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第一章 灰色の現実
1-10 今すぐ買いに行きましょう
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世界は無限に存在する。
宇宙の果てに無限はないけれど、その果ての外には更にそれを内包するものがあって、それを更に無限に内包するものがあって、そうして途方もないくらい無限にそれを重ねて、そうしてたどり着く『あらゆる存在の器』。
それこそが『世界』であり、そうして世界は無限に存在する。世界とはそれだけで収まることはなく、どこまでも無限に存在する。
いつか、その世界にたどり着くことができれば、きっと。
◇
「エノォスディエス」
「まだやってるのそれ」
葵との下校中でも、魔法の詠唱は続けている。流石に人前だと目立つものだから、家の中で誰もいないときと、葵の前でしかやらない。
「コツはね、空気を口に溜め込みながら話すといい感じかもよ」
「……そう?」
うん、と返されたので、試しにそうして言葉を紡いでみる。
「……Enos Dies」
あ、本当だ。なんとなくそれっぽい発音ができたような気がする。
「ね?」
葵は得意げに笑う。
この前までは抽象的な言葉でしか解説してくれなかったのに、こういうときはしっかりと分かりやすいアドバイスをくれるのだから、いい具合でバランスを保っているような気がする。……できれば、いつも具体的な言葉をくれると助かるのだが。
──そんなことを思っていた時だった。
『うんうん、いい調子じゃないか』
「──うわ!?」
背後から唐突に聞こえてくる聞き覚えのある声。後ろを振り返っても誰もいないけれど、なんとなく誰かは理解することができる。
「先生……、いつからいたんですか」
『ん。君たちが放課後になって帰り道を一緒に帰り始めた頃合いからかな』
「つまりは最初からじゃないですか……」
葵の方に視線を向けると、特に驚く様子もなく、平然と歩いている。なんだろう、魔法教室の生徒であれば、こういった日常は平然と行われるようなものなのだろうか。
「というか姿を表さないんですか?」
『だってここで魔法を解いたら、いきなり無から有が生まれるものだからね。そりゃあ解きませんとも』
ごもっともだな、と聞きながら思った。
『というか、君の声は周りに聞こえているから、周囲には不自然に思われるから、そこは気を付けてね。まあ、変に思われてもいいならかまわないけど』
「……」
そういえばそうだった。
けど、周囲を見渡してみても、特に人はいないようだったから、気にせずにそのまま会話をする。
いまいち価値観はぬぐえないのだけれど、魔法使いは隠匿されるもの、なんだよな。
とりあえず葵に言われたから、葵と同じようにファンデーションを塗って紋章については隠してはいるけれど、これは結構不便だなぁ、と思う。
水に濡れればファンデーションは落ちてしまう。だから無暗に手を洗うことはできない。なるべく左手を汚さないように立ちまわるのが、なんとも縛られている感覚で変な感じがするのだ。
「そういえばなんでついてきたんですか?」
葵がそういうと、立花先生の声は、そうだそうだ、と思い出したような声を上げる。
『いやあ、環くん用のナイフを用意しなければいけないなぁ、と思ってね』
「あ、なるほどぉ」
「……まじか」
というわけで、みんなで買い出しに行くことになりました。
……ナイフを。
◇
先生の声に案内されながら、葵と一緒に歩いていく。
「モールとかに行けばあるんじゃないんですか?」
『あそこら辺にあるのは、よくてサバイバルナイフだよ。サバイバル用だから見た目がねぇ?』
「見た目……、別に気にしないんですけど」
『ああ、あとサバイバルナイフだと、粗悪なものが多いから切れ味もひどくて、自傷行為で出血するときに痛いと思うよ』
「今すぐ買いに行きましょう」
ははは、と先生は笑う。葵もくすくす笑っていたけれど正直笑いごとではない。
考えないようにしていたけれど、詠唱の次は、リストカットで出血を行う過程をやらなければいけないのだ。痛いのは嫌いだし、ただでさえ血が苦手だ。だからこそ考えないようにしていたのだけれど、いよいよ向き合わなければいけない時が近づいているのだとげんなりしてしまう。
そうしてたどり着いたのは、路地裏に路地裏を重ねたような、人通りのない、裏路地。怪しいお店があるといえば此処と言えるくらいに、なんか雰囲気が不審な場所。
『ほら、右の方だよ』
そうして右の方に視線を向ければ、当たり前のようにドアがある。看板とかは存在しない、ただのドア。
「本当にここなんですか……?あからさますぎるというか……」
『あからさまだからこそ、ここには人が来ないんだよ。そのほうが都合がいいからね』
……確かに、ここならよほどの図太い人間でなければ入ろうとする人間はいないだろう。きっと、ヤンキーや不良であっても躊躇を覚えると思う。
『さあ、入ってみようか』
そう言われて、いつまでも出せない勇気を振り絞ってみる。
ドアノブに手をかけて、捻る。重苦しい雰囲気をドアが軋みを上げて認識させる。
──目に入るのは、地下へと続くような、無機質なコンクリートの階段。
……本当にあからさまに嫌な雰囲気を覚えるのは、僕の価値観が魔法使いではなく人間のままなのだろうか。
横を見る。葵の顔を視野に入れても、その表情は特に何も気にしていないというような表情だ。
──きっと、根底から価値観を変えないといけないんだ。魔法を扱ううえでは、すべてが当たり前のように受けとれる心の要領が必要なのだ。
