2 / 7
第2話〈ユユの過去話〉
しおりを挟む
朝のミーティングを済ませ、達成できる筈もない目標を宣言していざ外回りへ。
全てが社長の意見で定められた社訓は、まさに社畜を生み出す為のルールでうんざりする。
みよりはわざわざ紙媒体で渡された社訓を丸めてリュックサックのポケットに押し込む。
今日も今日とて秋葉原で商品の売り込みである。
高齢者が多く在住している神田明神周辺に突撃を決行したはいいが、大抵は玄関先の挨拶で断られた。
しつこくすれば警察を呼ばれかねない。
みよりは早々に切り上げることに。顔をあげたら鼻に何かがまい落ちてくすぐったい。
指で摘まんで淡い色の花びらに嘆息する。
「桜かあ」
お花見してないなあ。そんな思いで見上げた桜の木は満開で。
青空によく映えている。
その視界の隅に映り込む鉄骨の建物。
偶然にも桜の名の入った『桜荘』である。
そこでは時代に取り残された人たちが寄り添うように暮らしていと教えてもらった。
ーーあそこにユユさんが住んでるんだよね。
秋葉原駅前のカフェにてはじめて出会ってから、彼女とはよく話すようになった。
みよりが仕事の休憩の度にあのカフェを利用するので、いつも同じ時間帯に人を眺めているユユとでくわすのだ。
ーーその内に一緒にお茶するようになっちゃったんだよね。
ずっと見られてるのも気になって休めないので、思いきって仲良くなってしまうのが得策だと思い付いたのだ。
すると、ユユが饒舌で話のネタが尽きなくて打ち解けるまで時間はかからなかった。
みよりは仕事の愚痴ばかりしゃべってしまうが、ユユは文句の一つもこぼさず聴いてくれた。
ただ決まってこういうのだ。
「私はきちんと働いた事がないからわからないんだけど」
と。
みよりは今日もあのカフェで休もうと、秋葉原駅へ足を進める。
土曜日ともあって人が多い。
いつものカフェを覗けば、すでに彼女が席を陣取っていた。
「こんにちは~」
みよりはリュックサックを隣の椅子に置きながらユユに挨拶する。
「こんにちはみよりちゃん」
ユユはその硬い顔を傾げて挨拶を返してくれた。
表情が変わらない代わりに声音で感情を読むみより。
ユユはつばの広いピンクの帽子と花柄のワンピースを着ている。
帽子は顔を隠すため、ワンピースは身体を隠すため。
そんな理由で着用することが多いと言っていた。
みよりはアイスティーとデザート用のあんぱんを購入して席に戻る。
「そういえば、ユユさんて味はわかるんですか」
ユユにも買ったので手渡しながら軽い気持ちで質問した。
だが、彼女は首を横に振ってひとこと。
「ほんのちょっとだけしか」
「……そうなんですか」
みよりはそんな言葉しかかけられない事に罪悪感を覚える。
ーーユユさんとあってからこうしてお話するのって、五回目だっけ。
あれから毎週土曜日の同じ時間に会っている。
その間にいろいろと彼女の人生について質問して。
わかった事実は、ユユ自ら望んでそんな身体になったという事。
みよりは先日の会話内容を脳内で再生する。
『私が16の頃にね、身体の一部をメタルにする事が流行っていたの』
『メタルって』
『おしゃれ感覚でね。秋葉原で流行りはじめて』
ユユはお嬢様だったので、お金を湯水のように使い、自由奔放に遊び回っていたという。
「この間の続き訊きたい?」
「あ、でも無理にとは」
みよりが申し訳なさそうに目を泳がせるが、好奇心を隠せなかった。
ユユは楽しそうに語り始める。
ユユの青春時代は、日本が災害を乗り越え、国民が心を一つにする時だと一体感があった時代だった。
そんな中で若者は自由と希望の象徴であった。
若くて綺麗で世間知らずなお嬢様は、毎日素敵だと友に誉められて調子に乗り、もっと注目されたいと願っていたのだ。
日本が再び宇宙事業への進出を目指す最中、盛り上がる世間ではロボットに注目が集まる。
やがて個人がペット代わりに購入したり自作したりして、SNSにアップしては承認欲求を満たす者達で溢れかえる。
ユユもその内の一人であり、つい他者よりも目立つ方法を探していたらーー。
「メタル化ねえ」
その広告は、秋葉原電気街口に並ぶ個人店の一つに貼られていた。
加工された少女のイラスト。その片腕が銀色に輝いている。
興味本位でユユは店内を覗く。すると、タンクトップに半ズボンの出で立ちのぽっちゃりな若い男が、サングラスの奥の目を見開いて歓迎している。
「いらっしゃい! 良かったらカタログ見てって~」
「はあ」
