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魔王の正体

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 首を掴まれて宙へと持ち上げられた。
 その瞬間に術は解かれ、首を締め上げられる痛みと呼吸ができない苦しみに喘ぐ。

「うぅ……ぐ……」
「このままただ殺してしまっては面白くない。我の元で存分に可愛がってやろう!」
「ひ」

 ぱっと手が首から放され、地面に落下寸での所で身体を片腕で拘束される。
 その衝撃で身体が軋み、全身が痛んで意識が朦朧としてきた。
 地上が急速に遠のいていく――魔王が翼を広げて空へと舞い上がったのだ。
 ルナンは石像と化した仲間達……家族同然の彼らに手を伸ばす。

 ――ヴェルター、エルレイル……。

 耳をつんざくような爆風の中、ルナンは意識を沈ませた。

 
 夢を見ていた。
 ヴォロゼが隣で微笑んでいる。
 身体を重ねた夜に時々見せる苦しそうな表情が忘れられず、身を寄せて頭を胸元に抱きかかえた。
 
 ――ヴァロゼ……。

 その額に口づけをしようと唇を寄せると、赤い目が血を流して睨みつけていた。

「ル…ナ…ン…!」

 ――!?


 絶叫と共に起き上がると、その大声が自分のものだとわかり、転がり落ちた。

「いて!」

 寝台に寝かされていたようだ。
 ここはどこだろう。全身を確認してみる。
 服を着替えさせられており、身体も洗われているようだ。
 素肌から花のような香りが漂っている。
 顔を上げて室内を観察すると、高い天井の中心が硝子になっており、宝石が輝いていた。 
 振り返ると寝台には枕が二人分あった。
 
 ――この部屋は、いったい……。

 疑問が胸中に渦巻き、警戒しながら部屋の中を歩いてみる。
 壁の至る所に絵が描かれていて、美しい青年のようだった。
 よく見ると、同じ人物が様々な姿で描かれているようで、何だか深い愛情を感じて心が震えるような感覚がする。

 特に、男性同士で身を寄せ合い、微笑み会う姿には自然と口元が緩んだ。 
 この部屋は彼らが使用していた愛の巣なのだろうか。
 自分は確かあの恐ろしい魔王に連れ去られた筈――。

「う」

 頭痛がして蹲ると脳裏に石像と化した二人が蘇り、口の中が苦みを感じて頬が引きつった。
 こらえきれない涙が、瞼に溢れて頬を伝い落ちていく。
 
「……俺の、せいだ……」

 どうして自分は、命を奪われる予想をしなかったのだろう。
 ヴェルターもエルレイルも、その可能性は疑っていた筈だ。
 それなのに、自分のせいで判断を鈍らせてしまったのかも知れない。
 
 こんな頼りない王子の為に……。

「そんな隅で何をしている」
「――っ!」

 聞き慣れた男の声に、一瞬思考が止まる。
 ある予感に期待で胸が弾む。
 そっと振り返ると、そこには肩まで伸ばした銀髪をゆるく縛り、切れ長の青い目を細めて佇んでいる愛しい男がいた。

 ルナンは幻ではないかと戸惑いつつ、歩を進める。
 その目の前で足を止めると頬に手を伸ばして、触れようとした――。

 バシッと乾いた音を立てて振り払われ、冷たい目で見据えられて、脳裏に乱暴に抱かれた時が蘇り俯いた。

 ――そうだ、俺はヴァロゼに……。

 また会えた事が嬉しくて、つい恋人のように歩み寄ってしまった事を悔いる。視線を落としていると嗤い声に向き直った。

「剣を奪われてまんまと追ってきたな。お前は死ぬまでなぶり続けてやる」
「ど、どうして」
「俺の愛する者を奪ったお前達人間を、決してゆるさない!」

 愛する者を、奪った?

 ルナンはヴァロゼが言い放った言葉を脳裏で反芻する。
 話が見えない……少なくとも、誰か人を殺めた記憶などない。

「その壁に描いたのは、アンデルを忘れない為のものだ!」
「……?」

 それが、ヴァロゼが愛した人の名前……?

 氷の刃のような視線に射貫かれて足がすくむ。

「まだ分からぬか、人間の王子よ」
 
 ヴァロゼの口元がつり上がり、地の底から響くような声が轟いた。彼の身体が変化していくのを見つめ――ルナンは尻餅をついて目を見開いた。

 それはオーガだった。頭の左右に生えた角、むき出しの牙、鋭い眼光、均衡の取れた筋骨隆々とした巨体。

「魔王!?」
「やっと理解したか、お前に近づいたのはお前の身も心もなぶり倒すため!」

 重苦しい声を響かせ、魔王――ヴォロゼが盛大に嗤い声を上げて肉体を揺らす。

 ――好きになった人が、魔王だったなんて……。

 ルナンは視界が真っ暗になった気がして、息を飲んだ。
   
 
 再びヴァロゼに抱え上げられ、寝台に放り投げられる。
 背中から思い切り打ち付けられ痛みに呻くと、人の姿に戻ったヴァロゼが睨めつけてきた。

「貴様はこの城から一歩も出さん。身体を作りかえてその生涯を我に捧げろ!」
「……ヴァロゼ!?」

 憎悪に満ちた言葉を残し、ヴァロゼは部屋から出て行ってしまった。残されたルナンはしばらく呆然と宙を見つめていたが、目眩に襲われて仰向けに寝転がり、目を閉じた。
 
 思考がまとまらない。
 ……一体、どうすればいいのだろう……。

「こんな時、エルレイルがいてくれたら、なんて言ったかな」

 呟いた声が虚しく空間にとけていく。
 大切な仲間を失って、魔王に捕らわれてしまった。
 せめてラントは無事であって欲しい。

 ――ヴァロゼが、魔王だった……愛していた人がいたんだ……。

 愛する人を奪われたと言っていた。ルナンにはまるで覚えがなかったが、人間とくくっていたのを考えれば、何か分かる事があるかも知れない。

 顔を両手で覆うとこみ上げる悲しみを無理矢理抑え込もうとして、失敗する。涙が止めどなく溢れては頬を流れ落ちていく。
 
 残された道は、聖剣を取り返して、魔王であるヴァロゼを斬る事だ。そうすれば、人々の自由を取り戻す事がきっとできる。
 ヴェルターもエルレイルも、それを一番望んでいる。

「……わかってる、けど……」

 一人で、何ができる。

 四肢が重くて、起き上がれる気がしなかった。

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