まずは、この一歩から。
僕は、そうして階段に歩みを進めていく。自分自身の心もちを振り返りながら。
宇宙の果てに無限はないけれど、その果ての外には更にそれを内包するものがあって、それを更に無限に内包するものがあって、そうして途方もないくらい無限にそれを重ねて、そうしてたどり着く『あらゆる存在の器』。
それこそが『世界』であり、そうして世界は無限に存在する。世界とはそれだけで収まることはなく、どこまでも無限に存在する。
いつか、その世界にたどり着くことができれば、きっと。
◇
「エノォスディエス」
「まだやってるのそれ」
葵との下校中でも、魔法の詠唱は続けている。流石に人前だと目立つものだから、家の中で誰もいないときと、葵の前でしかやらない。
「コツはね、空気を口に溜め込みながら話すといい感じかもよ」
「……そう?」
うん、と返されたので、試しにそうして言葉を紡いでみる。
「……Enos Dies」
あ、本当だ。なんとなくそれっぽい発音ができたような気がする。
「ね?」
葵は得意げに笑う。
この前までは抽象的な言葉でしか解説してくれなかったのに、こういうときはしっかりと分かりやすいアドバイスをくれるのだから、いい具合でバランスを保っているような気がする。……できれば、いつも具体的な言葉をくれると助かるのだが。
──そんなことを思っていた時だった。
『うんうん、いい調子じゃないか』
「──うわ!?」
背後から唐突に聞こえてくる聞き覚えのある声。後ろを振り返っても誰もいないけれど、なんとなく誰かは理解することができる。
「先生……、いつからいたんですか」
『ん。君たちが放課後になって帰り道を一緒に帰り始めた頃合いからかな』
「つまりは最初からじゃないですか……」
葵の方に視線を向けると、特に驚く様子もなく、平然と歩いている。なんだろう、魔法教室の生徒であれば、こういった日常は平然と行われるようなものなのだろうか。
「というか姿を表さないんですか?」
『だってここで魔法を解いたら、いきなり無から有が生まれるものだからね。そりゃあ解きませんとも』
ごもっともだな、と聞きながら思った。
『というか、君の声は周りに聞こえているから、周囲には不自然に思われるから、そこは気を付けてね。まあ、変に思われてもいいならかまわないけど』
「……」
そういえばそうだった。
けど、周囲を見渡してみても、特に人はいないようだったから、気にせずにそのまま会話をする。
いまいち価値観はぬぐえないのだけれど、魔法使いは隠匿されるもの、なんだよな。
とりあえず葵に言われたから、葵と同じようにファンデーションを塗って紋章については隠してはいるけれど、これは結構不便だなぁ、と思う。
水に濡れればファンデーションは落ちてしまう。だから無暗に手を洗うことはできない。なるべく左手を汚さないように立ちまわるのが、なんとも縛られている感覚で変な感じがするのだ。
「そういえばなんでついてきたんですか?」
葵がそういうと、立花先生の声は、そうだそうだ、と思い出したような声を上げる。
『いやあ、環くん用のナイフを用意しなければいけないなぁ、と思ってね』
「あ、なるほどぉ」
「……まじか」
というわけで、みんなで買い出しに行くことになりました。
……ナイフを。
◇
先生の声に案内されながら、葵と一緒に歩いていく。
「モールとかに行けばあるんじゃないんですか?」
『あそこら辺にあるのは、よくてサバイバルナイフだよ。サバイバル用だから見た目がねぇ?』
「見た目……、別に気にしないんですけど」
『ああ、あとサバイバルナイフだと、粗悪なものが多いから切れ味もひどくて、自傷行為で出血するときに痛いと思うよ』
「今すぐ買いに行きましょう」
ははは、と先生は笑う。葵もくすくす笑っていたけれど正直笑いごとではない。
考えないようにしていたけれど、詠唱の次は、リストカットで出血を行う過程をやらなければいけないのだ。痛いのは嫌いだし、ただでさえ血が苦手だ。だからこそ考えないようにしていたのだけれど、いよいよ向き合わなければいけない時が近づいているのだとげんなりしてしまう。
そうしてたどり着いたのは、路地裏に路地裏を重ねたような、人通りのない、裏路地。怪しいお店があるといえば此処と言えるくらいに、なんか雰囲気が不審な場所。
『ほら、右の方だよ』
そうして右の方に視線を向ければ、当たり前のようにドアがある。看板とかは存在しない、ただのドア。
「本当にここなんですか……?あからさますぎるというか……」
『あからさまだからこそ、ここには人が来ないんだよ。そのほうが都合がいいからね』
……確かに、ここならよほどの図太い人間でなければ入ろうとする人間はいないだろう。きっと、ヤンキーや不良であっても躊躇を覚えると思う。
『さあ、入ってみようか』
そう言われて、いつまでも出せない勇気を振り絞ってみる。
ドアノブに手をかけて、捻る。重苦しい雰囲気をドアが軋みを上げて認識させる。
──目に入るのは、地下へと続くような、無機質なコンクリートの階段。
……本当にあからさまに嫌な雰囲気を覚えるのは、僕の価値観が魔法使いではなく人間のままなのだろうか。
横を見る。葵の顔を視野に入れても、その表情は特に何も気にしていないというような表情だ。
──きっと、根底から価値観を変えないといけないんだ。魔法を扱ううえでは、すべてが当たり前のように受けとれる心の要領が必要なのだ。
まずは、この一歩から。
僕は、そうして階段に歩みを進めていく。自分自身の心もちを振り返りながら。
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