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第四章 異質殺し
4-49 あらゆるものは──
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◆
加速していた意識が、分離した。半分になっていた時間感覚を取り戻して、俺は正しい呼吸を思い出すようにする。
一瞬、目の前で何が行われたのかはわからなかった。ただ、感じたのは魔法に触れた時の反発する感覚だけだった。それだけが意識の中に残っていた。だが、それは反発するというよりも──。
「はっ、まさか魔法使いの天敵である悪魔祓いに対して、こちら側が何も準備を、そして対策を講じていないと思っていたのか? ははは、本当に猿以下の生物じゃないか。虫であっても本能で察することができるだろうに」
ケラケラと笑う声が耳に触れて鬱陶しい。心を逆なでにするその嘲りに、抱いている憎悪が、殺意が繰り返し反映される。
──俺は、僕は、確かにそれを反発した。だが、僕は何を反発したのだろう。俺は何を反発して、その衝撃で吹っ飛ばされたというのだろう。
感覚は残っている。確かに反発は起きた。世界に対する非現実の上書きに対して、それは確かに反発をした。肌に馴染むあの感覚を、僕は一度だって忘れたことはない。あの感覚だったのだ、それは確かなのだ。
それならば、なぜこのような状況になっているのか。
「わからない、というような顔だね。そこの淑女には理解が及んでいるようだけれども、君は其れでもわからないのか? もしかして、基礎的な魔法の詠唱訳さえも君には伝わらないのか? はは、これは傑作だ。傑作でしかない。悪魔祓いだというのに、魔法のことを何も知らないんだからなぁ!」
「……うるせぇ」
俺がそう言葉を吐いた。憎まれ口をたたく余裕はあったが、頭の中では冷静だった。
頭に響く衝撃を理解する。痛みを超えたそれに対して、俺は悲鳴を上げることはなかった。痛み以上の感覚を脳が捉えきれなかったのかもしれない。殺意に染まりきっている意識が痛みさえも忘れるようにしているのだろうか。
このままあいつに立ち向かっても、それでは意味がない。何か同じようなことをされてしまう。だとすれば、状況を見定めるしかない、あの時に何があったのか。
あの時、天音は俺に声をかけていた。スローモーションのように流れる景色の中で、確かに天音の言葉は届いていた。その先に進むな、そういった警告を声音に孕むような尖った声音だった。そのような声で言葉を吐いたのはなぜだっただろうか?
眼前にアイツをとらえたとき、そこに魔法はなかった。──そして、確か血もなかったはずだ。確かに流れていた血液は魔法に向けて還元されていた。それでも目の前に非現実たる上書きは現れなかった。
それでも俺は反発をした。反発をしたのだ、──アイツの拳を。
「……ちっ」
朱音と同じような舌打ちが出てしまう俯瞰でいる自分が、やはり姉弟だな、といらない思考を働かせる。
事は単純だ。拳に魔法がかけられていた。それだけでしかない。
どのような魔法だったのかはわからない。天音はそれを聞き取っていたのだろう、そして朱音もきっと気づいてはいたのだろう。
悪魔祓いの体は非現実的な事象を反発する。その反発を含んだ拳の威力に俺は吹っ飛ばされたのだ。
確実に頭蓋に食い込むように、そうして俺は反発されたのだ。
「はは、どうやら種がわかったみたいじゃないか」
アイツはなお嘲て笑う姿勢を崩さなかった。それに腹を煮られるような気持ちを抱くのは、悪魔祓いとしての退魔衝動と言うだけで片付けられるものではなかった。
「そうだ、そうなんだよ灰色の君。悪魔祓いは魔法を反発する。そうであるのならば簡単だ。強靭な肉体を希い、私自身の現実を上書きすれば、勝手に数倍以上の威力で殴られるだけのマゾヒストが誕生するだけなんだよ」
