魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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第二章 天使時間の歯車

2-4 改めて前を向くために

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 夕陽は真夏の時よりも早くに落ちる。それでも少しの時間の中、まだ明るさを世界は手に入れていたけれど、月が顔を出す頃合いになれば世界は闇に彩られる。世界に歪な穴をあけたように明るい月がどことなく不気味でしようがない。

 目的地は海だと決めたのに、適当に自転車を走らせているから、自分たちがどこにいるのかもよくわからない。見覚えのある景色が続いているような気もするし、見覚えのない景色だと言われても納得ができるほどに、景色は何の変哲もない道のりだけを僕たちに見せてくる。別にそれが楽しいわけでもないだろうに、葵の顔を覗いてみれば、爽やかな笑顔で自転車を漕ぐ。彼女が楽しんでいるのならば、別にそれでいいのかもしれない。……本来の目的とは違うのかもしれないけれど、彼女が満足するならばそれでいい。

 「ここらへんで休憩しよっか」

 そんな普遍的な光景が続く中、適当に入り組んだ街路に沿って公園が一つあったので、僕たちはその中に侵入する。

 もう月が浮かぶほどの暗闇というだけあって、夜にこの公園を訪れる人間はいない。きっと、子どもたちも、大人でさえもこんな場所にわざわざこんな時間に来るほど日までもないだろう。それを言えば、僕たちはどうしようもなく時間を持て余しているということではあるのだが、気晴らしのお出かけということなので、そこには目をつむる。

 葵は、自転車をベンチの隅に寄せると、公園の敷地内にある自販機の方へとかけていく。僕も彼女に続こうとしたけれど、彼女が手でそれを制すので、結局僕はベンチに座って佇んだ。

 ふと、孤独になると、少しばかり肉体の疲労が気になる。走っている最中は特に何も感じず、それこそ疲労なんてものは意識していなかったけれど、座ってみるとどうだろう。やけにふくらはぎのあたりが熱い感覚がする。

 「はい、お茶買ってきたよ」

 「ありがと。……あ、お金」

 「いいよ。お茶くらいおごらせてくださいな」

 変にかしこまった彼女の口調に、少し砕けそうになる。ふとした彼女の優しさに触れて、劣等感を覚えるものの、ここで劣等感を覚えていては何も意味がないと考えて、とりあえず僕は渡されたお茶を胃に流し込んだ。

 「はあ……」

 長時間、自転車をこいでいたから意識をしていなかったけれど、喉も乾いていたようだ。いつもよりもするすると飲み込んでしまう冷たい液体の感触に身を浸して、思わず息が出た。

 そんな僕の姿を見て葵は微笑んだ。久しぶりに彼女の素の笑顔を見たような気がする。

 「なあ」

 僕は彼女に声をかけてみる。特に思い浮かぶことはなかったけれど、ふと彼女に話しかけてみたくなった。

 彼女が何?と返すと、僕は何の言葉を吐き出そうか迷って、そうして自分の思いを口に出してみた。

 「無理しているように見える、かな」

 自分で無視していたわけでもない感情。彼女には悟られないようにしていた思い。それも結局、気晴らしだと理由をつけて連れ出されたわけではあるが、改めて自分の口で発してみて、それを認識する。

 その言葉を聞いて、しばらく葵は咀嚼するように言葉を飲み込んだ。沈黙が数瞬の間こだましたけれど、葵は少し躊躇うようにしながら言葉を紡ぐ。

 「うん、すごくね」

 少し困り顔をしている葵の顔。ここ最近では見慣れてしまった表情。その表情をぬぐうために頑張っているつもりではあるけれど。

 「無理は、していないつもりなんだ。ただ、みんなのように僕も魔法を使いたいだけでさ」

 ──本心だ。自分が劣っているということを認識したくないからこそ、他の人たちに足並みをそろえて生きていたい感覚が、ここ最近は渦巻いている。

 明楽は血を出すことが苦手ではあるけれど、それでも魔法を使うことができる。本人は僕が自傷行為ができることをいつも羨ましそうに眺めているけれども、それは別に劣等感ではないと僕は思うのだ。

 できないとやれないとでは、大きな違いがある。やろうと思えばやれることと、いつまでたってもできないことの差はあまりにも広がりすぎている。

 きっと、僕の魔法についても”やれない”という話で片が付くのかもしれない。でも自分自身で納得ができない限り、劣等感は精神の裏で膨れ上がるだけなのだ。

 「……私のせいなのかな」

 「え……?」

 僕がそんなことを考えていると、彼女がふとそんなことを呟いた。独り言だと思えるほどに小さな声。僕に届くことを想定していたのかわからないほどにか細い思い。

 「私が……、環を魔法使いになんかしなければ……、きっと……」

 「それは、違うと思うよ」

 「……そうかな」

 「そうだよ」

 僕は言葉を続ける。

 「そもそも、葵の行為は僕を助けるための行動だったじゃないか。魔法使いの世界では禁忌と言われていることであっても、葵は躊躇うこともなく僕を生かしてくれたじゃないか。

 葵が僕を魔法使いにしてくれなかったら、きっと僕はただの人間でしかなかったんだ。それを変えてくれたのは、葵じゃないか」

 ──自分で、そう言いながら認識する。

 僕は魔法使いであることに固執していて気づかなかったけれど、昔の自分とは大いに違うじゃないか。新しい生き方をしているじゃないか。

 葵がいなければ、きっと僕はただの死体だ。どうしようもなく、劣等感に苛まれただけの蛋白質の塊。葵が僕を助けてくれなければ、僕はそのままで死んでいたのだ。

 「僕は葵に感謝しているんだよ。その恩を返すために、少し頑張りすぎたのかもしれないな」

 僕は苦笑しながら、彼女に話す。

 僕は、そんなことにも気づかずに行動していたのだろうか。劣等感のせいで、視野が狭くなりすぎていたのかもしれない。もっと考えるべきことは他にもあったはずなのに。

 「僕さ、まだ頑張っていたいんだ」

 劣等感ではなく、葵という存在に近づくために。彼女に面と向かって笑顔を晒すことができるように。

 「だからさ、見ててくれよ。きっとまた無理をしてしまうのかもしれないときは、こんな風に連れ出してくれたらいいからさ」

 僕がそう言うと、葵は深くうなずいた。暗がりでよくは見えなかったけれど、どこかすすり泣く声が聞こえたから、なるべく表情は見ないようにした。

 ──魔法だけがすべてじゃない。僕が僕にやれることを探して、模索して、生きていくだけだ。

 僕は、改めて前を向いた。歪に見えた月の形が、どことなく綺麗な風景に見えてきた、そんな気がした。
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