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第三章 灰色の対極
3-20 ──可愛い、です
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葵と出かけることは幾度となくあった。その回数を数えるのは億劫になるほどに。それほどまでに彼女と一緒にいた日々が長い、と言えばそれまでではあるが、それ以上に彼女以外に関係性を見出せなかったことが主な理由として上げられる。
それは、悪いことなのかもしれない。彼女が僕と関わることによって、そうして彼女の可能性を排除しているような気分になる。後ろめたさがいつも心に付きまといながら、それでも彼女と一緒にいたい気持ちを優先して、毎日彼女と触れ合っていた。
最近は距離を離したりすることもあったけれど、結局のところ、僕は彼女がいなければ生きていくことはできない。生かされた命、生かされている命、生きることを肯定する彼女だけが、僕の命のすべてになっているのだ。
倫理に反しているような気がする。それでも、それに依存しなければ僕は前を向くこともできやしない。でも、それに理由や明確な関係性があれば、倫理に反していたとしても世界から肯定されるような気がするのだ。
だから、今日でケリをつける。今日ですべてを終わらせる。
もしかしたら、明日の自分は自分ではないのかもしれない。
対極を受け容れるにしろ、受け容れられないにしろ、今ここで思考をする自分の意識は確実に未来の自分に殺されるのだから、この意識が残っている間に、ケリをつけてしまえばいい。
そうすれば、過去の自分は肯定されるから。
そうすれば、僕が在原 環だったことを、記憶を彼女に残せるのだから。
◇
いつもなら出かけるときには彼女と一緒に家を出るのに、今日に限ってはそうしなかった。デートという名目で彼女を誘ったから、どこかそれらしい雰囲気を自分でも演出したかったのかもしれない。
彼女にデートを提案した時、葵は驚いたような顔をしていたけれど、少し思案をした後で受け入れてくれる。僕はやはり彼女の優しさに甘えてしまっていた。
「お待たせ、待った?」
お決まりのデートの常套句を彼女は呟く。
待ち合わせ場所は近場の駅前。時刻については午前の終わりかけ、という頃合い。
遠くに行くわけでもないのに、僕はなぜか近場の駅前を選んでしまった。デートらしい待ち合わせ場所なんてあまり思いつかなかったのだから仕方ない、と心の隅で言い訳をする。結局は適当なのだ。
「待ってないよ」
声をかけられて、聞こえた言葉の方へと視線を向ける。俯いていた頭の角度を挙げれば、いつもとは違う服装を着こなしている彼女の姿が新鮮に視界に映し出される。
秋という概念を着こなすように、淡いブラウンの服を着ている。ファッションには詳しくないからわからないけれど、そのブラウンの服の上に白色の布を飾り立てたような、そんな身なり。いつもだったらまとめている長いポニーテールが今日は解かれていて、少し特別感を演出するように彼女はそこにいる。
「……どう?」
彼女はしおらしい雰囲気でそう聞く。
……なんだこれ。葵が葵じゃないみたいで違和感の塊だ。
ものすごくいい意味で。
「……どうって、その──」
──こういう時って、どう返すべきなんだ。
普通に褒めるという選択肢はある。でもその行動をとるには僕にはあまりに経験値が少なすぎる。恥ずかしさが伴ってしまう。
逆に普通だね、なんていう言葉も吐けるわけがない。いつもの彼女と違って戸惑っているのだから、そんな言葉が過るわけもない。
「──可愛い、です」
……諦めたように僕は彼女にそのままの気持ちを伝える。それ以上に行動が思い浮かばないし、恥ずかしさを抱いていたとしても、彼女に率直にそれを伝えるべきなのだ。
「……よろしい!」
先ほどのしおらしい雰囲気を彼女は飲み込んで、いつもの彼女のように快活にふるまう。そのふるまいがどことなく葵らしさを感じて仕方がない。
……ということで、僕は彼女とデートに出かけるのだ。
◇
土曜日に至るまでの二日間でデートプランをいろいろ考えてみた。魔法教室に行って明楽に聞くことも考えたけれど、なんかいかがわしいプランを提案してきそうだから、結局魔法教室にはいっていない。まあ、そのほかにも悪魔祓いと呼ばれる種が行っていいのか、という疑問もあった、という理由もあるけれど。
デートプランを独りで考えるのは、なかなかにきつかった。彼女と一緒にどこかに出かけることは別に新鮮でもないはずなのに、そのお出かけの中で彼女の笑顔を見出すことを優先しようとして、妄想して、恥ずかしさで爆発する。そんなことを考えている自分が恥ずかしくてしようがない気持ちと、そうなってほしいという現実感をさまよい続けながら、そうして決めたプランは……。
「なるほど、映画館ですか」
「ええ、映画館ですとも」
僕と彼女、二人で一緒に行ったことはない映画館に行くというプラン。僕はもちろん葵と行ったことはないし、個人的に行ったこともない。
「デートっぽいすね」
「……まあ、デートですから?」
彼女の言葉に疑問形で答える。デートっぽいかを自分で把握することができていないけれど、彼女がそう言ってくれるのなら、おそらくデートっぽいのだろう。
