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第四章:僧侶ルルティエラは世界を救いたい

1、僧侶の悩み

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 ドラゴンの塔でのクエスト(と言っていいのか分からないが)が終わって一ヶ月。
 最初は一人で始まった追放生活は、いつの間にか賑やかになっていた。

「おいそこの人間、今日の朝食当番はお前だろう? もっと味付けを濃くしろ」
「人間て。 ザクスもルルティエラも人間なんだけど」
「お前の名前だけ覚えられない」
「ライドです、覚えてメルちゃん」
「ドライ」
「なんか酒が飲みたくなる名前だな」

 ドラゴンの中でも最強(らしい)のゴールドドラゴンを”メルちゃん”と呼べるお前のほうが、大概最強だよな。あらためてうちの盗賊すげえなと変なとこで感心する。

「我はこれくらい薄味のほうがいいぞ。朝から濃い味が食べたいなどと、下品なやつじゃ」
「ふん、私はドラゴンだからな。塩気たっぷりの肉が一番の好物だ」
「そこで俺の顔を見ないでくれる? 食べる気?」
「そんな危険な物を食べるつもりはない」
「俺は毒かっつーの」

 なんだかんだで、ドラゴンと妖精という、人外と仲良くやってるライドのコミュニケーション能力も凄い。俺は極力あの二人(?)とは関わりたくない。疲れるから。面倒だからライドに押し付けてるともいう。ライドは美人二人と会話できて幸せだろう。

「ミュセルもそうだったが、メルティアスも早々にうちになじんだなあ」

 俺は黙々と朝食を食べるルルティエラに話しかけた。

「……ごくん。そうですわね」

 育ちのいいルルティエラは、口に物を含んだ状態では話さない。ちゃんと飲み込んでから話すので、返事に時間がかかる。これもすっかり慣れた。
 前のパーティーで戦士兼武闘家だったモンジーなんか、口の中に入った状態でもおかまいなしに大口開けてしゃべってたもんな。大笑いされると色々飛んできて汚いったらありゃしなかった。セハやミユも嫌そうに顔をしかめてたっけ。
 そこでふと思い出す。

「そういやセハは?」
「まだ寝ておられますわ」

 ナプキンで口を拭くとか、うちは貴族だったか? と思うが、これも育ちなのだろう。

「やれやれ、いくらクエストないからってだらけすぎだろ。食い終わったら起こしに行ってもらえるか?」

 さすがに男の俺が女子の寝所に入るのは気が引ける。
 だがルルティエラはあからさまに顔をしかめて嫌そうな顔をする。

「……俺が起こしてきます」
「お願いしますわ」

 言い方は丁寧だが、明らかに不機嫌な顔で言われたら、俺には苦笑することしかできない。
 まあだ怒ってんのか、セハを仲間にしたこと。
 どうやらルルティエラは、セハが俺に浴びせた暴言と追放行為が許せないらしい。直接彼女が、その現場を見聞きしたわけでもないのにな。
 それだけ俺を仲間として大事に思ってくれてるんだろうから、それは素直に嬉しい。そして俺はもっと怒るべきで、セハを拒絶すべきだったってことも理解してる。
 してるんだけどなあ。
 五年も一緒に冒険してたやつに情が一切残ってないのかと言われると、難しいところなのだ。そしてホッポ達に頼まれて断れなかったってのもある。

 そんな俺を──ルルティエラは、セハを仲間にしたことより俺に腹を立ててるんだろう。
 だから俺も彼女に強く出れないでいる。

「ま、時間が解決するのを待つしかないか」

 今後、ルルティエラがセハを受け入れられるかどうかは、セハ自身の行いで左右される。俺自身も完全に彼女を受け入れたわけじゃないし。セハが他の仲間にとって害であると判じた時点で、彼女を追い出すくらいの気持ちはある。

 とりあえず、兄貴とミユのことが解決してから、それから今後のことを考えるさ。
 なるようになる、という考えがルルティエラを余計に苛立たせていると理解してない鈍感な俺は、そんなことを考えて立ち上がった。

