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第一章 灰色の現実

1-25 事の顛末のようなもの

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 事の顛末のようなもの。いわば、物語のオチに値する部分をぼくは語らなければいけないのかもしれない。

 といっても、さほど語るところがないというのが正直なところではあるのだけれども、掻い摘んで一つずつ話していければと思う。

 まず、天原との関係について。

 あの保健室でのやり取り以来、急激に仲が良くなる、とかそういうことはなく、前よりかはギクシャクしない関係がやってきた、という感じだ。

 以前までは魔法教室にあっても睨まれたりして、本当に会話をしたくない雰囲気を出してきていたけれど、最近は睨まれるようなこともなく、特になにか激しく反応することもなく、”これが普遍的”というような生活になってきている。

 たまに、会話をしたりもする。

 「そういえば結局紋章って何だったの?」

 僕がそう聞くと、彼は静かに右手の甲を出してきた。そこには水色のなにかが描かれているけれど、そこまで魔法の知識を蓄えられていない僕は、結局それがよくわからない。

 「なにそれ?」

 そんなとぼけた疑問を彼にすると、凄く嫌そうな顔をして

 「氷の紋章ですよ……、それくらい知っておいてください」

 とそう返してきた。未だに毒については抜けていないような気もするけれど、前の敵対するような雰囲気とは違うから、まだ居心地はいい。

 そういえば、話すまでは気づかなかったけれど、彼は僕の年齢から一個下ということで、一応後輩になるらしい。明楽くんと話していたらそんなことを知ることができた。

 「だからって、先輩面しないでくださいね。”ここ”では僕が先輩なんで」

 そんなことを言われるもんだから、あえて「天原先輩」と呼ぶようにしたら、四度目くらいで結構本気で怒られたのが印象的である。

 とまあ、そんな具合で彼とは打ち解けているような気はする。ふざけることができるくらいには。

 ここまでが天原についてのお話。

 ここからは魔法教室について、というか僕のそれからの過ごし方について。

 未だに魔法は使えていないから、僕は毎日自傷行為を行って、魔法の練習をしている。その成果があるのかわからないけれど、以前よりかは血を見ることに対して躊躇いがなくなってきたから、ある意味では魔法使いらしい、という自覚が出てきた。その反面、一切魔法は使えるようにはならないのだけれど。

 当たり前のように自傷行為をする僕の姿を、明楽はもの凄い遠い目をして見てくる。

 「……とうとうお前もそっち側か」

 「慣れれば楽だよ?」

 「慣れるときなんて来るのか……?」

 明楽くんは未だにリストカットに対しての抵抗感が拭えないみたいで、立花先生によく”指導”されている。主にナイフを持って追いかける自傷推奨教師と、逃げ回る自傷否定生徒の追いかけっこが、毎日繰り広げられている、という感じだ。

 「なんか他人事みたいにしているけれど、君は早くその現実的な価値観を変えないとだからね?」

 「あ、はい」

 ……この現実観を上書きできるのかはわからないけれど、精一杯はやっている。だからこそ、皆が発動する魔法を目視して、これこそが現実だと思い込むようにしているけれど、思い込むと意識をしている時点で、まだまだ魔法を使うまでは遠いかもしれない。

 葵は特に変わらず、いつも通りという感じ。僕が魔法を反発する体質だということを知ってからは、たまに一緒になって魔法教室に向かうこともある。夜中に男女二人が出かけていく構図はおかしさがあるけれど、孤独に道を歩いているといろんなことを考えてしまうので、葵がついてきてくれる時には感謝が尽くせない。

 ……たまに僕の自傷行為を見て申し訳なさそうな顔を浮かべるけれど、それについてはよくわからない。きっと、僕が魔法を使えるようになるまで、その顔を変えることは難しそうだから、今のところは魔法の練習に励むことに集中する。

 あと一つ、天音さんについて。なぜかあの模擬戦闘の日以来、彼女の視線がこちらに向いているような気がする。自意識過剰とか、そういうやつではなく、確実に僕のことを目で追っている感じ。何をきっかけにそうなったのかは分からないけれど、最近はその視線が気になる、というのが近況かもしれない。特に話しかけてくることもないから、今のところは無害。天原と違って敵意を感じる視線を送ってくる、とかではないから別にいいのだけれど。それがトラブルに発展しないことを祈るばかりだ。

 ……魔法教室については、そんな感じ。高校は夏休みに入って、特に現実世界でなにか事件があるわけでもない。強いて言えば、夏休み前の期末の試験で散々な点数をとったことくらいだろうか。

 ……そんな、すごくありふれた現実世界を過ごしながら、非現実的な世界を僕なりに歩んでいる。

 きっと、これからもずっと、こんな日常が続いていくのだろう。その日常の中で、少しでも魔法を使えるように、葵の曇った顔を晴らせるように、僕は頑張らなければいけない。

 彼女のために、僕は頑張らなければいけないのだ。
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