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スマホの通知は、マスターからのLINEだった。
——あんた最近、全然店来ないじゃない!
——蓮ちゃんとどうなったのか、ちゃんと聞かせなさいよ~!
怒りマーク付きのスタンプまで添えられていて、思わずくすっと笑ってしまう。
——ごめん。熱出して寝込んでるから、治ったら行くね!
熊がお辞儀しているスタンプを送信する。
(……少し、寝よう)
薬をスポーツドリンクで流し込み、ベッドに横になる。
身体の重さに逆らえないまま、目を閉じた。
——ピンポーン。
突然、家のチャイムが鳴った。
はっとして時計を見ると、もう十時を過ぎている。
(こんな時間に……誰?)
体を起こし、ふらつきながらドアスコープを覗く。
そこに映っていたのは――蓮だった。
「え……?」
慌ててドアを開ける。
「どうして……忙しいから、しばらく会えないって……」
驚きと同時に、言葉がこぼれ落ちる。
「マスターからさ、まどかが熱出して寝込んでるってLINE来て」
そう言って、蓮は手にした袋を差し出した。
「これ、差し入れ」
中にはスポーツドリンク、果物、ゼリーにプリンにアイスまで、ぎっしり詰まっている。
「何が好きかわからなかったから、色々」
その不器用な優しさに、胸がきゅっとなる。
「……とりあえず、入って」
私はそう言って、玄関を開けたまま一歩横に退いた。
「撮影抜けてきたから1時間もいられないけど」
そう言いながら中に入る蓮。
「ごめんな。オレが風邪うつした」
立ったまま抱きしめられる。
ふわっと蓮の香りがした。
「ううん。蓮のなら菌でも嬉しい」
「何だそれ」
顔を見合わせて笑い合う。
「コーヒー一杯くらいなら、飲める?」
私が聞くと、蓮は小さく頷いた。
「ああ」
差し入れの袋からアイスを取り出して冷凍庫にしまい、キッチンでドリップコーヒーを淹れる。
お湯を注ぐと、部屋にほろ苦い香りが広がった。
マグに注いで、蓮の前に置く。
「はい」
「ありがとう」
その間に、私はプリンの蓋を開けた。
「これだけ、今食べちゃおうかな」
スプーンですくって口に運ぶ。
空っぽだった胃に、やさしい甘さがじんわり染みていく。
「……生き返る」
思わず漏れた声に、蓮が少し笑った。
「舞台、やるんだね」
何気なく言うと、蓮がマグを持つ手を止める。
「知ってたんだ」
「うん。会社の子が、すごく騒いでた」
「まどか、観に来てよ」
そう言って、こちらを見る。
「関係者席、用意するから」
一瞬だけ迷ってから、私は頷いた。
「……うん」
「クリスマス、一緒に過ごせなくて……ごめん」
「そういうの、気にするタイプだったんだ」
「俺、結構気にするよ?」
そう言って、マグを傾け、残っていたコーヒーを飲み干す。
「……もう行かなきゃ」
立ち上がりながら、軽く言った。
「ごちそうさま」
「ううん。来てくれて、ありがとう」
「ちゃんと寝てなよ」
そう言って、蓮は私の髪にそっと触れる。
撫でるというより、確かめるみたいな、やさしい指先だった。
「撮影、頑張って」
「うん」
短いやり取りのあと、蓮は玄関へ向かう。
ドアが閉まる直前、一瞬だけ振り返った気がしたけれど、何も言わなかった。
静かにドアを閉める。
部屋に残ったのは、コーヒーの香りと、蓮のぬくもりだけだった。
熱は結局、一日で下がった。
次の日からは何事もなかったみたいに仕事に戻り、淡々と日々をこなす。
気づけば、もう十二月。
昼休み、真理がやけに上機嫌で話しかけてきた。
「聞いてよ、研究職の彼とさ、すごくうまくいってるの。クリスマス会おうって言われた!」
頬を緩めながら、こちらを見る。
「まどかは? クリスマスどうするの?」
「特に……予定ないかな」
「えー。まどかってさ、本当に今、彼氏いないの?」
「いないよ」
「じゃあ、好きな人は?」
ドキリ、と胸が跳ねた。
「あ……いや……」
言葉に詰まった瞬間、真理の目がきらっと光る。
「やっぱりいるんだ! その人、年下? イケメン?」
図星すぎて、視線を落とすしかなかった。
「うわ、当たりじゃん! で、どこまでいったの? まさか……」
顔が一気に熱くなる。
どうして真理は、こんなに察しがいいんだろう。
「……やっちゃったんだ?」
「ち、違っ……」
「じゃあ付き合おうって言われた?」
「言われてないし、そういうんじゃ……」
「え……ワンナイト?」
「違うってば……!」
「……じゃあ、セフレ?」
その言葉に、私は何も返せなくなった。
付き合うなんて、期待できない。
会ったのだって、まだたった三回。
沈黙を察したのか、真理が急に真剣な顔になる。
「……やめなよ。年下イケメンのセフレなんて」
「……うん」
「こっちが、泣くだけだよ」
今にも泣き出しそうな顔で、真理は言った。
本当に、いい子だと思う。
「誰か紹介できたらするからさ。だから、それだけは本当にやめなね」
正しい道をまっすぐ歩いている真理に、
私はただ、黙って頷くことしかできなかった。
その日の夕方、マスターからLINEが入った
——ちょっと最近来ないじゃない!渡したいものがあるからアンタ店来なさいよ!
そういえば、熱が引いたあとも行ってなかった。
(クリスマス、マスターの店で過ごすのもいいかも)
——今日行くね!