……彼女は映画館に行ったことがあるのだろうか。彼女といつも話しているとき、テレビで見たロードショーの話はすることがあるけれど、映画館という場所についての話は一切したことがない。
以前僕が落ち込んだ時に、彼女が提案してくれたこともあったけれども、それが彼女の経験値を示しているわけでもない。
もし、彼女をリードしたいという気持ちが空回って、そうして彼女にリードされたらどうしよう。前日くらいにはりきって一度くらいは体験しておくべきだったかもしれない。
いざ、映画館に到着して、どうすればいいのかわからなくなる。
券売機?という場所に人が並んでいるからそちらに行けばいいのか、普通にカウンターに人がいるところに行けばいいのかわからない。
でも、人の波的にはカウンターのほうではなく、券売機の方が──。
「それで何の映画を見よっか?」
「──え、あ、そ、そうだなぁ」
唐突に振られた話にどきまぎしながら、そういえば見る映画については考えていなかったことを思い出す。
そうだ、考えることを忘れていたが、映画館とは映画を見る場所なのだ。当たり前だけど。
映画館にたどり着くことがゴールではないのだ。ものすごく当たり前だけれど。
葵を視界に入れる。彼女は券売機の上の方にあるモニターを指さしていて、ひとつひとつ並んでいるタイトルをぼそぼそと呟いている。あれが今日放映される映画なのだろう。
タイトルを眺めて……、どれを見ればいいのかわからない。
テレビをつけたときに、少しばかりコマーシャルで流れていた映画タイトルがあるけれど、その映画は確かアクションものだ。デートと言うには何とも言えないかもしれない。
デートと言えば、恋愛的なものがいいのだろうか。そうだとすれば、恋愛的な映画タイトルとは何だ?よくわからない。現代の情報をあまりにも通り過ぎた日々を送っているから。
「……葵は、なにか見たいやつとか、ある?」
もうこうなったら彼女にゆだねるしかない。彼女をリードすることを考えていたけれど、こうなったら彼女にまた甘えることで逃げてしまおう。
「それならねぇ、あれかな」
そうして彼女が指さした先には……。
「……なるほど」
テレビのコマーシャルで見た、──海外のホラー的な映画。的な、というかホラー映画。なんなら上映禁止がいよいよ解禁、とか騒がれていたような、そんなタイトル。
……え、やだ、こわい。僕、もともと血を見るのが苦手なタイプだし、ホラーに関しても見る気がなかったから経験値が皆無だし、え、怖い。断りたい、ものすごく断りたい。
「………………それにしよっか」
──でも、断ることはできない。
ものすごく重い間を持たせながらため息を孕ませて、そう言葉を彼女に返す。
……それ以外に見るべきものも見つからないし、仕方がない。
仕方がない。
…………仕方がないんだ。
それは、悪いことなのかもしれない。彼女が僕と関わることによって、そうして彼女の可能性を排除しているような気分になる。後ろめたさがいつも心に付きまといながら、それでも彼女と一緒にいたい気持ちを優先して、毎日彼女と触れ合っていた。
最近は距離を離したりすることもあったけれど、結局のところ、僕は彼女がいなければ生きていくことはできない。生かされた命、生かされている命、生きることを肯定する彼女だけが、僕の命のすべてになっているのだ。
倫理に反しているような気がする。それでも、それに依存しなければ僕は前を向くこともできやしない。でも、それに理由や明確な関係性があれば、倫理に反していたとしても世界から肯定されるような気がするのだ。
だから、今日でケリをつける。今日ですべてを終わらせる。
もしかしたら、明日の自分は自分ではないのかもしれない。
対極を受け容れるにしろ、受け容れられないにしろ、今ここで思考をする自分の意識は確実に未来の自分に殺されるのだから、この意識が残っている間に、ケリをつけてしまえばいい。
そうすれば、過去の自分は肯定されるから。
そうすれば、僕が在原 環だったことを、記憶を彼女に残せるのだから。
◇
いつもなら出かけるときには彼女と一緒に家を出るのに、今日に限ってはそうしなかった。デートという名目で彼女を誘ったから、どこかそれらしい雰囲気を自分でも演出したかったのかもしれない。
彼女にデートを提案した時、葵は驚いたような顔をしていたけれど、少し思案をした後で受け入れてくれる。僕はやはり彼女の優しさに甘えてしまっていた。
「お待たせ、待った?」
お決まりのデートの常套句を彼女は呟く。
待ち合わせ場所は近場の駅前。時刻については午前の終わりかけ、という頃合い。
遠くに行くわけでもないのに、僕はなぜか近場の駅前を選んでしまった。デートらしい待ち合わせ場所なんてあまり思いつかなかったのだから仕方ない、と心の隅で言い訳をする。結局は適当なのだ。
「待ってないよ」
声をかけられて、聞こえた言葉の方へと視線を向ける。俯いていた頭の角度を挙げれば、いつもとは違う服装を着こなしている彼女の姿が新鮮に視界に映し出される。
秋という概念を着こなすように、淡いブラウンの服を着ている。ファッションには詳しくないからわからないけれど、そのブラウンの服の上に白色の布を飾り立てたような、そんな身なり。いつもだったらまとめている長いポニーテールが今日は解かれていて、少し特別感を演出するように彼女はそこにいる。
