彼に30歳の誕生日に捨てられた平凡OLですが人気俳優の絶倫ダーリンに溺愛されています

人妻あず。

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「お話、いいですか?」

 背後から控えめな声をかけられて、振り返る。

 そこに立っていたのは、番号二十一番の男性だった。
 区役所勤務だと言っていた人。

 グレーのスーツはきちんとアイロンがかかっていて、派手さはないが清潔感はある。
 細身のフレームのメガネの奥には、少し緊張したような目。
 短く整えられた黒髪は、耳にかからない程度で、寝癖ひとつない。

 年齢はたしか三十三歳。
 童顔というほどではないけれど、表情はどこか穏やかで、尖ったところが見当たらない。

 姿勢はまっすぐで、立ち方も丁寧。
 名刺を差し出すわけでもないのに、仕事柄なのか、きちんとした人なのだと一目でわかる。

(……真面目そう)

 それが、最初に浮かんだ感想だった。

 悪い印象ではない。
 むしろ「安心できる人」と言われれば、きっとそうなのだろう。

 でも――

 胸の奥は、不思議なくらい静かなままだった。

 私は小さく頷いて、椅子を引く。

「はい、どうぞ」

 そう答えながら、
 自分がもう、最初から何かを期待していないことに気づいてしまった。

 男性は、私の向かいに静かに腰を下ろした。

「一対一のとき、まどかさんいいなあと思って」

 少し照れたように笑う。

「あ、ありがとうございます」

 それ以上、言葉が続かなかった。
 なにを話したのか、正直あまり覚えていない。

 当たり障りのない質問。
 仕事のこと、休日のこと。
 ちゃんと会話は成立していたはずなのに、どこか噛み合っていない感じがする。

「プロフィールに、自炊って書いてありましたよね」

「あ、はい」

「家庭的な女性、僕すごくタイプなんですよ」

 そう言われて、曖昧に笑った。

(……そうだっけ)

 得意料理を聞かれて、簡単なものをいくつか答えた気がする。
 その流れで、お弁当の話もしたんだと思う。

「会社にもお弁当持って行ってるって」

「あー、はい。残り物詰めてるだけですけど」

 本当は、料理が好きなわけじゃない。
 昇給なんて期待できない会社で、節約が癖になっているだけ。

 でも、彼はそれをやけに好意的に受け取ったらしい。

 何度か、頷きながら聞いている。

「……失礼を承知で聞いてもいいですか?」

 少しだけ声を落として、そう前置きされる。

「結婚したあとも、働くお考えはありますか?」

「え……ええ。辞めるつもりは、特には……」

 少し考えてから答える。

「最近は産休取って、復帰予定の同僚もいますし」

 なぜか、その瞬間、里奈の顔が浮かんだ。

 私の答えを聞いた21番は、ほっとしたように微笑む。

「よかったです」

 その言い方が、ほんの少しだけ引っかかった。

「僕の職場も育休が取りやすいんですよ。区役所なんで」

 そう言ってから、間を置かずに続ける。

「だから共働きでも、奥さんのサポートできますし」

 さらに、当然のような口調で。

「実家も都内なんです。いざってときは、母が育児手伝ってくれると思います」

「は……はあ……」

 相槌を打ちながら、胸の奥がわずかにざわつく。

 言っていることは、どれも合理的で、正しい。
 条件としては、たぶん悪くない。

 それなのに。

 なぜか、椅子が少しだけ硬く感じた。

 21番は満足そうに頷いて、身を乗り出す。

「投票、十七番――まどかさんの番号、書きますね」

 にこやかに、念を押すように言う。

「僕の番号も、ぜひ書いてください」

 距離は近すぎない。
 声も穏やかだ。

 それでも、私はなぜか、息を詰めるような気持ちになっていた。

 その後も何人かに話しかけられ、同じような質問が繰り返される。

 家事は得意ですか。
 子どもは好きですか。
 結婚後も仕事は続けますか。

 まるでチェックリストを読み上げているみたいだった。

 ただ一人だけ

「俺の両親と同居することって、可能ですか?」

 さらりと聞かれて、曖昧に笑って流した。

 誰と話しているのか、途中からよくわからなくなってくる。
 顔も、声も、言葉も、少しずつ重なって溶けていく。

「まどか~、どう?」

 真理が私の横に来て、声を潜めて囁いた。

「いい人、いた?」

「うーん……」

 正直な気持ちが、うまく言葉にならない。

「なんか……みんな、同じに見えちゃって」

「わかる~」

 真理は即座に頷いた。

「私はね、五番のお医者さんと話したけど、ちょっと鼻につく感じだった」

「鼻につく?」

「できる男アピールがすごいの。で、決めた」

 さらっと言って、投票用紙を見下ろす。

「十二番にする」

「研究職の?」

「そう。ちょっと童貞っぽいけどさ」

 にやっと笑って、続ける。

「育ててみせる」

「育ててみせるって……」

 思わず吹き出してしまう。

「だってそうでしょ?」

 真理は当然みたいな顔で言う。

「完成品のいい男なんて、婚活市場に残ってないって。育てたほうが早いの」

 あまりにも合理的で、あまりにも真理らしい。

「……さすが」

「で、まどかは?」

 問いかけられて、ペンを持つ手が止まる。

「私は――」

 誰でもいい。
 同じなら、誰でも。

 そう思った瞬間、胸の奥がひやりとした。

 少しだけ迷ってから、番号を書く。

 21。

 無言で書き込むと、真理がちらりと覗き込んだ。

「区役所勤務だっけ?」

 私が頷くと、納得したように言う。

「確かに、手堅いよね」

 うんうん、と小さく頷く。

 手堅い。
 現実的。
 間違いじゃない選択。

(これでいいんだ)

 そう言い聞かせるように、投票用紙をスタッフに渡した。

(これが、私の現実)

 そう思わないと、ここに来た意味がなくなってしまう気がした。

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