魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

文字の大きさ
132 / 143
第四章 異質殺し

4-47 お前は誰だ

しおりを挟む


 「……はぁ、はぁ」

 呼吸がまとまらなくなった。正しい呼吸の仕方を思い出せなくなっている。久しぶりとしか感じない運動以上の作業に、僕は息をついてしまう。

 何度振るったかわからない刃の感触が手先ににじんでいる。汚濁にまみれている刃の先には、岸の一部であった体液が、残骸が滴り落ちている。知っている言葉では表現できない色彩をしたものが、不快にも刃に溶けている。俺はそれを振り払って、なかったことのように振舞った。

 ──大量の既死を振り払った。分割をした、解体をした、切り取った。彼らをすべて葬り去るために、僕は確かに刃を振るった。

 。何かを感じるべきなのに、何かしらの感情を抱くべきはずなのに、今心の中にあるものは空虚な虚だけだった。それを俯瞰として見つめている自分がいた。まるで何ごともなかったかのように、ただ作業を終わらせたことについての疲労だけを考えていた。

 砕けるように切り取られた既死たちは、それでも地面に這いつくばりながらうにょうにょとしてうごめいている。肉というよりも残骸としか言いようのない赤黒いものが蛆のように行方をさまよっている。その細胞一つ一つが生きている、ということを誇示するように思えた。

 それらはもう脳みそがついていないのに、ただの皮膚でしかないのに、骨でしかないのに、目だけでしかないのに、頭蓋でしかないのに、欠片でしかないのに、俺たちの方へと視線を向けているようにもぞもぞと動いている。

 これ以上刃を振っても、それが解決することはない。

「天音」と俺は呼びかけた。

「……うん」

 俺の声に反応した彼女は、一瞬驚いたように背筋を震わせたものの、声かけに理解を示したように、聞きなれた言葉を詠唱する。

Enos Dies我、希うMagna Mentasy炎の雨を

 Magna、という詠唱から想像することができたのは、以前葵も使っていた魔法であった。そして天使時間の黒幕も、そしてこの研究施設にいる糞爺も使っていた。

 ──ひどく嫌悪感が催される。味方である天音に対しても、魔法を使っているという行為に対して、吐き気を催すほどに敵意を向けてしまう。

 ……いや、違う。違うだろう。そうじゃないだろ。考えるべきは敵だけでいい。こんなことをしている敵だけを視界に入れればいい。天音は味方であり、はっきりと僕に対して、俺に対しても好意を示してくれる女の子なのだから、考えないでいい。極端な思考を走らせなくていい。

 彼女が歌う言葉と、皮膚に描いた赤い線によって、俺の目の前にある既死の残骸は、炎の雨に包まれていく。それですべての片がつけばいい、と心のどこかで思いながら、俺は後ろにいる彼女らの方へと視線を移す。

 彼女らの背後には逃げまどって発狂を繰り返していた男たちの影が見える。瞳が恐怖に彩られており、何か言葉をかけたとしても平静は取り戻せないかもしれない。

「朱音」

「──。……え? な、なんだ?」

「天音の魔法を見られたんだ、記憶を消してやるのが一番なんじゃないか?」

「あ、ああ。……そうだな」

 そういって、彼女はお得意の催眠術とやらを行おうとする。用法用途については知らないから、俺はその先にある道に向かって歩みを進める──、が。

「──環」

 俺を呼び止める声があった。もう入り口の寸前までたどり着いているのに、また歩みを止められる声が耳に届いていた。その声の主は朱音であり、催眠術を行おうとしているのを止めて、俺に向けて話しかけていた。

「なに?」

「……何も、ないのか?」

「は?」

 朱音の呟いている意味が分からなかった。何度か言葉の租借をして、ようやくたどり着いた結論として、「ああ、ケガとかはしてないよ」と言葉を吐く。「それよりも──」と言葉を付け足しながら、俺はそのまま前へと進もうとした。

