ある神官の告白

彩月野生

文字の大きさ
8 / 10

女神の悪戯

しおりを挟む

見上げた空では、雲が急激な動きで変貌を遂げている。
本来であれば一雨ありそうなのだが、この世界はずっと晴れており、空も雲もお飾りのようなものなのだ。

まだ慣れない土地をふらつきながら歩いていると、空から声が降ってきた。

『どうだ、そろそろ慣れたか』
「見ての通りふらふらです、すみません!」
『ゆっくりで良い。お前は特別なのだからなヘルマンよ』
「あ、ありがとうございます!」

返事を返すと、女神の気配はすうっと消えていた。

不思議な話だ、とヘルマンは自分の新しい身体を改めて確認する。
女神によって、人間の肉体から魂を取られたあの日以来、この神の世界で新しい肉体を与えられ、使者としての役目を負って生きていた。

肌の色は褐色で、耳は少し尖っており、ダークエルフを連想させる容姿だ。
女神はヘルマンの魂を気に入っており、初めから使者として傍で仕えさせるつもりだったらしい。
この肉体は女神の趣味のようだが、様々な魔術を行使できる上に不老長寿なので、非常に便利だ。

ただ、人間の世界には降りられないのが唯一の不満点だった。
ヘルマンはあくまでも神同士の使いとして働いている。
丘の上に設けて貰った家に帰って、寝室で大きな鏡を覗き込んだ。

そこにはある人物が映し出される。

「リーヌス……」

女神に頼み込み、リーヌスの様子を鏡に映し出すようにしてもらったのだ。
少し疲労の色が濃いのが気がかりだ。

映し出すのは、彼の外出先での行動のみにしてもらった。
日常生活の全てを見るのは、罪悪感がわいてしまうから。

覗き見をしている時点で言い訳にもならないが、長すぎる新たな日々に、少しの癒やしを欲してしまった結果である。

それに、彼にはずっと振り回されてきた。
時々、人間だった時の最後の日を思い出す。
あの時に見た、甘い夢と彼の背中が重なり、頭痛がしてくる。

最近のリーヌスの変化に戸惑う事が多い。
まず、恋人であったあの少年の姿がなく、代わりにあの黒犬が隣にいるのだ。
犬はしゃべれなくなっているようで、リーヌスに尻尾をふってはじゃれつている。

まさか、あの黒犬の飼い主がリーヌスだったとは……女神に聞いても、黒犬の事など知らないと言っていた。


今となっては犬が喋っていた内容が思い出せず、悔しい限りだ。

――あ。

ふいに、鏡の中のリーヌスと視線があってひどく動揺する。
こちらの姿など見えていない筈なのに、まるで見えているかのような――。

〝ヘルマン!〟

――!?

今、声が直接聞こえたような……?

その瞬間、目の前の鏡にヒビが入り、光輝いた。
悲鳴を上げる暇もなく、光に包み込まれる。

光がおさまり、そっと目をあけると……誰かが立っているのが見えた。

金髪の翡翠の瞳の男。

「リーヌス?」
「やはり、そういう事か!」

ヘルマンは、爆発しそうな心臓の音が、脳内に響くのを感じて床にはいつくばっていた。
状況に思考が追いつかない。

何故、どうして、リーヌスがここへ?
鏡から覗き込んだ自分の存在に何故気づけた?

「ヘルマンだな?」
「え、え?」
「お前の身体は保管してある、帰るぞ」
「え?」

――今、なんと言った?

伸ばされた手を見つめて、触れようとは思えない。
顔を振って拒絶すると、強引に手首を掴まれて引っ張られる。
ヘルマンはリーヌスの手を振り払うと、魔術を行使した。
二人の間には結界が張られた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...