当時のユユはロリータスタイルを好んで着こなしており、ふわふわの髪とスカートが、狭い店の中の行動を邪魔した。
億劫になり内心で「やっぱりやめておくべきだった」と文句をいいつつも、カタログを確認してみると惹かれる気持ちになるから不思議だった。
ユユは手始めにハート型のメタルを埋め込む事にして、早速店主に申し込んだ。
実際に埋め込まれたハートのメタルはかっこかわいいという表現がぴったりで、ユユの取り巻きは盛り上がる。
「ユユさん、良子さんがさっき歩いてたんですけど」
「良子がどうかしたの?」
ユユを真似た格好をしている取り巻きの少女が、そっと耳打ちをしてきたので話を聞くとーーユユがライバル視している良子が最近、片腕をメタル化したらしい。
この桜学園は、様々な理由で少なくなった都内の子供達を寄せ集めたので、その能力に応じて学年やクラスが決まる。
ユユは年相応の偏差値で高校二年生のB組に属していた。
良子は同じ二年生ではあるが歳は二つ上であり、Aクラスに属している。
病気の為に勉強が追い付かなかったという理由を知ってはいたが、お嬢様で容姿が美しく、ユユ同様に注目の的であった。
ーーどうしてそんな真似を。
良子の家は裕福であったので金だけはある。
どんな心境で手術をしたのかは不明だが、周囲の注目が良子に向けられているのを感じてーーユユの嫉妬心に火がついた。
早速、例の店『スターダスト』に連絡を入れる。
そこでユユは父親名義のクレジットカードを使用して、全身をメタル化したのだった。
脳や心臓、内臓以外はメタル化する大がかりな手術だ。
その際、店主からは『元の姿には戻れない』そう聞かされていたが、大した問題ではないと感じていた。
ーー全身手術すれば大丈夫。
お金はある。腕のいい医者に頼めば戻れる筈と軽く考えていた。
やがて訪れる悪夢を知らぬまま。
「そ、それでどうなったんですか」
みよりは大好きなあんぱんも食べないでユユの過去話に夢中だ。
ユユは笑顔になれない代わりに高い声を出して。
「両親に泣かれるし、皆には引かれるし、ついにはあそこに閉じ込められたわ」
「もしかして桜荘ですか」
ガシャッとユユは頷く。
みよりは思う。
街を歩けない、ご飯の味はわからない、皆には捨てられる。
生きていて何が楽しいのだろうかと。
全てが社長の意見で定められた社訓は、まさに社畜を生み出す為のルールでうんざりする。
みよりはわざわざ紙媒体で渡された社訓を丸めてリュックサックのポケットに押し込む。
今日も今日とて秋葉原で商品の売り込みである。
高齢者が多く在住している神田明神周辺に突撃を決行したはいいが、大抵は玄関先の挨拶で断られた。
しつこくすれば警察を呼ばれかねない。
みよりは早々に切り上げることに。顔をあげたら鼻に何かがまい落ちてくすぐったい。
指で摘まんで淡い色の花びらに嘆息する。
「桜かあ」
お花見してないなあ。そんな思いで見上げた桜の木は満開で。
青空によく映えている。
その視界の隅に映り込む鉄骨の建物。
偶然にも桜の名の入った『桜荘』である。
そこでは時代に取り残された人たちが寄り添うように暮らしていと教えてもらった。
ーーあそこにユユさんが住んでるんだよね。
秋葉原駅前のカフェにてはじめて出会ってから、彼女とはよく話すようになった。
みよりが仕事の休憩の度にあのカフェを利用するので、いつも同じ時間帯に人を眺めているユユとでくわすのだ。
ーーその内に一緒にお茶するようになっちゃったんだよね。
ずっと見られてるのも気になって休めないので、思いきって仲良くなってしまうのが得策だと思い付いたのだ。
すると、ユユが饒舌で話のネタが尽きなくて打ち解けるまで時間はかからなかった。
みよりは仕事の愚痴ばかりしゃべってしまうが、ユユは文句の一つもこぼさず聴いてくれた。
ただ決まってこういうのだ。
「私はきちんと働いた事がないからわからないんだけど」
と。
みよりは今日もあのカフェで休もうと、秋葉原駅へ足を進める。
土曜日ともあって人が多い。
いつものカフェを覗けば、すでに彼女が席を陣取っていた。
「こんにちは~」
みよりはリュックサックを隣の椅子に置きながらユユに挨拶する。
「こんにちはみよりちゃん」
ユユはその硬い顔を傾げて挨拶を返してくれた。
表情が変わらない代わりに声音で感情を読むみより。
ユユはつばの広いピンクの帽子と花柄のワンピースを着ている。
帽子は顔を隠すため、ワンピースは身体を隠すため。
そんな理由で着用することが多いと言っていた。
みよりはアイスティーとデザート用のあんぱんを購入して席に戻る。
