魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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第一章 灰色の現実

1-20 存在意義

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 暗闇の中にいる。何度も見た光景。空間の天井を覗くように、果てのない暗闇を、ずっと視界に映している。

 慣れた光景だと思った。だから、そこまで思考が働かない。どこまでも果てがなく、僕はそこをずっと歩いている。

 人は見かけなかった。そうして見渡せば自分の身体さえそこには描かれずに、質量が存在しない。けれども前を歩いている感覚がする。

 『これが世界だ』

 誰かの声がそう言った。そこには誰もいないのに、確かにそんな声が耳元に聞こえた。耳元かと思えば、それは喉元だった。身体は存在しないのに、喉元から聞こえたということは、きっとそれは自分自身がそう話したということだ。

 『どこまでも果てがなく、境界線がなく、可能性だけが続く。だからこそ、世界は無限に存在を繰り返して、そうしてお前は此処にいる』

 そうなのだろうか。僕にはよくわからない。

 世界とか、魔法とか、非現実的な話でしかない。その話を信じようとしても、心の中では幻想だと思って、それを現実だと上書きをしようとしない。

 それは理性のようなものでしかない。本能のようなものだと思う。世界が間違っていることを僕は許せないでいるのだ。

 『存在意義』

 僕はそう語る。きっと、それは僕の劣等感だった。

 『その理性が、その本能が、その本性が僕の存在意義。だから、僕はここにいる』

 消えてなくなってしまえばいいと、僕はそう思った。この劣等感があるから、僕は生きることができずに生きられない。死ぬことができず死ぬだけになる。

 『消えないさ。死にもしない。僕は存在を定義できないのだから』

 そうして、世界は目の前から存在をやめた。





 夢を見ていた気がする。とてつもなく大きな規模で、果てが存在しない夢を。でも、その詳細を思い出すことはできず、僕はゆっくりと視界を開いた。

 見慣れた天井。果てのない黒だけが広がる空間。周囲を見渡してみて、その空虚な無機質にいることを認識する。周囲には誰もいないみたいだった。

 起き上がる。一枚の布団がかけられていた。無機質な空間には似合わない、そんな感想を抱きながら自分の状況を整理する。

 フラッシュバックする光景。鮮血に彩られる床と、衝動的に行動する身体。自分が自分じゃないみたいに。

 ──ああ、そうか。天原との模擬戦闘で、僕は負けたんだった。

 もともと貧血気味であったことはよく覚えている。出血の仕方がまずいのかと思って、そうしていろいろな部分を傷つけて試行錯誤した記憶が残っているのだから、あの模擬戦闘で更に出血をしたことにより、倒れてしまったのだろう。

 今振り返ってみても、結局、あの戦いには勝てなかったと思う。魔法は使えず、そして肉体能力もないのだから、たとえ貧血やら出血やらがなかったとしても、そこからなにか勝機があったわけじゃないだろう。だから、僕は負ける運命しか用意されていなかったのだ。

 ずっと寝ていたのか、この前のようなふらついた意識はない。特に視界がぶれるということもないので、ここ一週間でも一番に体調がいいと言えるだろう。

 とりあえず、この空間から帰ろう。布団を片付けて、僕はさっさとこの場所から帰ることにした。





 「うそでしょ……」

 夕焼けだった帰り道、家に帰って眺めたカレンダーを見て、僕はそんな言葉をつぶやいた。

 日付は、この前の模擬戦闘から一週間くらい経過している。魔法使いにダメージなるものは存在しないと考えていただけに、僕は最高でも一日二日までには起きて活動できると思っていたのだが、時計の針はそんな意思を無視して進んでいる。

 そこまでダメージを喰らうことをしたのだろうか。中途半端にしか記憶が残っていないので、貧血という原因しか思い当たることはない。

 ……とりあえず夜まで眠ろう。深夜に魔法教室に行って、そこでそれまでの経過を確かめればいい。

 僕は眠くもないけれど、無理矢理瞼を閉じて暗闇の中に浸る。いつの間にか意識が閉じることに淡い期待を抱きながら、その片隅に実感する時間の経過を味わった。





 「おお、ようやくおでましかぁ」

 空間へいつもと同じ時間帯に赴くと、立花先生が飄々としながら、僕が昼頃まで寝ていた布団の中でぬくぬくと過ごしていた。

 「いやあ大変だったよ。君も長く目覚めないし、いろいろと事態がごちゃついてねぇ。ああ、でも、君が目覚めたのならそれは本当に、本当によかった。うん、教師として僕はそんな気持ちでいっぱいだ!」

 「……なんか、わざとらしいですね」

 「そんなことはないさ」

 先生は、あくまで軽いような雰囲気で会話を続ける。まるで何事もなかったことを装うように振舞っている。確かに模擬戦闘は大変だっただろうけれど、その裏で何かがあったことを隠すように。

 「……なにか、隠してませんか?」 

 「え、あ、べ、別に?」

 ……あからさますぎる。

 「別に、僕が負けた、というのは僕自身気にしていないのでいいですよ」

 実際、その言葉の通りに僕は気にしていない。あの勝負で、僕は意識を失い、そうして勝負をすることも叶わずに負けたのだから、ある意味すっきりしているくらいだ。その負けの感傷に浸るくらいだったら、僕はさっさと魔法の練習をしたい。

 「……いやあ、そうじゃないんだよなぁ」

 僕が想定した返事と異なって、先生は気まずそうな顔をする。

 「……なにかあったんですか?」

 「……うーん、言うべきか、言わざるべきか迷っているんだよねぇ」

 いつも飄々している彼が、確かな困り顔でそんなことを言っている。だから、僕はその裏でどこか深刻な事態が起きていることをなんとなく想像した。

 「僕に関連することですか?」

 「……まあ、それなりに」

 「それなら話してくださいよ。気になるじゃないですか」

 僕がそういうと、立花先生は、尚更眉を八の字に捻らせた。何が彼をそうさせているのか、僕には理解することができない。だからこそ、それを知る権利があるように思える。

 じゃあ目をつぶってみて、と躊躇いがちに立花先生はそうつぶやく。その意図が僕にはわからないけれど、魔法で何かをするということなのだろうか。僕は素直にそれに従った。

 「Enos Dies,」

 聞き慣れた詠唱の言葉。自分自身でも気持ちが悪くなるほどに唱えた呪いの言葉。どんな魔法が起きるのかを、瞼の裏で想像しながら、僕はその時を待つ。

 そして──。

 「Magna Dhiorr」

 ……過去に葵が呟いた炎の詠唱が僕の耳元に届く。その詠唱の違和感に僕は思わず目を開ける。

 ──目の前に火の玉がある。いつか葵が見せてくれたような火の玉が、僕に近づいてくる。

 「え?え?」

 戸惑っている間にも、火球が近づいている。僕はそれを避けることさえできないくらいの距離の中にいた。避ける暇も与えず、その思考の一瞬で想像するのは、自分がその炎の球にあぶられるという現実。僕は思わず目を閉じるけれど──。

 ──……それは僕を燃やすことはなく、そうして、空間は静かなままだ。

 なんでだろう、目を閉じているから、僕は現状を把握することができない。だから目を開けば──。

 「……やっぱり、そうなんだね」

 火球は僕の目の前にはなく、いつの間にか──なぜか立花先生が燃えていた。
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