みよりとユユのメタルなご縁

彩月野生

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第2話〈ユユの過去話〉

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 朝のミーティングを済ませ、達成できる筈もない目標を宣言していざ外回りへ。
 全てが社長の意見で定められた社訓は、まさに社畜を生み出す為のルールでうんざりする。
 みよりはわざわざ紙媒体で渡された社訓を丸めてリュックサックのポケットに押し込む。
 今日も今日とて秋葉原で商品の売り込みである。
 高齢者が多く在住している神田明神周辺に突撃を決行したはいいが、大抵は玄関先の挨拶で断られた。
 しつこくすれば警察を呼ばれかねない。
 みよりは早々に切り上げることに。顔をあげたら鼻に何かがまい落ちてくすぐったい。
 指で摘まんで淡い色の花びらに嘆息する。
「桜かあ」
 お花見してないなあ。そんな思いで見上げた桜の木は満開で。
 青空によく映えている。
 その視界の隅に映り込む鉄骨の建物。
 偶然にも桜の名の入った『桜荘』である。
 そこでは時代に取り残された人たちが寄り添うように暮らしていと教えてもらった。
 ーーあそこにユユさんが住んでるんだよね。
 秋葉原駅前のカフェにてはじめて出会ってから、彼女とはよく話すようになった。
 みよりが仕事の休憩の度にあのカフェを利用するので、いつも同じ時間帯に人を眺めているユユとでくわすのだ。
 ーーその内に一緒にお茶するようになっちゃったんだよね。
 ずっと見られてるのも気になって休めないので、思いきって仲良くなってしまうのが得策だと思い付いたのだ。
 すると、ユユが饒舌で話のネタが尽きなくて打ち解けるまで時間はかからなかった。
 みよりは仕事の愚痴ばかりしゃべってしまうが、ユユは文句の一つもこぼさず聴いてくれた。
 ただ決まってこういうのだ。
「私はきちんと働いた事がないからわからないんだけど」
 と。
 みよりは今日もあのカフェで休もうと、秋葉原駅へ足を進める。
 土曜日ともあって人が多い。
 いつものカフェを覗けば、すでに彼女が席を陣取っていた。
「こんにちは~」
 みよりはリュックサックを隣の椅子に置きながらユユに挨拶する。
「こんにちはみよりちゃん」
 ユユはその硬い顔を傾げて挨拶を返してくれた。
 表情が変わらない代わりに声音で感情を読むみより。
 ユユはつばの広いピンクの帽子と花柄のワンピースを着ている。
 帽子は顔を隠すため、ワンピースは身体を隠すため。
 そんな理由で着用することが多いと言っていた。
 みよりはアイスティーとデザート用のあんぱんを購入して席に戻る。
「そういえば、ユユさんて味はわかるんですか」
 ユユにも買ったので手渡しながら軽い気持ちで質問した。
 だが、彼女は首を横に振ってひとこと。
「ほんのちょっとだけしか」
「……そうなんですか」
 みよりはそんな言葉しかかけられない事に罪悪感を覚える。
 ーーユユさんとあってからこうしてお話するのって、五回目だっけ。
 あれから毎週土曜日の同じ時間に会っている。
 その間にいろいろと彼女の人生について質問して。
 わかった事実は、ユユ自ら望んでそんな身体になったという事。
 みよりは先日の会話内容を脳内で再生する。
『私が16の頃にね、身体の一部をメタルにする事が流行っていたの』
『メタルって』
『おしゃれ感覚でね。秋葉原で流行りはじめて』
 ユユはお嬢様だったので、お金を湯水のように使い、自由奔放に遊び回っていたという。
「この間の続き訊きたい?」
「あ、でも無理にとは」
 みよりが申し訳なさそうに目を泳がせるが、好奇心を隠せなかった。
 ユユは楽しそうに語り始める。

 ユユの青春時代は、日本が災害を乗り越え、国民が心を一つにする時だと一体感があった時代だった。
 そんな中で若者は自由と希望の象徴であった。
 若くて綺麗で世間知らずなお嬢様は、毎日素敵だと友に誉められて調子に乗り、もっと注目されたいと願っていたのだ。
 日本が再び宇宙事業への進出を目指す最中、盛り上がる世間ではロボットに注目が集まる。
 やがて個人がペット代わりに購入したり自作したりして、SNSにアップしては承認欲求を満たす者達で溢れかえる。
 ユユもその内の一人であり、つい他者よりも目立つ方法を探していたらーー。
「メタル化ねえ」
 その広告は、秋葉原電気街口に並ぶ個人店の一つに貼られていた。
 加工された少女のイラスト。その片腕が銀色に輝いている。
 興味本位でユユは店内を覗く。すると、タンクトップに半ズボンの出で立ちのぽっちゃりな若い男が、サングラスの奥の目を見開いて歓迎している。
「いらっしゃい! 良かったらカタログ見てって~」
「はあ」
 当時のユユはロリータスタイルを好んで着こなしており、ふわふわの髪とスカートが、狭い店の中の行動を邪魔した。
 億劫になり内心で「やっぱりやめておくべきだった」と文句をいいつつも、カタログを確認してみると惹かれる気持ちになるから不思議だった。
 ユユは手始めにハート型のメタルを埋め込む事にして、早速店主に申し込んだ。
 実際に埋め込まれたハートのメタルはかっこかわいいという表現がぴったりで、ユユの取り巻きは盛り上がる。
「ユユさん、良子さんがさっき歩いてたんですけど」
「良子がどうかしたの?」
 ユユを真似た格好をしている取り巻きの少女が、そっと耳打ちをしてきたので話を聞くとーーユユがライバル視している良子が最近、片腕をメタル化したらしい。
 この桜学園は、様々な理由で少なくなった都内の子供達を寄せ集めたので、その能力に応じて学年やクラスが決まる。
 ユユは年相応の偏差値で高校二年生のB組に属していた。
 良子は同じ二年生ではあるが歳は二つ上であり、Aクラスに属している。
 病気の為に勉強が追い付かなかったという理由を知ってはいたが、お嬢様で容姿が美しく、ユユ同様に注目の的であった。
 ーーどうしてそんな真似を。
 良子の家は裕福であったので金だけはある。
 どんな心境で手術をしたのかは不明だが、周囲の注目が良子に向けられているのを感じてーーユユの嫉妬心に火がついた。
 早速、例の店『スターダスト』に連絡を入れる。
 そこでユユは父親名義のクレジットカードを使用して、全身をメタル化したのだった。
 脳や心臓、内臓以外はメタル化する大がかりな手術だ。
 その際、店主からは『元の姿には戻れない』そう聞かされていたが、大した問題ではないと感じていた。
 ーー全身手術すれば大丈夫。
 お金はある。腕のいい医者に頼めば戻れる筈と軽く考えていた。
 やがて訪れる悪夢を知らぬまま。

「そ、それでどうなったんですか」
 みよりは大好きなあんぱんも食べないでユユの過去話に夢中だ。
 ユユは笑顔になれない代わりに高い声を出して。
「両親に泣かれるし、皆には引かれるし、ついにはあそこに閉じ込められたわ」
「もしかして桜荘ですか」
 ガシャッとユユは頷く。
 みよりは思う。
 街を歩けない、ご飯の味はわからない、皆には捨てられる。
 生きていて何が楽しいのだろうかと。





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