「そういえば、ユユさんて味はわかるんですか」
ユユにも買ったので手渡しながら軽い気持ちで質問した。
だが、彼女は首を横に振ってひとこと。
「ほんのちょっとだけしか」
「……そうなんですか」
みよりはそんな言葉しかかけられない事に罪悪感を覚える。
ーーユユさんとあってからこうしてお話するのって、五回目だっけ。
あれから毎週土曜日の同じ時間に会っている。
その間にいろいろと彼女の人生について質問して。
わかった事実は、ユユ自ら望んでそんな身体になったという事。
みよりは先日の会話内容を脳内で再生する。
『私が16の頃にね、身体の一部をメタルにする事が流行っていたの』
『メタルって』
『おしゃれ感覚でね。秋葉原で流行りはじめて』
ユユはお嬢様だったので、お金を湯水のように使い、自由奔放に遊び回っていたという。
「この間の続き訊きたい?」
「あ、でも無理にとは」
みよりが申し訳なさそうに目を泳がせるが、好奇心を隠せなかった。
ユユは楽しそうに語り始める。
ユユの青春時代は、日本が災害を乗り越え、国民が心を一つにする時だと一体感があった時代だった。
そんな中で若者は自由と希望の象徴であった。
若くて綺麗で世間知らずなお嬢様は、毎日素敵だと友に誉められて調子に乗り、もっと注目されたいと願っていたのだ。
日本が再び宇宙事業への進出を目指す最中、盛り上がる世間ではロボットに注目が集まる。
やがて個人がペット代わりに購入したり自作したりして、SNSにアップしては承認欲求を満たす者達で溢れかえる。
ユユもその内の一人であり、つい他者よりも目立つ方法を探していたらーー。
「メタル化ねえ」
その広告は、秋葉原電気街口に並ぶ個人店の一つに貼られていた。
加工された少女のイラスト。その片腕が銀色に輝いている。
興味本位でユユは店内を覗く。すると、タンクトップに半ズボンの出で立ちのぽっちゃりな若い男が、サングラスの奥の目を見開いて歓迎している。
「いらっしゃい! 良かったらカタログ見てって~」
「はあ」
当時のユユはロリータスタイルを好んで着こなしており、ふわふわの髪とスカートが、狭い店の中の行動を邪魔した。
億劫になり内心で「やっぱりやめておくべきだった」と文句をいいつつも、カタログを確認してみると惹かれる気持ちになるから不思議だった。
ユユは手始めにハート型のメタルを埋め込む事にして、早速店主に申し込んだ。
実際に埋め込まれたハートのメタルはかっこかわいいという表現がぴったりで、ユユの取り巻きは盛り上がる。
「ユユさん、良子さんがさっき歩いてたんですけど」
「良子がどうかしたの?」
ユユを真似た格好をしている取り巻きの少女が、そっと耳打ちをしてきたので話を聞くとーーユユがライバル視している良子が最近、片腕をメタル化したらしい。
この桜学園は、様々な理由で少なくなった都内の子供達を寄せ集めたので、その能力に応じて学年やクラスが決まる。
ユユは年相応の偏差値で高校二年生のB組に属していた。
良子は同じ二年生ではあるが歳は二つ上であり、Aクラスに属している。
病気の為に勉強が追い付かなかったという理由を知ってはいたが、お嬢様で容姿が美しく、ユユ同様に注目の的であった。
ーーどうしてそんな真似を。
良子の家は裕福であったので金だけはある。
どんな心境で手術をしたのかは不明だが、周囲の注目が良子に向けられているのを感じてーーユユの嫉妬心に火がついた。
早速、例の店『スターダスト』に連絡を入れる。
そこでユユは父親名義のクレジットカードを使用して、全身をメタル化したのだった。
脳や心臓、内臓以外はメタル化する大がかりな手術だ。
その際、店主からは『元の姿には戻れない』そう聞かされていたが、大した問題ではないと感じていた。
ーー全身手術すれば大丈夫。
お金はある。腕のいい医者に頼めば戻れる筈と軽く考えていた。
やがて訪れる悪夢を知らぬまま。
「そ、それでどうなったんですか」
みよりは大好きなあんぱんも食べないでユユの過去話に夢中だ。
ユユは笑顔になれない代わりに高い声を出して。
「両親に泣かれるし、皆には引かれるし、ついにはあそこに閉じ込められたわ」
「もしかして桜荘ですか」
ガシャッとユユは頷く。
みよりは思う。
街を歩けない、ご飯の味はわからない、皆には捨てられる。
生きていて何が楽しいのだろうかと。
0
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる