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4 直談判
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教室でのホームルームが終わると、アルフレッドを振り切ってサシャは一目散にある人を追いかけた。人気者の王子はすぐに女生徒たちに囲まれていたから、ついてこないはずだ。
走ると目立つので早歩きで、しかし着実に距離を詰める。
職員室の手前で、ついにサシャはその人物に声をかけた。
「先生、少々よろしいでしょうか」
「ん⁉︎ 君は――」
「今日からこの学園の生徒になった、サシャと申します」
「あぁ。さっき教室にいたね。美人さんだからよく覚えて――っと、今はこんなこと言うと怒られちゃうな。確か、特待生の子だよね。職員室は君の噂でもちきりだよ」
よれよれの白衣を纏った担任教諭は、眼鏡を外して目をこすった。
サシャは教師の言葉にすっと目を細める。
「そう、そのことについてなんですが……」
「ん? どのこと?」
「わたしが特待生だという事実は、できれば伏せてほしかったのですが、なぜあんなさらし者にするようなことを?」
怒りを纏った少女に、大の大人がじりじりと後退する。
「さ、さらし者だなんて! 素晴らしい成績をとった子を称えるのは当然だよ」
「皆の憧れの王子様と、どこの馬の骨とも知らない平民の名前が並んだら、いらぬ諍いの種になるとは思いませんでしたか?」
「うっ、それは……一理あるね」
担任はしょぼくれたように肩を落とした。
「まぁ、起きてしまったことは仕方ないです」
サシャはふうっとため息をつく。
「ここからが本題です」
ぐいっと顔を近づけたサシャに、担任は耳まで赤くなりあたふたし始めた。
「な、なんだい?」
「万が一、万が一ですよ? わたしが試験で好成績をとったとしても、それを公表しないで欲しいんです」
担任は眉を下げた。
「で、でも、うちは試験の順位は公表するのが慣例で」
「でも、と仰いますが……たかが一平民のわたしがっ、万が一殿下に匹敵する成績なんてとったらっ! お貴族様たちに目を付けられちゃうじゃないですかっっ‼︎」
「……うぅ。君がそこまで言うなら、君の成績は表向き中の上くらいに――」
「レイブン先生。私は八百長なんて望まないよ」
「「ひっ!」」
こつ、こつと一歩ずつ近づいてくるのは――もちろん、アルフレッドだ。
「教師ともあろう方が、不正を働くなんて……職を追われても、仕方ないよね?」
「ひぃぃぃぃい!」
「殿下、お待ちください。これはわたしが申し出たことなのです。責はわたしにあります」
レイブンを背中に庇ったサシャは、アルフレッドに向き合い、しっかり目を合わせる。
「へぇ、どうしてそんな申し出を?」
また同じことを説明せねばならないのかと、サシャはうんざりした。
大きく息を吸う。
「わたしは、なるべく、平穏に学園生活を送りたいのです。あまり目立ちたくありません」
「じゃあ、良い成績を取らなければいいのでは?」
サシャはカッと目を見開いた。
「なんてことを言うんですか! 優秀な成績をとらないと、特待生でもいられなくなります。それに、それに……っ」
サシャの気迫に、アルフレッドも、泣きべそをかいていたレイブンも後ずさる。
「王宮の官吏になれないじゃないですか‼︎」
「…………官吏になりたいのか?」
「はい! 知り合いの騎士の方が官吏になれば生活が安定するって」
アルフレッドは顎に手を当て、何か考えているようだ。
サシャはじっとその様子を見つめる。
「しかし、成績優秀者が称えられないのは不公平だ」
「ですが……」
麗しの王子さまは優しく微笑む。
「心配しなくていい。君を悪く言う者がいたら注意するから。……ね、先生」
「もっ、もちろんです!」
その後もあの手この手で説得され、渋々サシャはアルフレッドの言葉を聞き入れた。
「では、わたしはこれで失礼します」
「うん、また明日」
「また明日」という言葉にサシャは少し顔をしかめたが、会釈してすぐに立ち去った。
凛とした後ろ姿を見送りながら、アルフレッドは小さく呟いた。
「あの眼……いいな」
真っ直ぐな目。アルフレッドを見つめているときも、他の有象無象のようにどうにか取り入ろうとする欲は一切感じられなかった。むしろ鬱陶しそうだ。そんな反応を示されたことは今まで一度もなかった。
「先生。彼女、とても有能だと思わないですか?」
「そうですねぇ。賢いのは間違いないですし、一国の王子に物怖じせず直言するなんて、大したものです。非常識とも言えますが」
「官吏か……しかしまだ女官は活躍の幅が限られるし、彼女にはもったいないな」
ぶつぶつと独り言を呟き続けるアルフレッドから、レイブンは距離をとる。
そこに、王子の幼馴染兼護衛がやって来た。
「ちょっとー、アルぅ、女の子全員俺に押し付けて何で職員室にいんの?」
「オルド。別に構わないだろう? お前は女好きなんだから」
「女の子にちやほやされるのはいいけど、ちょっと数が多すぎたね……って、なんでそんなにやにやしてんの? 珍しいというか、気味が悪いというか」
アルフレッドは指摘を受けても表情を正さなかった。更に笑みを深める。
「いや、入学初日から、思いがけず良い出会いがあってな」
「なになにー、一目惚れってやつ? あ、噂のサシャって子? 俺、まだ顔見てないんだよね」
確かに最初に見たとき、サシャの美しさには驚いたが、自身も相当整った顔立ちのアルフレッドからしたらそんな理由で好意を持つことはない。