OKのスタンプを押して私はLINEを閉じた。
——あんた最近、全然店来ないじゃない!
——蓮ちゃんとどうなったのか、ちゃんと聞かせなさいよ~!
怒りマーク付きのスタンプまで添えられていて、思わずくすっと笑ってしまう。
——ごめん。熱出して寝込んでるから、治ったら行くね!
熊がお辞儀しているスタンプを送信する。
(……少し、寝よう)
薬をスポーツドリンクで流し込み、ベッドに横になる。
身体の重さに逆らえないまま、目を閉じた。
——ピンポーン。
突然、家のチャイムが鳴った。
はっとして時計を見ると、もう十時を過ぎている。
(こんな時間に……誰?)
体を起こし、ふらつきながらドアスコープを覗く。
そこに映っていたのは――蓮だった。
「え……?」
慌ててドアを開ける。
「どうして……忙しいから、しばらく会えないって……」
驚きと同時に、言葉がこぼれ落ちる。
「マスターからさ、まどかが熱出して寝込んでるってLINE来て」
そう言って、蓮は手にした袋を差し出した。
「これ、差し入れ」
中にはスポーツドリンク、果物、ゼリーにプリンにアイスまで、ぎっしり詰まっている。
「何が好きかわからなかったから、色々」
その不器用な優しさに、胸がきゅっとなる。
「……とりあえず、入って」
私はそう言って、玄関を開けたまま一歩横に退いた。
「撮影抜けてきたから1時間もいられないけど」
そう言いながら中に入る蓮。
「ごめんな。オレが風邪うつした」
立ったまま抱きしめられる。
ふわっと蓮の香りがした。
「ううん。蓮のなら菌でも嬉しい」
「何だそれ」
顔を見合わせて笑い合う。
「コーヒー一杯くらいなら、飲める?」
私が聞くと、蓮は小さく頷いた。
「ああ」
差し入れの袋からアイスを取り出して冷凍庫にしまい、キッチンでドリップコーヒーを淹れる。
お湯を注ぐと、部屋にほろ苦い香りが広がった。
マグに注いで、蓮の前に置く。
「はい」
「ありがとう」
その間に、私はプリンの蓋を開けた。
「これだけ、今食べちゃおうかな」
スプーンですくって口に運ぶ。
空っぽだった胃に、やさしい甘さがじんわり染みていく。
「……生き返る」
思わず漏れた声に、蓮が少し笑った。
「舞台、やるんだね」
何気なく言うと、蓮がマグを持つ手を止める。
「知ってたんだ」
「うん。会社の子が、すごく騒いでた」
「まどか、観に来てよ」
そう言って、こちらを見る。
「関係者席、用意するから」
一瞬だけ迷ってから、私は頷いた。
「……うん」
「クリスマス、一緒に過ごせなくて……ごめん」
「そういうの、気にするタイプだったんだ」
「俺、結構気にするよ?」
そう言って、マグを傾け、残っていたコーヒーを飲み干す。
「……もう行かなきゃ」
立ち上がりながら、軽く言った。
「ごちそうさま」
「ううん。来てくれて、ありがとう」
「ちゃんと寝てなよ」
そう言って、蓮は私の髪にそっと触れる。
撫でるというより、確かめるみたいな、やさしい指先だった。
「撮影、頑張って」
「うん」
短いやり取りのあと、蓮は玄関へ向かう。
ドアが閉まる直前、一瞬だけ振り返った気がしたけれど、何も言わなかった。
静かにドアを閉める。
部屋に残ったのは、コーヒーの香りと、蓮のぬくもりだけだった。
熱は結局、一日で下がった。
次の日からは何事もなかったみたいに仕事に戻り、淡々と日々をこなす。
気づけば、もう十二月。
昼休み、真理がやけに上機嫌で話しかけてきた。
「聞いてよ、研究職の彼とさ、すごくうまくいってるの。クリスマス会おうって言われた!」
頬を緩めながら、こちらを見る。
「まどかは? クリスマスどうするの?」
「特に……予定ないかな」
「えー。まどかってさ、本当に今、彼氏いないの?」
「いないよ」
「じゃあ、好きな人は?」
ドキリ、と胸が跳ねた。
「あ……いや……」
言葉に詰まった瞬間、真理の目がきらっと光る。
「やっぱりいるんだ! その人、年下? イケメン?」
図星すぎて、視線を落とすしかなかった。
「うわ、当たりじゃん! で、どこまでいったの? まさか……」
顔が一気に熱くなる。
どうして真理は、こんなに察しがいいんだろう。
「……やっちゃったんだ?」
「ち、違っ……」
「じゃあ付き合おうって言われた?」
「言われてないし、そういうんじゃ……」
「え……ワンナイト?」
「違うってば……!」
「……じゃあ、セフレ?」
その言葉に、私は何も返せなくなった。
付き合うなんて、期待できない。
会ったのだって、まだたった三回。
沈黙を察したのか、真理が急に真剣な顔になる。
「……やめなよ。年下イケメンのセフレなんて」
「……うん」
「こっちが、泣くだけだよ」
今にも泣き出しそうな顔で、真理は言った。
本当に、いい子だと思う。
「誰か紹介できたらするからさ。だから、それだけは本当にやめなね」
正しい道をまっすぐ歩いている真理に、
私はただ、黙って頷くことしかできなかった。
その日の夕方、マスターからLINEが入った
——ちょっと最近来ないじゃない!渡したいものがあるからアンタ店来なさいよ!
そういえば、熱が引いたあとも行ってなかった。
(クリスマス、マスターの店で過ごすのもいいかも)
——今日行くね!
OKのスタンプを押して私はLINEを閉じた。
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