「……だから、なんだよ」
別にどうでもいい。種はわかった。わかったのだから、次は気を付ければいい。
肉体の強化? 別にどうだっていい、どうにだってなる。改めて頭の中に戦闘論理を再構築させた──。
「──つまりはこういうことだ」
──瞬間、目の前にアイツがいた。憎いほどに笑い声をあげている、余裕なにやけ面が視界に入った。刃が振るえる距離にいた。
俺は吹き飛ばされたはずなのに、その距離を一瞬で詰めるように──。
「灰色の君を、殺すことができる」
──その言葉とともに。
────鋭い衝撃。
──────馴染むことはない、鋭利な感覚。
「──あ、ああぁぁぁ……」
その痛みを感じた頃に気づいたのは。
彼に、ナイフで刺されたという、確かな、実感だった。
◇
世界が、世界が暗くなる。あらゆるものが黒色に染め上げられていく。視界の中は黒色だけになって、その中にある景色はすべて何物でもないということを理解する。
これは対極が見せている景色なのか、僕はそれを理解することができない。対極の心臓が稼働しているのか、そんなことを冷静に考えても、いつも見ている景色よりも、暗いような世界が目の前にはある。
わからない、わからない。世界は暗い。暗く、冷たく、何もない。まるでそこは空白のように、ただただ無だけがそこに顕現している。
『お前は誰だ』
誰かの声が聞こえた。朱音の声だと思った。でも、それは誰のものでもなかった。知らない人の声でもないし、それは声でもなかった。感情に擦り付けて刻むような、ひとつの情報だった。
『お前は誰だ』
誰かの言葉は、何者かの声が聞こえた。僕はそれを認識している。言葉を咀嚼している。僕は、俺は、在原環である、それだけしか、僕には言葉にすることはできない。
視界が暗くなる。黒くなる。一段と世界は色彩を失っていく。光沢がなくなっていくグラデーションさえ見えなくなる。
『お前は誰だ』
わからない。俺は、僕は誰なのだろう。在原 環であるはずだ。それで答えは終わるはずだ。
見出せるはずだ、とその言葉は伝えてくる。
見出せる? 何を? 何を見出そうというのだろう。
わからない。わからない。わかるわけがない。
ただの空白でしかない俺に、僕に、自分に、そんな答えを見つけ出せるわけがないだろう──。
▽
「たまき!!」
私が張り詰めた声を出した時には、すべてが遅かった。その時にはすべてが終わろうとしていた。
私の愛している人間がその命を終えようと、その心臓に手を掴まれていることに気づいた。気づいたからこそ、私はナイフを手に取った。大量の血を出すことに意識を向けて、たまきを殺そうとするその手を、魔法を使って一瞬でも止めようと思った──、けれど。
「──は?」
私は、その声に手を止めた。その声を出しているのは、今たまきの命を摘み取ろうとする悪魔のものだった。
彼が困惑している声を上げている理由がわからなかった。なぜ、そのような声音を出しているのか、それを理解することができなかった。
私は、彼を視界に入れた。いや、ずっと入っている。入っているけれど、そのうえで何が行われているのか、私には理解できていない。
それでも、唯一聞こえたのは、突き刺さったナイフが地面に落ちた音だった。
抜かれたわけじゃない。そして、たまき自身が抜いたわけでもない。それは、彼が持つ特有の巻き戻しの再生能力で弾かれたものでしかなかった。
「──巻き戻しの性質? ……いや、ありえない。悪魔祓いの血液での検証は済ませた。あいつらの血は魔法使いの血液さえも浄化するはずだ……」
ひどく困惑した様子で、赤い医者は困惑する。
「……まさか、未知の──」
赤い医者がにやりとしながら言葉を紡いだところで、それはかき消された。
お姉ちゃんはその隙を見計らって確かに赤い医者へと近づいていた。でも、そうじゃない。その行為によってかき消されたわけじゃない。