「おいライド、美人両手で鼻の下伸ばしてるとこ悪いがな、買い出し頼めるか?」
「鼻の下じゃなく、頬が伸びてるんだが」

 見ればなぜか両頬をミュセルとメルティアスにそれぞれ引っ張られてる。なにやってんのお前。

「夕飯は肉!」
「嫌じゃ、我は薄口の野菜スープがいい!」
「……モテモテだな」
「いっぺん医者に目を診てもらえ」

 まだ朝だってのに、もう夕飯のメニューで揉める人外コンビ。そんなコンビに頬を引っ張られてるライドに言えば、死んだ目で返された。お前もそんな目、するのな。

 結局その後、文句言うなら買い出しに付き合えと言うライドと共に、人外コンビは出かけて行った。残されたのはルルティエラと俺。

「ご馳走様。セハ起こしてくるか」

 そう言ってルルティエラのほうを伺い見るが、無反応。女性の部屋に勝手に入るのは……と言われないかと思ったのだが、食べ終わった彼女は無言で片付けを始めた。う~ん。

「あ、片付けは最後のセハにやらせるから、置いといてくれていいよ」

 思い出したように声をかけると、無言でルルティエラは頷いた。なんだか今日はいつも以上に機嫌が悪いな。
 いや違うか。
 もう一年以上も一緒にいるのだ、最近は彼女のちょっとした表情の変化が分かる。
 今の彼女は……なんというか……悩んでる?
 それに気づいた俺は「ルルティエラ、なにか……」悩みでも? と声をかけようとしたのだが。

「わたくし、少し出かけてきますわ」

 彼女のほうが早かった。

「え、どこへ?」
「……プライベートなことにお答えする義務がございますの?」
「ないです、ごめんなさい」
「では行ってまいります」

 冷たい返事に、思わず謝罪してしまった。
 そのまま彼女は俺を見ることなく出て行った。う、う~ん???


* * *


 僧侶ルルティエラは悩んでいた。とても悩んでいた。

 このままで良いのかと。

 仲間のザクスを裏切ったくせに、平然と自分たちの仲間になったセハは、確かに簡単には受け入れられない。だが当のザクス自身が受け入れてる以上、自分が不満を口にすることはできないとグッとこらえてる。
 でもそのこと自体はいいのだ。良くないがいい。

 問題は、このままザクスの兄と、あの妖精を連れたミユという女を放置して良いのかにある。
 ザクスもセハも、その辺は傍観というか、自分達に関わってこないのなら放置という構えのようだ。
 だが自分には分かる、僧侶の自分には、あの二人を取り巻く薄汚れた瘴気は見逃すべきでないと分かるのだ。おそらくそれはザクスも感じ取ってるはず。
 なのにザクスは放置を基本としている。面倒は嫌いだと、堂々と言ってのけたのだ。
 そんなあけすけな、裏のない彼が好きではあるが……少々、いやかなり不満だ。いや、不安だ。

 更にそこに輪をかけて、最近の大気中から感じる””の不安定さも不安に拍車をかける。

 噂では、何百年と姿を見せず絶滅したと思われていた、邪悪な魔物が復活したとか。
 そうでなくとも、あちこちで魔物が出没し、その数は確実に増えていると聞く。

 ザクスは強い。
 更にうちのパーティーにはドラゴンと妖精までいる。

 なのに……

「世界では、苦しんでる人が……魔物に苦しめられてる人が大勢いますのに、このまま、ダラダラと気楽な冒険者を続けていて良いのでしょうか……」

 思わず不安が口をついた。だがそれを聞く者も答えを与えてくれる者もいない。

 ザクスにこんなこと、言えるわけがない。彼は強いが面倒は嫌いだと豪語する人。魔王城から敢えて遠い場所で活動するのを好む人。世直しなんて、欠片も考えてないのだから。
 そんな彼に、もっと世界を救ってくれなんて、言いたくても言えない。

 ギュッと胸元で手を握りしめた。
 不安のまま、足は動く。そして目的の場所に辿り着いたルルティエラは、足を止めてその大きな建物を見上げた。

「ああ、教会の澄んだ空気は心地いいですわ……」

 そう言って目を細めて、扉に手をかけた。
 なんの音もなく、静かに開く扉。
 ルルティエラは迷うことなく中へと入って行くのだった。
 己の悩みを聞いてほしくて。自分と同じ僧侶が集う場所で、意見を聞きたくて。

 だが彼女は分かっていない、理解していない。
 彼女は意見を聞きたいのではない。ただ、自分に賛同する声が聞きたいだけなのだ。
 それが彼女にとってどういう未来をもたらすか。それを彼女は理解していなかった。

 理解できないほどに、僧侶ルルティエラは悩んでいるのだ。
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