「違う、違うよ環。そうじゃない。──お前、何も感じないのか?」

「……何が?」

 やはり、彼女の言っていることはよくわからなかった。理解することができなかった。

「別に何もないけど」

「……本当に言っているの?」

 いつかの姉じみた声だと思った。僕はその声に頷いた。

「人、だったんだよ?」

 朱音は言葉を紡いでいく。

「お前が切ったアレは、バラバラにしたアレは、……人だったんだよ?」

「……人んだろう。過去形でしかない言葉は現在には影響しない。あれはもう、人じゃない」

 俺は、僕は、あれを人とは定義しない。

 意思はなく、形もなく、伝達もできず、あやふやでしかない存在を、人と定義することはできない。それは人じゃない。ただの化け物でしかない。

「でも──」

「──だったら放っておけばよかった? そうした方がよかった? 目の前にいる人たちを放って──」

 ────。

「──あのままにしておけばよかったってこと?」

「違う、違うよ、違うんだよ環。別にいいんだ。それはいいんだよ。別に私はいいんだ、それでいいと思う。私は動けなかった、それに環が動いたおかげでみんな助かっているけれど、でも、そうじゃないんだよ。今の環、どこかおかしいんだよ」

「……」

 どうでもいい、と返答をした。

 何か感情に引っかかるものはない。実感できる何かがない。心の中にあるものは、事務的に、効率的に会話をするための仕組みだけしか存在せず、ただただ突き動かされる退魔の衝動だけ。

 俺は、魔法使いを殺さなければいけない。

 それだけのために、俺は足を──。

「──お前は誰だ」

 朱音のその言葉に、俺は足を進めることができなくなった。






 足を止めた拍子に、ぶつっ、とスピーカーから雑音が届いてくる。サーっとした静かなノイズに囲まれながら、とんとん、とマイクを叩く音が聞こえた。俺はそれだけで憎悪を芽生えさせてしまう。

『私の作品をよくも殺してくれたねぇ。……この

 嘲るように語るそれに、僕は何か感情を介在させるべきだったのかもしれない。だが、それで感じたのは悪魔祓いの本質とされる退魔衝動と憎悪だけ。きっとそれだけで十分だったから、ほかのことなんてどうでもよかった。

「不死の研究と言っても杜撰だったな。これで不死だとか存外笑える冗談を吐いてくれるじゃないか」

 くくっ、と嘲り返すように呟く自分の言葉に、俺の意志は含まれていないように感じた。無意識的に言葉が並べ立てられていた。

 俺の言葉に、ぷつっ、と何かのノイズが入った。音を切るためのノイズだと思ったが、それはすぐに声を戻してくる。

『……まあ、いい。だが、その先に進むことは許可しない、と先ほども言っただろう。猿以下の記憶しか持ち合わせていないんだろうな』

「生憎、ダメと言われたことについては進んで取り組む性分なんでね。申し訳ない気持ちとともに、その先に足を踏み入れさせてもらうさ」

 止められるものなら止めてみろ、力づくでもね。

 言葉にそう付け足しながら、俺はそのまま足を踏み入れて──。

『──力づくか。それも悪くはない』

 スピーカーの声に続いて、ぷつりと音が途絶える。ノイズが耳に障る。魔法使いに対する憎悪だけで彩られる感情が、無理に口角へと笑顔を作らせていく。嫌な予感は楽しい予感へ、これから起こることの想像を頭の中に突き詰めて──。

 ──そして、青白い光の反射が、背後から届いていく。シャッターにかすかに反射する光の影を認識して振り返る。




「──さて、お望み通りに」




 白衣を着た医者。英国紳士を気取るような服装を内側に着込んでいる老人の、……いや、ただの青年にしか見えない顔つきの男がそこにはいた。 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~

エース皇命
ファンタジー
 学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。  そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。 「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」  なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。  これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...