「──あらゆるものは、すべてゼロに還元される」
聞き馴染みの声。聞いたことのない言葉。
それでもその言葉は、確かに環のものだった。
加速していた意識が、分離した。半分になっていた時間感覚を取り戻して、俺は正しい呼吸を思い出すようにする。
一瞬、目の前で何が行われたのかはわからなかった。ただ、感じたのは魔法に触れた時の反発する感覚だけだった。それだけが意識の中に残っていた。だが、それは反発するというよりも──。
「はっ、まさか魔法使いの天敵である悪魔祓いに対して、こちら側が何も準備を、そして対策を講じていないと思っていたのか? ははは、本当に猿以下の生物じゃないか。虫であっても本能で察することができるだろうに」
ケラケラと笑う声が耳に触れて鬱陶しい。心を逆なでにするその嘲りに、抱いている憎悪が、殺意が繰り返し反映される。
──俺は、僕は、確かにそれを反発した。だが、僕は何を反発したのだろう。俺は何を反発して、その衝撃で吹っ飛ばされたというのだろう。
感覚は残っている。確かに反発は起きた。世界に対する非現実の上書きに対して、それは確かに反発をした。肌に馴染むあの感覚を、僕は一度だって忘れたことはない。あの感覚だったのだ、それは確かなのだ。
それならば、なぜこのような状況になっているのか。
「わからない、というような顔だね。そこの淑女には理解が及んでいるようだけれども、君は其れでもわからないのか? もしかして、基礎的な魔法の詠唱訳さえも君には伝わらないのか? はは、これは傑作だ。傑作でしかない。悪魔祓いだというのに、魔法のことを何も知らないんだからなぁ!」
「……うるせぇ」
俺がそう言葉を吐いた。憎まれ口をたたく余裕はあったが、頭の中では冷静だった。
頭に響く衝撃を理解する。痛みを超えたそれに対して、俺は悲鳴を上げることはなかった。痛み以上の感覚を脳が捉えきれなかったのかもしれない。殺意に染まりきっている意識が痛みさえも忘れるようにしているのだろうか。
このままあいつに立ち向かっても、それでは意味がない。何か同じようなことをされてしまう。だとすれば、状況を見定めるしかない、あの時に何があったのか。
あの時、天音は俺に声をかけていた。スローモーションのように流れる景色の中で、確かに天音の言葉は届いていた。その先に進むな、そういった警告を声音に孕むような尖った声音だった。そのような声で言葉を吐いたのはなぜだっただろうか?
眼前にアイツをとらえたとき、そこに魔法はなかった。──そして、確か血もなかったはずだ。確かに流れていた血液は魔法に向けて還元されていた。それでも目の前に非現実たる上書きは現れなかった。
それでも俺は反発をした。反発をしたのだ、──アイツの拳を。
「……ちっ」
朱音と同じような舌打ちが出てしまう俯瞰でいる自分が、やはり姉弟だな、といらない思考を働かせる。
事は単純だ。拳に魔法がかけられていた。それだけでしかない。
どのような魔法だったのかはわからない。天音はそれを聞き取っていたのだろう、そして朱音もきっと気づいてはいたのだろう。
悪魔祓いの体は非現実的な事象を反発する。その反発を含んだ拳の威力に俺は吹っ飛ばされたのだ。
確実に頭蓋に食い込むように、そうして俺は反発されたのだ。
「はは、どうやら種がわかったみたいじゃないか」
アイツはなお嘲て笑う姿勢を崩さなかった。それに腹を煮られるような気持ちを抱くのは、悪魔祓いとしての退魔衝動と言うだけで片付けられるものではなかった。
「そうだ、そうなんだよ灰色の君。悪魔祓いは魔法を反発する。そうであるのならば簡単だ。強靭な肉体を希い、私自身の現実を上書きすれば、勝手に数倍以上の威力で殴られるだけのマゾヒストが誕生するだけなんだよ」
「……だから、なんだよ」
別にどうでもいい。種はわかった。わかったのだから、次は気を付ければいい。
