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悪夢は再び
しおりを挟む浅い眠りから目を覚ましたヘルマンは、窓から差し込む日差しが強い事実に慌てて寝台から抜け出すと、部屋から飛び出た。
リーヌスの部屋の扉は開けっぱなしだったので、室内を見回したが、誰も居ない。
――机上に走り書きがあるのを見つけて、恐る恐る手に取って目で追う。
"お前とはここまでだ。神殿に戻れ。"
ヘルマンはその場に膝をつき、瞳を閉じると大きく息を吐き出す。
「またか……また、棄てられてしまったな……」
一体、何をしてるのだ自分は。
ヘルマンはしばし呆然としていたが、やがて起き上がると荷物をまとめて、宿を出て行った。
リーヌスの行方を知ろうとする気力もなくて、歩くだけで精一杯だった。
神殿への道のりを、リーヌスとの旅路を辿りながら戻っていたので、思った以上に時間がかかり、着いた時には季節が変わっていた。
薄着だとガタガタと震えてしまう。
ヘルマンに気付いた神官達が温かい部屋に連れて行ってくれる。
皆、驚いていたが、誰も文句など言わないでくれた。
事情を話すと納得してくれて、神殿の最奥の部屋をあてがわれて、贄となる日まで、自由に過ごして良いと許可を貰えた。
そこに、珍妙な客がいて目を丸くする。
小さな黒犬が、寝台の上に鎮座していたのだ。
「どうした、ここはお前の住処なのか?」
『違う』
「ひ!?」
犬が喋った!?
ヘルマンは驚きのあまりよろけて頭を壁にぶつけてしまった。
あやうく足首をひねる所だった。
犬がぴょんと寝台から降りてヘルマンの傍に走ってくる。
見た目は犬そのままだ。
『我はお前の監視役として女神から遣わされた』
「な、なんだと?」
『お前が逃げ出さないか監視する為だ』
「……ん? 女神は、贄がどこにいようと命を奪いに来る筈では?」
『ば、馬鹿者! 逃げるというのは、自死しないかどうかと言うことだ!』
「ああ……そうか、確かに自死した魂は女神は奪えないと言われていたな」
『我の役目は、お前の話し相手でもあるのだ』
「話し相手?」
『そうだ。女神様の慈愛だ』
喜べ、とふんぞり返る黒犬は凜々しい顔つきをしているのに、仕草が可愛くて思わず抱き上げて頭を撫でた。
「よしよし。可愛い犬だな」
『ま、待て! きやすくさわるな!』
「おお、すまんすまん」
犬は尻尾を振っているのでまんざらではない様子だが、素直じゃない性格のようだ。
ヘルマンはなんだか久しぶりに楽しい気分になり、暫く犬と語らう事に決めた。
犬にはミルクを飲ませてやり、膝に乗せてヘルマンは酒をあおる。
酒は限られた種類しか飲んではいけないので、飽きた味だったが、この犬と喋っていると新鮮な味のような錯覚を覚えた。
犬はヘルマンの膝の上で、尻尾を振りながらお喋りする。
「……というわけで、私は彼がきっかけで神官になったんだ」
『……わからないなあ、何故、そんな男に惚れて……神官になるのか』
「おかしいだろうな」
『誰が良い人を見つけて、結婚して家族が欲しいとは思わなかったのか?』
ヘルマンは顔を振る。
そんな風に切り替えられるなら、神官になどなっていない。
「あのまま、一人で生きていくと決めたが、気が触れてしまいそうになった。危機感を覚えて制約が欲しくなったんだ」
『わざわざ神に身を捧げずとも、別の術があったのでは?』
「……救いを求めたのかもしれないな」
『その神は、お前の魂をくらうんだぞ? 何が救いだ!』
「お、おい、落ち着け!」
膝の上で暴れる犬を両手で掴み、あやすように頭を何度も撫でてやる。
すると、尻尾を振るのでひとまずは落ち着いた様子だ。
――そうか。私は、一人じゃないんだな。
「刻が来るまで……よろしく頼む」
『あ、ああ!』
ヘルマンは久しぶりに胸に温かさを感じて、頬が緩んだ。
その日、犬と一緒に就寝したら、ぐっすりと眠れて有りがたかった。
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