魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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第二章 天使時間の歯車

2-16 胸を触るしかないじゃないか

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 いつもよりも暗い世界を静かに歩いていく。そんな世界が鬱陶しくて、わざとらしく自分から声を上げてみようとするけれど、その声も籠ったようになって、その場でしか響かない。足音を弾ませようと、あえて地面をけりながら歩いても見るけれど、それも結局意味がない。世界とはここまで静かなものなのかと、空虚な気分になる。

 街灯が垂らす明かりも、そんなに綺麗に光ってくれない。ぽわっと、光の波が浮かんでいるような感覚。その光も一定ではなく、移動するたびに赤色になったり、青色になったり。どこか夢のような非現実的な感覚が拭えない。

 どうせなら夢であった方がいいような気もする。もともと、サボってしまった学校も、適当に過ごすしかなかった図書館でのこともすべてが夢であったのならば、それだけで救われる気がする。目の前の現状さえも夢だったのなら、悪夢の一つでも見たんだ、と納得することができる。

 ──でも、どこまでも現実であるという感覚はぬぐえない。浮ついた感覚が存在せず、地続きに意識がある感覚はどこまでいっても本物なのだ。反発する感覚も、すべてがすべて本物でしかない。

 魔法教室に行こうと思っていた足がゆっくりと止まる。これ以上に足を進めても意味がないような感覚。……いや、実際にはそうじゃない。そもそも認めたくない現実を見させられている今を否定する材料を探すために、誰か人と会いたいような気がする。

 どうしても孤独であるという気持ちが拭えないのだ。どうしても誰かと会話を交わして、ここが現実であるという感覚を取り戻したいのだ。そうでなければ、寂しさが心を支配して、あらゆる行動をとることができないような気がする。

 ……一旦、家に帰ろう。その帰り道の途中で葵にでも会えたら、少しは気持ちがマシになるような気がする。

 僕は足先の方向を変えて、また歩き出す。今は人の温もりを知りたいような気がした。





 僕が行った図書館については、周囲から隠れるようにして存在しているから、いつだって人影を感じさせることはない。だから、図書館からの帰り道については人と会うことは期待してはいなかった。

 だからこそ、大通りに出てしまえば人と出会えることに期待はしたのだけれど、それでも動くような人間とは会えそうにない。

 ──動くような人間とは。

 先ほどから歩いていて、その中で人を見ることは確かにある。電柱のそばで犬を見守っている人、忙しそうな顔をして、鞄をもって移動をしようとするビジネスマン、ファストフード店から出てくる僕と同い年の男女の組。確かにそこに人はいる。

 でも、そのどれもが──動いていない。どこまでも動いていない。一つのドッキリだと疑いたくなるほどに、世界はあらゆるものを静止している。

 でも、人間によるドッキリならまだしも、犬に関してはどうだろう。人間なら、まだ可能な範囲での静止ではあるけれど、犬でさえもマネキンのように固着しているこの世界は何だ。

 コンビニの近くを通る。適当に人を見ようと思って入ろうとするけれど、入り口のセンサーが反応しないからいつまでたっても扉が開くことはない。

 しょうがないから、窓から人を眺めてみるけれど、どの人間も例外なく静止している。固着している。人形のように。

 まるで、世界の時が止まっているかのように。

 ──いや、マジか。

 図書館で見た時計の時間帯と、目の前にあるコンビニ内の時計の時間帯を比較して、全く時間が経過をしていないことを認識する。

 ……ここまでくれば、いよいよ確信しなければいけないだろう。

 恐らく今、世界の時は、止まっている。





 自分だけが世界に存在する想像を何度かしたことがある。人の命は平等に潰えて孤独に生きる世界。

 電気とかもきっと稼働せず、生き物も自分だけしか存在せず、生きることは数日で終えてしまうであろうと想像した世界。

 そんな世界が目の前にある。

 なんなら、都合がいいように『時間が止まる世界』で人を確認できる世界。どこまでも想像に対して都合がいいように存在する世界が目の前にある。

 ──きっと、これは魔法なのだ。

 魔法。血液を代償にするものなのか、それとも精神を代償にする魔法なのかの区別は正直つかない。

 でも、世界丸ごと時を止めるような魔法であるのならば、以前説明を受けた黒魔法でいいのだろう。血を代償にする魔法でここまでのことができるのならば、それだけで魔法使いは世界を変えてしまうだろうから。

 ……でも、これからどうすればいいのだろう。

 世界の時は止まっている。その止まった世界の中で、僕はどのように生きればいいのだろう。

 以前も世界が止まるような感覚を経験したことがある。あの時は日中で、しばらくすればすぐにいつもの世界が戻ってきたけれども、この現状は体感ではもう三十分ほど繰り返しているような気がする。

 ──動く人に会いたい。動く人に会いたい。誰かと喋って不安をかき消したい。

 もしかしたら葵なら、立花先生なら、雪冬なら、魔法使いである人間ならば動いているかもしれない。

 とりあえず、当初の目的の通りに家路につきながら葵のことを探す。だいぶと視界の暗さについても慣れてきた。

 僕はそのまま歩みを進めて、ようやく葵の家に着く。……けれど。

 (……そりゃあ、チャイムを鳴らしても出てくることはないよな)

 そもそも時が止まっている世界でチャイムが稼働するわけがない。鳴らしてから気づくべきことに今さら気づいて落胆しそうになる。

 それならドアを開けてみようかとも考えたけれど、人の敷地内に勝手に入って、そんな行動を起こすのは明らかに倫理観を損なう行為だろう。

 ……でも、事態が事態ではある。とりあえず一度試すだけ試して、謝るべきタイミングになったら謝ればいいような気がする。

 そう思ってドアを開けようとするけれど。

 (……ですよね)

 鍵がかけられているのだろう、扉が開くことはない。……というか、鍵が開いていたとして、時が止まった世界の扉を開けることはできるのだろうか?

 コンビニのドアとは異なって物理的に動かすことはできるだろうから、まあ不可能ではないんだろうけれど、もし鍵がかかっていなかったとしても開閉については難しそうである。

 ……ここでぼうっとしていても仕方がない。改めて家路につくことにする。





 (……あれ)

 家路につく途中で、見覚えのある顔を認識する。

 あれは、──葵だ。

 少し嬉しくなったのも束の間、淡い期待をしていた自分に釘をさすように現実がすべてを認識させてくる。

 魔法使いであるものならば、この止まった世界でも動くことができるのではないかと、そう期待していたのに……。

 目の前にいる葵は、どこまでもマネキンのように静止して動かない。

 (……やっぱり、僕だけなのか)

 どこまでも魔法を反発する性質。魔法使いでさえも抗えない世界の固着に対して、僕だけがそれを反発している。

 本当にこんなんで魔法が使えるのだろうか。いつか覚えた不安感を思い出すように、劣等感が僕に問いかけてくる。

 『おい、いいのか?』

 ……何がだよ。

 『時が止まる世界、そして、目の前には知り合いの女子』

 ……だから?

 『……だから、今なら誰にもバレないってもんだろう』

 劣等感は躊躇うように言葉をつぶやく。何のことなのかわからない。確かに、今なら何もバレないだろうけれど……。

 そう考えた時に気づいたこと。

 ……なるほど。え。いいんでしょうか、そんなことをして。許されるのでしょうか。

 言い訳をするように言葉を並べると、劣等感が寄り添うように言葉を呟く。

 『──いいんだよ。今こそ、今だからこそ、──胸を触るしかないじゃないか』
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