肉体の強化? 別にどうだっていい、どうにだってなる。改めて頭の中に戦闘論理を再構築させた──。
「──つまりはこういうことだ」
──瞬間、目の前にアイツがいた。憎いほどに笑い声をあげている、余裕なにやけ面が視界に入った。刃が振るえる距離にいた。
俺は吹き飛ばされたはずなのに、その距離を一瞬で詰めるように──。
「灰色の君を、殺すことができる」
──その言葉とともに。
────鋭い衝撃。
──────馴染むことはない、鋭利な感覚。
「──あ、ああぁぁぁ……」
その痛みを感じた頃に気づいたのは。
彼に、ナイフで刺されたという、確かな、実感だった。
◇
世界が、世界が暗くなる。あらゆるものが黒色に染め上げられていく。視界の中は黒色だけになって、その中にある景色はすべて何物でもないということを理解する。
これは対極が見せている景色なのか、僕はそれを理解することができない。対極の心臓が稼働しているのか、そんなことを冷静に考えても、いつも見ている景色よりも、暗いような世界が目の前にはある。
わからない、わからない。世界は暗い。暗く、冷たく、何もない。まるでそこは空白のように、ただただ無だけがそこに顕現している。
『お前は誰だ』
誰かの声が聞こえた。朱音の声だと思った。でも、それは誰のものでもなかった。知らない人の声でもないし、それは声でもなかった。感情に擦り付けて刻むような、ひとつの情報だった。
『お前は誰だ』
誰かの言葉は、何者かの声が聞こえた。僕はそれを認識している。言葉を咀嚼している。僕は、俺は、在原環である、それだけしか、僕には言葉にすることはできない。
視界が暗くなる。黒くなる。一段と世界は色彩を失っていく。光沢がなくなっていくグラデーションさえ見えなくなる。
『お前は誰だ』
わからない。俺は、僕は誰なのだろう。在原 環であるはずだ。それで答えは終わるはずだ。
見出せるはずだ、とその言葉は伝えてくる。
見出せる? 何を? 何を見出そうというのだろう。
わからない。わからない。わかるわけがない。
ただの空白でしかない俺に、僕に、自分に、そんな答えを見つけ出せるわけがないだろう──。
▽
「たまき!!」
私が張り詰めた声を出した時には、すべてが遅かった。その時にはすべてが終わろうとしていた。
私の愛している人間がその命を終えようと、その心臓に手を掴まれていることに気づいた。気づいたからこそ、私はナイフを手に取った。大量の血を出すことに意識を向けて、たまきを殺そうとするその手を、魔法を使って一瞬でも止めようと思った──、けれど。
「──は?」
私は、その声に手を止めた。その声を出しているのは、今たまきの命を摘み取ろうとする悪魔のものだった。
彼が困惑している声を上げている理由がわからなかった。なぜ、そのような声音を出しているのか、それを理解することができなかった。
私は、彼を視界に入れた。いや、ずっと入っている。入っているけれど、そのうえで何が行われているのか、私には理解できていない。
それでも、唯一聞こえたのは、突き刺さったナイフが地面に落ちた音だった。
抜かれたわけじゃない。そして、たまき自身が抜いたわけでもない。それは、彼が持つ特有の巻き戻しの再生能力で弾かれたものでしかなかった。
「──巻き戻しの性質? ……いや、ありえない。悪魔祓いの血液での検証は済ませた。あいつらの血は魔法使いの血液さえも浄化するはずだ……」
ひどく困惑した様子で、赤い医者は困惑する。
「……まさか、未知の──」
赤い医者がにやりとしながら言葉を紡いだところで、それはかき消された。
お姉ちゃんはその隙を見計らって確かに赤い医者へと近づいていた。でも、そうじゃない。その行為によってかき消されたわけじゃない。
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