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共通ルート

EP7_⑥

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(んひぇ~……ヒルだぁ~!)

 朝霧に包まれた森の中、足元を這い回るヒルの群れにビビり散らかしながら茂みを分け入って進んで行くと、セレアは巨大な湖に辿り着いた。

 波一つない厳粛な空気と、朝霧による不良な視界。
 空一面に広がる白い雲の切れ目から降り注ぐ僅かな陽光が、鏡のように透き通る水面を照らしている。

(綺麗な湖ねぇ……。
 これが現実なら、今すぐ泳ぎたいくらい……。)

 もし、この光景が現実なら、嵩張かさばる喪服を脱ぎ捨てて、今すぐにでも身を清めたい気分だ。
 大自然の中で一糸纏わぬ姿を晒し、清涼な水を浴びる。葬式のジメッとした嫌な空気を洗い流す解放感は、天にも昇るほどの快楽に他ならない。

「間違いない……ここがの中心。 半径300㎞の……。」

 湖畔に屈み込み、ウットリとした視線で水面を眺めていたセレア。そんな彼女の背後から、少年の声がした。

 右手にコンパス、左手にボロボロの地図。
 探検家のような大荷物を背負って周囲を見渡しながら、少年は何やら不思議な事を呟いている。

「パワースポットなんて物があるなら……間違いなく、ここの筈だ。」

(パワースポット?)

 少年が口にした、不可解な単語。
 科学文明が発達した奇跡の世界Earthにおいて、あまりにも異質な神秘主義スピリチュアルが、セレアの脳内で違和感を掻き立てる。

「神頼みなんて嫌いだ……迷信なんて大嫌いだ……。
 それでも……お願いします……神様……!」

(なんか……嫌な予感が……。)

 鬼気迫る表情で水面を見つめ、天に聞こえる声で祈る。そんな少年の様子に、嫌な予感がした。

 そして、セレアの直感は現実となる――。

「僕を生贄に……フィリを助けてください!」

「ッ!? 待ちなさい! 坊や!」

 聞こえない声で叫んで、触れない手を必死に伸ばす。
 この世界が幻だと分かっていても、目の前で人が死ぬのは見過ごせない。セレアは、そういう女だった。

 入水自殺と引き換えに、末期の妹を助ける。その心意気は立派だが、客観的に見れば妄言の類である。
 たとえ水に飛び込んだとしても、その見返りなど何も無い。ただ単に、自分の命を失うだけなのだ。

 ――だがソレは、これが現実であった場合だ。
 心像世界は記憶と虚構の融合により形成された、現実とは異なる事象。そこに、理屈は通用しない。

ピチピチッ……チャポンッ……!

(えっ?)

 手を伸ばしたセレアの目前で、少年の身体はへと変化した。
 あまりにも唐突に起こった異変に対して、理解が追いつかない彼女を置き去りにして、怪魚は吸い込まれるように湖へと落ちて行く――。

(変身して……落ちちゃった……。)
「これ……深い…………ぇ?」

 湖の深度を確かめようと、屈んで覗き込むセレア。
 その直後、波紋を掻き立ててて波立つ水面の中心から、一つの影が立ち上がり――。



 湖から浮上して来たのは、凛々しく雄々しい眼光を放つだった。
 キリッとした目鼻立ちと、シュッと引き締まった顔付き。先ほどの少年と同一人物だが、人間として数段上の存在に昇華されているのが一目で分かる。

(お義父とう……様?)

 セレアは、瞬時に確信した。
 この青年は、若き日の1だ。

 肥満体系の時は気付かなかったが、よく見ればその姿は彼に他ならない。
 アレスのような妖しい美貌も、ゼストのような輝かしい美貌も無い。ごく普通の素朴な青年。

(すごい……。)

 だが、彼女はどうしようもないほど――。

(とっても……素敵だわ……。)

 ――彼に、目を奪われていた。

(こんなに……素敵な殿方が……。)

 その立ち姿が、風格が、オーラが、何もかも強大に見える。
 見せかけの恰好ではなく、雄として圧倒的なほどに優れている事が一目で分かる覇気。

(ぁ……眼が……光った……。)

 特に特徴的なのは年老いてなお衰えない、圧倒的なまでの眼力だった。
 道を歩けば出会えそうなほど単純な構造の瞼、瞳、虹彩、まつ毛、黒目と白目と瞳孔。

 ありきたりな筈なのに、彼が彼だと一目で分かるほど、強烈な眼光を放っている。
 その眩しさに憧れて、誰も彼もが虜になる。灰縁のメガネに囲われた、魔性と神性の青緑。

(素敵……本当に……素敵な……。)

 朝霧の中でボゥっと灯った瞳の光に目を奪われ、セレアの心は現実味を喪失した心界の中に蕩けていく。
 幻想の中に囚われたセレアの視線は中空を漂流し、目の焦点が合わなくなる。意識の彩度が低下して、全てを投げ出したい衝動に駆られる。

 ――その直後。 

グオォォォォンッッッ!!!

「え…………ぁ。」

 夢見心地なセレアの眼前で、青年は突然咆哮を上げた。否、それは既に人の声ではない。
 白い霧の向こう、湖の真ん中に佇む彼のシルエットはいつの間にかへと変化していた。

 咆哮と共に吹き荒れた灼熱の廻炎かいえんが、湖を囲んで燃え盛る。
 ジリジリと躙り寄る火の手をボーッと眺めている彼女の元に、巨龍と化した青年が迫る。

「ぁ…………。」

グイッ……!

