。
うっ……確かに。だけどそれってきついなぁ……。
そう考えていたら、天使が反論を始めた。
――穿った考えをしないで! 王女は心の底からクラリスに座って待っていて欲しいって思ったのよ。だって、妻と争う必要なんてないもの。自分が愛されているって自信があるんだから。
いやいやいや、天使も言うこと厳しいな。私の味方じゃないの?
……まあ、いいや。どうせ、ここでルートヴィヒ様に「行かないでください」とも言えないし。歩き慣れない靴で実はかかとが擦れて痛いし、座りたい。
「はい、座って待っていますね」と言うと、四人掛けの席に私を残し、二人は混雑する屋台エリアへと吸い込まれていった。私の近くに護衛っぽい人が立つ。
……このいかつい人に持たせるのはダメだったのかな。ダメか、護衛だし……。
ため息をつき、ぼうっと人の流れを見ていたら、突然耳元でバリトンボイスがささやいてきた。
「――素敵な奥様。おひとりでどうされましたか?」
「ひぇっ!」
振り返ったそこには制服を着たアロルド団長。今日も今日とて色気ムンムンの上司は周囲からの視線を受け止めながら、私にばちこんっとウィンクをした。きゃあっと黄色い歓声が浴びる。あ、あの……注目されたくないんですけど。
「アロルド団長、どうされたんですか」
「仕事だよ。今年は第一と第三魔獣騎士団が警備担当なんだが……。非番のはずの君の夫はどこだ?」
「うっ……恋人と私に食べさせたいものを買いに行ってます」
その言葉にアロルド団長が剣呑な空気を纏い出した。
「あぁん? あいつら未だにそんな誤解されるような……。じゃあ、うちのお世話係さん、俺とおしゃべりでもしてようか」
そう言ってはす向かいに座ったアロルド団長は、ヒッポグリフがどうダンスを練習していたのか、面白おかしく話してくれた。なんでも騎士たちがおしりフリフリダンスの見本を見せたのだけど、気高いヒッポグリフたちは絶対にやらないと駄々をこね、宥めるのが大変だったのだとか。
思わず吹き出し、にこにこしながら夢中になって話を聞いていたら、ルートヴィヒ様と王女様が慌てた様子で駆け寄って来た。
クラリスが直に王女様にお会いするのは、デビュタントで王城に行った時以来だろうか。私たちの結婚式に王女様を含めた魔獣騎士団の面々が大勢来ていたのは知っている。だけど、ルートヴィヒ様は彼らに私を紹介することはなかった。
誓いの言葉の後は親族エリアに私を押し込め、早々に夫婦の部屋へ連れて行くよう指示をしたのだ。きっとあの頃にはすでに王女様と恋仲だったんだろうな。思い出すだけで涙が――。
……おっと、それどころじゃない。
そんなわけで私は王女様とほぼほぼ面識がないのに、いろいろな意味で気まず過ぎる。
彼ら理想のカップルと巷で悪妻と噂の私。その三人でいる様子を見た周囲がどんな噂をすることか。あることないことを面白おかしく広げるのだと思うと、吐き気がこみ上げてくる。
――ほら見て! 国民的カップルに悪役妻が割り込んでるわよ!
――身の程知らずな女ね。とっととお二人の前から消えるべきなのにっ!
二人の愛の障壁となる悪者で、傲慢な妻。そう言われ続けてきたから、どんな言葉を投げかけられるのかくらい想像できてしまう。
楽しかったお祭り気分は急速に萎えてしまった。
……ん? もしかして、二人で大っぴらに会うのはまずいから……!?
ああ、だからルートヴィヒ様は私を誘ったのかと落ち込む私の気持ちを知る由もなく、光り輝く金髪をポニーテールにした王女様が、キラキラと話しかけてきた。
「ルートヴィヒ! 来てると思わなかったわ。久々の非番だからゆっくり過ごすのかと……。ん? あっ、奥様と一緒だったんだ。ご、ごめん」
「いや、構わない。大丈夫だよな、クラリス」
「いいえ、大丈夫じゃありません」なんて言えたら楽なのに。
相手は王族だよ? ここは「はい、大丈夫です」の一択しかなくない? だけど、そんな社交的な言葉は言えそうもないし、言いたくない。
消え入りそうな声で「……はい」と答えたのがやっとだったけど、肯定の返事をしただけでも褒めて欲しいくらいよ。
「あの、……改めてソフィアです。いつもルートヴィヒからお話を聞いているから、初めましてな気がしないわ。うふふ」
「……………………はあ」
え、私の話を二人でしているの……?