惹かれるのはあくまで彼女が有能で胆力があるからだ。——アルフレッドの横に並ぶことができるほど。
「彼女には、能力を存分に発揮できる場を与えてやろう」
走ると目立つので早歩きで、しかし着実に距離を詰める。
職員室の手前で、ついにサシャはその人物に声をかけた。
「先生、少々よろしいでしょうか」
「ん⁉︎ 君は――」
「今日からこの学園の生徒になった、サシャと申します」
「あぁ。さっき教室にいたね。美人さんだからよく覚えて――っと、今はこんなこと言うと怒られちゃうな。確か、特待生の子だよね。職員室は君の噂でもちきりだよ」
よれよれの白衣を纏った担任教諭は、眼鏡を外して目をこすった。
サシャは教師の言葉にすっと目を細める。
「そう、そのことについてなんですが……」
「ん? どのこと?」
「わたしが特待生だという事実は、できれば伏せてほしかったのですが、なぜあんなさらし者にするようなことを?」
怒りを纏った少女に、大の大人がじりじりと後退する。
「さ、さらし者だなんて! 素晴らしい成績をとった子を称えるのは当然だよ」
「皆の憧れの王子様と、どこの馬の骨とも知らない平民の名前が並んだら、いらぬ諍いの種になるとは思いませんでしたか?」
「うっ、それは……一理あるね」
担任はしょぼくれたように肩を落とした。
「まぁ、起きてしまったことは仕方ないです」
サシャはふうっとため息をつく。
「ここからが本題です」
ぐいっと顔を近づけたサシャに、担任は耳まで赤くなりあたふたし始めた。
「な、なんだい?」
「万が一、万が一ですよ? わたしが試験で好成績をとったとしても、それを公表しないで欲しいんです」
担任は眉を下げた。
「で、でも、うちは試験の順位は公表するのが慣例で」
「でも、と仰いますが……たかが一平民のわたしがっ、万が一殿下に匹敵する成績なんてとったらっ! お貴族様たちに目を付けられちゃうじゃないですかっっ‼︎」
「……うぅ。君がそこまで言うなら、君の成績は表向き中の上くらいに――」
「レイブン先生。私は八百長なんて望まないよ」
「「ひっ!」」
こつ、こつと一歩ずつ近づいてくるのは――もちろん、アルフレッドだ。
「教師ともあろう方が、不正を働くなんて……職を追われても、仕方ないよね?」
「ひぃぃぃぃい!」
「殿下、お待ちください。これはわたしが申し出たことなのです。責はわたしにあります」
レイブンを背中に庇ったサシャは、アルフレッドに向き合い、しっかり目を合わせる。
「へぇ、どうしてそんな申し出を?」
また同じことを説明せねばならないのかと、サシャはうんざりした。
大きく息を吸う。
「わたしは、なるべく、平穏に学園生活を送りたいのです。あまり目立ちたくありません」
「じゃあ、良い成績を取らなければいいのでは?」
サシャはカッと目を見開いた。
「なんてことを言うんですか! 優秀な成績をとらないと、特待生でもいられなくなります。それに、それに……っ」
サシャの気迫に、アルフレッドも、泣きべそをかいていたレイブンも後ずさる。
「王宮の官吏になれないじゃないですか‼︎」
「…………官吏になりたいのか?」
「はい! 知り合いの騎士の方が官吏になれば生活が安定するって」
アルフレッドは顎に手を当て、何か考えているようだ。
サシャはじっとその様子を見つめる。
「しかし、成績優秀者が称えられないのは不公平だ」
「ですが……」
麗しの王子さまは優しく微笑む。
「心配しなくていい。君を悪く言う者がいたら注意するから。……ね、先生」
「もっ、もちろんです!」
その後もあの手この手で説得され、渋々サシャはアルフレッドの言葉を聞き入れた。
「では、わたしはこれで失礼します」
「うん、また明日」
「また明日」という言葉にサシャは少し顔をしかめたが、会釈してすぐに立ち去った。
凛とした後ろ姿を見送りながら、アルフレッドは小さく呟いた。
「あの眼……いいな」
真っ直ぐな目。アルフレッドを見つめているときも、他の有象無象のようにどうにか取り入ろうとする欲は一切感じられなかった。むしろ鬱陶しそうだ。そんな反応を示されたことは今まで一度もなかった。
「先生。彼女、とても有能だと思わないですか?」
「そうですねぇ。賢いのは間違いないですし、一国の王子に物怖じせず直言するなんて、大したものです。非常識とも言えますが」
「官吏か……しかしまだ女官は活躍の幅が限られるし、彼女にはもったいないな」
ぶつぶつと独り言を呟き続けるアルフレッドから、レイブンは距離をとる。
そこに、王子の幼馴染兼護衛がやって来た。
「ちょっとー、アルぅ、女の子全員俺に押し付けて何で職員室にいんの?」
「オルド。別に構わないだろう? お前は女好きなんだから」
「女の子にちやほやされるのはいいけど、ちょっと数が多すぎたね……って、なんでそんなにやにやしてんの? 珍しいというか、気味が悪いというか」
アルフレッドは指摘を受けても表情を正さなかった。更に笑みを深める。
「いや、入学初日から、思いがけず良い出会いがあってな」
「なになにー、一目惚れってやつ? あ、噂のサシャって子? 俺、まだ顔見てないんだよね」
確かに最初に見たとき、サシャの美しさには驚いたが、自身も相当整った顔立ちのアルフレッドからしたらそんな理由で好意を持つことはない。
惹かれるのはあくまで彼女が有能で胆力があるからだ。——アルフレッドの横に並ぶことができるほど。
「彼女には、能力を存分に発揮できる場を与えてやろう」
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