 螺旋を描く引力の渦に惹かれて、乙女の身体は引き寄せられる。
 龍の元に、領主の元に、ヴィルヘルム1世の元に、茫然自失とした夢心地のまま、引っ張られて行く。

 一歩、また一歩と、少しずつ。
 波形を伝える水面を、意図せずに歩きながら。背後から躙り寄る炎を悠然と受け流して、セレアは進む。

「お義父……様……。」

 恍惚とした笑みを浮かべながら、巨龍の膝下に縋り付こうとするセレア。
 目の前に居るのはであり、本当の義父ではない。ただ、に過ぎない筈なのだ。

 それなのに、彼女の中で芽生えた不純な想いは、そんな理性を溶かしてしまう。
 この巨龍が本当の義父であるのなら――そう思うだけで、が溢れてしまう――。

(怖い……のに……。)

 相手はだ。
 心像世界の顕現は多くの場合、殺意を伴った領域としての展開を意味する。
 相手を自身の領域に閉じ込め、術式による確殺を狙う。それが結界術に長けた、超一流の魔法使いの戦闘である。

 心像世界の性能は本人の気質と覚悟で全てが決まる。
 気高く、志の高い者。もしくは戦闘に適した人間の人格が、そのまま戦闘力に変わる。
 攻撃的で野心に満ちた者の精神構造が、そのままの形で術式となって展開されるのだ。

 だから――勝てない。
 セレアは確信する。この巨龍にも、義父が展開した世界そのものにも、自分は勝てない。

 目前の巨龍は外見だけでなく、その真髄に至るまでセレアより遥かに強い。存在としての規模が違う。
 吹き荒れる魔力の波動が獰猛な火花を散らし、熱波となって押し寄せる。身を焦がすような熱い衝動がセレアの身体に吹き付け、纏った衣類を燻る。

 近づけば近づくほど、照りつける熱波の密度は高くなり、身体は熱くなる。
 ところが、今のセレアにとって、その程度の事は何の問題でもなかった。

 恐怖と同時に彼女の頭に浮かんだ感情、それは――。

(カッコ……イイ……♡)

 鋭い牙、
 巨大な鉤爪、
 体表を覆い尽くす黒い鱗、
 その存在だけで他を圧倒する雄大な翼、
 龍の肉体を構成する全ての要素が凶悪なまでに雄を体現し、セレアの心身を満たすを刺激する。

(どうしましょう……胸が……ドキドキして………///)

 目前に立つ強大な雄に犯され、支配される事を、本能で望んでしまう。
 子宮が疼き、孕みたいと願ってしまう。魂が共鳴して、食べられたいと願ってしまう。

 雌として認められ、新たな命を授けられるか。
 認めてもらえずに食いちぎられ、命を奪われるか。
 どちらの結末に至っても嬉しい、そう思えるほどの高揚感。生来のMな快楽とは少し違う、品定めをされたいと願う気持ち。

 人類種ヒューマノイドが太古の彼方に置き去った、繁殖行動の本能。
 あらゆる野生動物が異性に対して放つ、自身の優位性を示す求愛アピールの仕草。

 ときに、恋心ロマンスという形となって発露する異性への本能的な意志を、セレアは容易く引き出されてしまった――。

(呼ばれてる……私を……求めてくれて……。)

 吹き付ける魔力の波動は、拒絶の色ではない。
 むしろ誘なわれ、求められている。「近くに寄れ」と言い付けられ、彼の膝下に呼び込まれている。
 
(はい……今……行きます…………♡)

 熱波の波動に燻られた漆黒の喪服は、もはや邪魔でしかなかった。
 邪魔な布こんなものは、もう必要ない。この場所には、二人の他に誰も居ない。野性と神秘に満ちたこの領域において、不純な物などあってはならない。

 眼前の巨龍が1であるとするならば――セレアティナも自らの本性を見せなければ、ソレは不躾な事であった――。

チャパッ……

 もはや服と呼ぶのすら憚られるほど穴ボコだらけな、ボロボロの布切れ。
 燻られ燃やされ焼け落ちて、セレアの喪服はいとも容易く剥がれて消え、湖の水底に沈んだ。

 ブラジャーのホックも、Tバックの紐も、既に焼け落ちて切れていた。
 装着者の意思に呼応するかのように、それらもまた容易く剥がれ落ちていく。

 そうしてセレアは自らの本性を曝け出し、剥き出しのさがを露わにした――。

 白く麗しい柔肌と、包み込むような母性愛を表す双子の果実、ふっくらと突き出した桃尻。
 清らかな面持ちと淫らな心持ちを並立させた裸の乙女が、湖面に波形を立てながら巨龍の元に歩み寄る。

 ――その様は、まるで中世の名画に描かれた寓話のように神秘的で、神妙な画角であった。

(………………♡)

 悠然とした足取りで進み、ついに巨龍の膝下へ到達したセレア。
 羨望と敬意の入り混じった笑みを浮かべて頭を見上げる様は、貞淑な乙女にも欲しがりな淫婦にも見える。

「どうか私を……貴方様の……お望みのままに……♡」

 あまりにも無防備な裸体を白日の元に晒しながら両手を広げ、彼女は巨龍の意思に心身の全てを委ねた。
 恍惚の笑みを浮かべ、誘うように胸を張り、目を瞑る。自分が何をしているのかも良く分からないままに、押し寄せる緊張と快楽の予感に溺れていく。

 そんな彼女の想いに応えるかのように、巨龍と化した領主は目線を落とし――。

…………バサッ

「ん…………♡♡♡」

 翼の先が虚空を切る音がして、青空を見上げたセレアの視界が黒のカーテンに包まれる。
 まるで「自分以外を見るな」と言わんばかりの制圧力が視界を満たし、同時に「お前を誰にも見せない」と言わんばかりの独占欲も感じられる。

 外界から隔絶された世界の中の、さらに狭まった暗黒の一点。
 領主とセレアの他には何一つ存在しない完全な密室の中で、二人の距離は縮まっていき――。
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