ルートヴィヒ様が慌てて王女様の口を塞ごうとする姿がじゃれているようにしか見えず、絶望しかない。あんたたち、せめて隠れてやって欲しいわね。
王女様は私の姿が視界に入ると、にっこりと笑顔を向けてきた。
……マウント? マウントなの? はなから勝負にもなっていません。あなたの圧勝ですからご心配なく。
「なんだか邪魔しちゃって悪いわね。……あ、それじゃあ、ぜひ奥様におすすめしたい食べ物がいろいろあるから買ってくるわ。ルートヴィヒたちは場所を取っておいてくれる?」
王女様が指さしたのは購入した物を自由に食べられるフリーエリアだ。テーブルセットがいくつも置かれ、皆思い思いに飲食を楽しんでいる。
「ヒッポグリフのダンス中だからガラガラだな。それじゃあ護衛もいるからクラリスには座って待っていてもらおう。ソフィア一人じゃ持ちきれないだろう? 俺もついてくよ」
「そう? あ、じゃあ、私の護衛も念のため置いていくわ。それなら奥様一人でも安心だもの。人混みがすごいのでクラリスさんは座って待っていてくださいね。ルートヴィヒ、早く行ってこよう」
美しく微笑んだソフィア王女。悪意の欠片もないその笑顔に、気持ちのやり場がない。私にどうして欲しいわけ?
心の中で悪魔がささやく。
――このまま二人で消えちゃうかもねぇ。一人寂しくそこで座っていたら周囲になんて言われることか。気の毒な奥様! 恥ずかしい奥様! だけど、離縁する時になってあなたに優位に働くはずから、我慢しなさいな。
うっ……確かに。だけどそれってきついなぁ……。
そう考えていたら、天使が反論を始めた。
――穿った考えをしないで! 王女は心の底からクラリスに座って待っていて欲しいって思ったのよ。だって、妻と争う必要なんてないもの。自分が愛されているって自信があるんだから。
いやいやいや、天使も言うこと厳しいな。私の味方じゃないの?
……まあ、いいや。どうせ、ここでルートヴィヒ様に「行かないでください」とも言えないし。歩き慣れない靴で実はかかとが擦れて痛いし、座りたい。
「はい、座って待っていますね」と言うと、四人掛けの席に私を残し、二人は混雑する屋台エリアへと吸い込まれていった。私の近くに護衛っぽい人が立つ。
……このいかつい人に持たせるのはダメだったのかな。ダメか、護衛だし……。
ため息をつき、ぼうっと人の流れを見ていたら、突然耳元でバリトンボイスがささやいてきた。
「――素敵な奥様。おひとりでどうされましたか?」
「ひぇっ!」
振り返ったそこには制服を着たアロルド団長。今日も今日とて色気ムンムンの上司は周囲からの視線を受け止めながら、私にばちこんっとウィンクをした。きゃあっと黄色い歓声が浴びる。あ、あの……注目されたくないんですけど。
「アロルド団長、どうされたんですか」
「仕事だよ。今年は第一と第三魔獣騎士団が警備担当なんだが……。非番のはずの君の夫はどこだ?」
「うっ……恋人と私に食べさせたいものを買いに行ってます」
その言葉にアロルド団長が剣呑な空気を纏い出した。
「あぁん? あいつら未だにそんな誤解されるような……。じゃあ、うちのお世話係さん、俺とおしゃべりでもしてようか」
そう言ってはす向かいに座ったアロルド団長は、ヒッポグリフがどうダンスを練習していたのか、面白おかしく話してくれた。なんでも騎士たちがおしりフリフリダンスの見本を見せたのだけど、気高いヒッポグリフたちは絶対にやらないと駄々をこね、宥めるのが大変だったのだとか。
思わず吹き出し、にこにこしながら夢中になって話を聞いていたら、ルートヴィヒ様と王女様が慌てた様子で駆け寄って来た。
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