「……どう?」
彼女はしおらしい雰囲気でそう聞く。
……なんだこれ。葵が葵じゃないみたいで違和感の塊だ。
ものすごくいい意味で。
「……どうって、その──」
──こういう時って、どう返すべきなんだ。
普通に褒めるという選択肢はある。でもその行動をとるには僕にはあまりに経験値が少なすぎる。恥ずかしさが伴ってしまう。
逆に普通だね、なんていう言葉も吐けるわけがない。いつもの彼女と違って戸惑っているのだから、そんな言葉が過るわけもない。
「──可愛い、です」
……諦めたように僕は彼女にそのままの気持ちを伝える。それ以上に行動が思い浮かばないし、恥ずかしさを抱いていたとしても、彼女に率直にそれを伝えるべきなのだ。
「……よろしい!」
先ほどのしおらしい雰囲気を彼女は飲み込んで、いつもの彼女のように快活にふるまう。そのふるまいがどことなく葵らしさを感じて仕方がない。
……ということで、僕は彼女とデートに出かけるのだ。
◇
土曜日に至るまでの二日間でデートプランをいろいろ考えてみた。魔法教室に行って明楽に聞くことも考えたけれど、なんかいかがわしいプランを提案してきそうだから、結局魔法教室にはいっていない。まあ、そのほかにも悪魔祓いと呼ばれる種が行っていいのか、という疑問もあった、という理由もあるけれど。
デートプランを独りで考えるのは、なかなかにきつかった。彼女と一緒にどこかに出かけることは別に新鮮でもないはずなのに、そのお出かけの中で彼女の笑顔を見出すことを優先しようとして、妄想して、恥ずかしさで爆発する。そんなことを考えている自分が恥ずかしくてしようがない気持ちと、そうなってほしいという現実感をさまよい続けながら、そうして決めたプランは……。
「なるほど、映画館ですか」
「ええ、映画館ですとも」
僕と彼女、二人で一緒に行ったことはない映画館に行くというプラン。僕はもちろん葵と行ったことはないし、個人的に行ったこともない。
「デートっぽいすね」
「……まあ、デートですから?」
彼女の言葉に疑問形で答える。デートっぽいかを自分で把握することができていないけれど、彼女がそう言ってくれるのなら、おそらくデートっぽいのだろう。
……彼女は映画館に行ったことがあるのだろうか。彼女といつも話しているとき、テレビで見たロードショーの話はすることがあるけれど、映画館という場所についての話は一切したことがない。
以前僕が落ち込んだ時に、彼女が提案してくれたこともあったけれども、それが彼女の経験値を示しているわけでもない。
もし、彼女をリードしたいという気持ちが空回って、そうして彼女にリードされたらどうしよう。前日くらいにはりきって一度くらいは体験しておくべきだったかもしれない。
いざ、映画館に到着して、どうすればいいのかわからなくなる。
券売機?という場所に人が並んでいるからそちらに行けばいいのか、普通にカウンターに人がいるところに行けばいいのかわからない。
でも、人の波的にはカウンターのほうではなく、券売機の方が──。
「それで何の映画を見よっか?」
「──え、あ、そ、そうだなぁ」
唐突に振られた話にどきまぎしながら、そういえば見る映画については考えていなかったことを思い出す。
そうだ、考えることを忘れていたが、映画館とは映画を見る場所なのだ。当たり前だけど。
映画館にたどり着くことがゴールではないのだ。ものすごく当たり前だけれど。
葵を視界に入れる。彼女は券売機の上の方にあるモニターを指さしていて、ひとつひとつ並んでいるタイトルをぼそぼそと呟いている。あれが今日放映される映画なのだろう。
タイトルを眺めて……、どれを見ればいいのかわからない。
テレビをつけたときに、少しばかりコマーシャルで流れていた映画タイトルがあるけれど、その映画は確かアクションものだ。デートと言うには何とも言えないかもしれない。
デートと言えば、恋愛的なものがいいのだろうか。そうだとすれば、恋愛的な映画タイトルとは何だ?よくわからない。現代の情報をあまりにも通り過ぎた日々を送っているから。
「……葵は、なにか見たいやつとか、ある?」
もうこうなったら彼女にゆだねるしかない。彼女をリードすることを考えていたけれど、こうなったら彼女にまた甘えることで逃げてしまおう。
「それならねぇ、あれかな」
そうして彼女が指さした先には……。
「……なるほど」
テレビのコマーシャルで見た、──海外のホラー的な映画。的な、というかホラー映画。なんなら上映禁止がいよいよ解禁、とか騒がれていたような、そんなタイトル。
……え、やだ、こわい。僕、もともと血を見るのが苦手なタイプだし、ホラーに関しても見る気がなかったから経験値が皆無だし、え、怖い。断りたい、ものすごく断りたい。
「………………それにしよっか」
──でも、断ることはできない。
ものすごく重い間を持たせながらため息を孕ませて、そう言葉を彼女に返す。
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仕方がない。
…………仕方がないんだ。
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