魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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第四章 異質殺し

4-43 赤い医者

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「いやはや、やはり外国の言葉を使うということは難しい。実際、言語など私は不要な存在だと思うんだ。意志というものは瞳だけで伝えることができるのに、なぜ人間は発達段階の際に舌や声帯などという意味の分からない進化を遂げてしまったのか、本当に理解に苦しむ。まあ、それがなければ詠唱もできないのだから、妥協はしてやるがな」

 憤りを覚えることしかできない声は、流暢な日本語でそう呟いた。それはその男がこの場所にいることを示さないように、天井部分からスピーカーのようなもので話しているようだった。

 だが、その声で悲鳴は、叫び声は止まった。阿鼻叫喚としている地獄が目の前にあったはずなのに、それは一気に静寂に飲み込まれていった。別に安堵という感情が生まれたわけではないだろう。おそらく言っている意味が分からないのだ。英語の発音が聞こえたような気がするけれど、その残骸さえ俺には拾うことができない。それでも周囲は息を呑んで、ただスピーカーからの言葉を待っているようだった。

「……ちっ」

 あからさまな舌打ちが響いた。その舌打ちはいつも通り朱音から発せられるものであり、小声で「やはり赤い医者ドクターブラッドか」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

「──というわけで、というわけではないが、ここからは日本語を使うことにしよう。それを聞き取ることができるのならそれでよし、聞き取ることができなければ少々の不安が君の心を貫くだろうが、安心したまえ。私から放たれる言語を君たちは自ずと理解することができる。 

 そんな言葉とともに、ぷつっ、とスピーカーから音が聞こえた。どうやら話すべきことは話し終わった、という意図らしい。それと同時に倉庫の中が上部の電灯の光によって照らされる。

 床には先ほど見た赤い血液のプールと、壁には塩ビを張り付けたような緑色。倉庫らしき場所は確かに倉庫らしく、業務用の大きな棚が並んでおり、その中にはガラス瓶や水槽がいくつも設置されている。……その中身を見たいとは思わなかった。

 ふと、暗い視界の中にいる天音の方を見た。

 震えている、というよりも、頭を押さえているような様子が目に映る。

「大丈夫?」

「……大丈夫。頭の中にだけ」

「……直接?」

 俺は彼女の言葉を理解することができず首を傾げることしかできなかったけど、傾げた拍子に後ろから天音に叩かれる。いてっ、と言葉を返しながら振り向くと「魔法だろうさ、さっさと行くぞ」と、朱音は苛立ちを隠そうとしないまま、先へと進もうとした。朱音の言葉の意味をとらえることは難しかったけど、俺は悪魔祓いなのだから天音の感覚を理解できなくとも仕方ない、と理解した。

「あいつの言葉に従うのは癪ではあるが、この先に行けば赤い医者にたどり着くだろう。たどり着き次第殺してしまえばなんとかなる。……きっとな」

 朱音は確かにそういった。彼女にしては珍しく不安要素を覚える語尾を付け足して。





ドクターブラッド赤い医者って何のこと?」と俺は歩く道中で朱音に聞いていた。倉庫の外らしき出口からは、光の覚束ない長い通路が敷かれており、ただ俺たちは歩くことしかできなかった。そのあとに続くように、転移してきたらしい人たちも続いているみたいで、後ろからコツコツと足音が響くのが耳に入る。

「……厄介な悪魔だよ」と朱音は言葉を返す。

「猟奇的としか言えない性癖の持ち主、ということだけはよくわかっている。その性癖の所為で大規模な魔法が可能、ということもな」

「……黒魔法、とか?」と俺が彼女に呟くと「そこまでじゃない」と朱音は言う。

「あいつは血液の収集癖がある。まあ、使ではあるんだけどな」

「……」

 それで思い出すのは、以前の天使時間が発生した期間の中で、立花先生も重く捉えていた吸血鬼事件についてだった。

「ああ、あの犯人とは別だぞ」

 俺の思考を悟ったように彼女は呟く。それについては、彼女が子供の魔法使いを殺している姿を目撃しているから、特に疑いはしていない。

 けれど、吸血鬼のようなことをする魔法使いが他にもいる、という事実がどこか落ち着かない。葵をはじめとした魔法使いにも危機が及びそうで、不思議な焦燥感が心を支配するのだ。

「あいつはな、人間から血を吸い取って、そのうえでそれらを自分に取り込んでいる献血男、という噂がある。……私は正直、赤い医者については見たことないから知らないがな」

 朱音は言葉を続けた。

「魔法使いは血液を消費して現実を非現実で上書きする。それ故に一日に使える魔法も限られるはずだ。……だが、あいつは人から無尽蔵に血液を抜き取り、自身に献血をして大規模な魔法を何度も連発しているんだろう。こうして複数人を拉致できているのも納得だぜ、クソほど胸糞が悪いけどな」

 今にも地面を蹴りそうな勢いで、朱音はまた舌打ちをした。俺はそれに同意することしかできなかった。





 通路を進んでいけば、薄暗い光に満たされている広い空間にたどり着く。そこは先ほど見た倉庫と同じような広さをしているけれど、違う点は業務用の棚がその場所にはなかったことだった。

 通路から抜けた際に、二つの標識、というかイラストが見えるように示されている。それはいつも見ているような、男女を区別するトイレの標識のようなもので、左は男性、右は女性と行き先を教えているようだった。

「……俺は男側に行けばいいの?」

「こんなときに団体行動を乱すわけねぇだろ……」と朱音は呆れながら呟く。それもそうではあるのだけれど、そうとなれば俺が女性側に行くことに──。

「別にこれは便所だったり、更衣室だったりを案内しているわけじゃないんだ。……そんな変な気遣いをするなよスケベ」

 朱音の言葉に「すけべ」と天音も反応する。うるせぇ、常識ねえのかよ、と文句を言いそうになったけれど、そもそもこんな場所に常識を求めるのも違っているような気がする。

 それはそれとしても、どうしても女性側に対して一緒に同行する気にはなれない。これは生理的な感覚というか、本能的な感覚というか。

 女性側の方に進もうとする朱音たちを俺も追いかけなければいけないんだろうけれど、いまいち足がすくむ──。

「──だぁっ! めんどくせぇなぁ?!」

 ──そんな俺の様子を見かねて、朱音は俺の手を引っぱって道を進む。

 

 



 ……いや、まあ、僕としてはありがたい話ではあるんですけどね?

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