ある神官の告白

彩月野生

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女神の悪戯

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見上げた空では、雲が急激な動きで変貌を遂げている。
本来であれば一雨ありそうなのだが、この世界はずっと晴れており、空も雲もお飾りのようなものなのだ。

まだ慣れない土地をふらつきながら歩いていると、空から声が降ってきた。

『どうだ、そろそろ慣れたか』
「見ての通りふらふらです、すみません!」
『ゆっくりで良い。お前は特別なのだからなヘルマンよ』
「あ、ありがとうございます!」

返事を返すと、女神の気配はすうっと消えていた。

不思議な話だ、とヘルマンは自分の新しい身体を改めて確認する。
女神によって、人間の肉体から魂を取られたあの日以来、この神の世界で新しい肉体を与えられ、使者としての役目を負って生きていた。

肌の色は褐色で、耳は少し尖っており、ダークエルフを連想させる容姿だ。
女神はヘルマンの魂を気に入っており、初めから使者として傍で仕えさせるつもりだったらしい。
この肉体は女神の趣味のようだが、様々な魔術を行使できる上に不老長寿なので、非常に便利だ。

ただ、人間の世界には降りられないのが唯一の不満点だった。
ヘルマンはあくまでも神同士の使いとして働いている。
丘の上に設けて貰った家に帰って、寝室で大きな鏡を覗き込んだ。

そこにはある人物が映し出される。

「リーヌス……」

女神に頼み込み、リーヌスの様子を鏡に映し出すようにしてもらったのだ。
少し疲労の色が濃いのが気がかりだ。

映し出すのは、彼の外出先での行動のみにしてもらった。
日常生活の全てを見るのは、罪悪感がわいてしまうから。

覗き見をしている時点で言い訳にもならないが、長すぎる新たな日々に、少しの癒やしを欲してしまった結果である。

それに、彼にはずっと振り回されてきた。
時々、人間だった時の最後の日を思い出す。
あの時に見た、甘い夢と彼の背中が重なり、頭痛がしてくる。

最近のリーヌスの変化に戸惑う事が多い。
まず、恋人であったあの少年の姿がなく、代わりにあの黒犬が隣にいるのだ。
犬はしゃべれなくなっているようで、リーヌスに尻尾をふってはじゃれつている。

まさか、あの黒犬の飼い主がリーヌスだったとは……女神に聞いても、黒犬の事など知らないと言っていた。


今となっては犬が喋っていた内容が思い出せず、悔しい限りだ。

――あ。

ふいに、鏡の中のリーヌスと視線があってひどく動揺する。
こちらの姿など見えていない筈なのに、まるで見えているかのような――。

〝ヘルマン!〟

――!?

今、声が直接聞こえたような……?

その瞬間、目の前の鏡にヒビが入り、光輝いた。
悲鳴を上げる暇もなく、光に包み込まれる。

光がおさまり、そっと目をあけると……誰かが立っているのが見えた。

金髪の翡翠の瞳の男。

「リーヌス?」
「やはり、そういう事か!」

ヘルマンは、爆発しそうな心臓の音が、脳内に響くのを感じて床にはいつくばっていた。
状況に思考が追いつかない。

何故、どうして、リーヌスがここへ?
鏡から覗き込んだ自分の存在に何故気づけた?

「ヘルマンだな?」
「え、え?」
「お前の身体は保管してある、帰るぞ」
「え?」

――今、なんと言った?

伸ばされた手を見つめて、触れようとは思えない。
顔を振って拒絶すると、強引に手首を掴まれて引っ張られる。
ヘルマンはリーヌスの手を振り払うと、魔術を行使した。
二人の間には結界が張られた。


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