18 / 21
18
しおりを挟む
「あら、まどかやっと来たわね」
店に行くとマスターが出迎えてくれた。
早い時間に行ったせいか他に客はいなかった。
「なににする?」
「モスコミュールで」
「はいはい」
マスターが素早くウォッカとジンジャーエールをステアしモスコミュールを作ってくれた。
「これ、蓮ちゃんから預かってたの」
マスターがそう言って、白くて小さな紙袋を差し出した。
「蓮から? 何だろう……」
受け取って中を見ると、封筒と小さな箱が入っている。
まず封筒を開けた。
中には短い手紙と、チケットのような紙。
——まどか
ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント。
誕生日、何もあげてなかったから、それも兼ねて。
クリスマス、これ着けて観に来てくれたら嬉しい。
蓮——
蓮の、少し癖のある手書きの文字。
チケットは、蓮の舞台のものだった。
日付は、十二月二十四日。
胸の奥が、きゅっと縮む。
次に、箱を開ける。
中に入っていたのは、細い金色の鎖のネックレスだった。
小さな四つ葉の形のトップ。
白い貝みたいな光沢が、静かにきらりと光っている。
「……綺麗」
そう呟いた瞬間、視界が急に滲んだ。
ネックレスも、手紙の文字も、輪郭を失っていく。
「ちょ、ちょっと! アンタ、泣いてるの!?」
慌てたマスターの声が聞こえた。
「だって……蓮、クリスマス会えないって言ってたのに……」
「そりゃそうよ。蓮ちゃん、クリスマスが千秋楽なんだから」
マスターは呆れたように言いながら、ティッシュを差し出してくれる。
「その様子だと、うまくいってるみたいじゃない」
「ち、違います……」
涙を拭きながら、首を振る。
「私、蓮に全然釣り合ってなくて……」
声が震える。
マスターは少し真面目な顔になって、言った。
「蓮ちゃんはね、適当に遊んで、はい終わり、なんてできる男じゃないわよ」
「……」
「ちゃんと信じてあげて」
私は答えられず、ただ手紙とネックレスの箱を胸に抱きしめた。
「それも直接渡した方がまどかは喜ぶって言ったんだけど、会ったら我慢できなくなるからって。真面目なのよ。あの子」
私は泣きながら頷いた。
「ほら、着けてあげるから貸しなさい」
マスターが太い指でネックレスをつけてくれた。
「アンタに似合うじゃない」
鏡を見ると、胸元で白いクローバーが静かに輝いていた。
——翌日。
私は、もらったネックレスをそのまま着けて出社した。
胸元で小さく揺れる感触が、歩くたびに伝わってくる。
会えなくても。
それだけで、蓮が近くにいるような気がしていた。
「先輩!」
突然、隣から声が飛んできた。
「それ、ヴァンクリですよね!?買えたんですか?プレゼント?」
里奈が身を乗り出し、私の首元を指さす。
やけに興奮した様子だった。
「……ばん、くり?」
思わず聞き返す。
頭の中に、はてなマークが浮かぶ。
「ヴァンクリーフ・アーペルです!」
里奈はさらに声を張り上げる。
「しかもアルハンブラのマザーオブパール! それ!」
「……有名なの?」
呪文みたいな言葉にますます困惑する。
「有名どころじゃないですよ!」
椅子から立ち上がりそうな勢いだ。
「人気すぎて、なかなか手に入らないやつです! え、知らなかったんですか?」
「うん……私、そういうの疎くて……」
正直に言うと、里奈は目を見開いた。
「うそ……」
そして、すぐに大げさなため息をつく。
「いいなあ……。うちの旦那なんて、婚約指輪ノーブランドですよ!?」
恨めしそうに天井を見上げる。
「私はハリーがよかったのに……」
「……そうなんだ」
どう返していいかわからず、曖昧に笑う。
ただ、胸元に視線を落とす。
白く淡い光を放つ小さな四つ葉。
その重みが、さっきより少しだけ増した気がした。
昼休み。
向かいに座った真理が、私の首元をじっと見つめてきた。
「……まどか。それ、ヴァンクリ?」
声のトーンが、さっきまでと違う。
「本物、だよね?」
「うん……」
短く答えると、真理は一瞬だけ黙り込んだ。
「……前に言ってた、年下の人?」
「うん」
それ以上、誤魔化す気にはなれなかった。
真理は箸を置いて、真剣な顔でこちらを見る。
「正直に言うよ?」
「うん」
「ちょっと……危ないと思う」
胸が、ひくっと鳴った。
「最初はプレゼント渡して、気持ち引っ張って、
そのうちもっと高いもの欲しがる人、いるんだから」
「……そんな人じゃないよ」
思ったよりも、はっきりした声が出た。
「クリスマスも会えないんでしょ?」
真理は畳みかける。
「それなのに、こんな高いものだけ渡すなんて……」
「それでも」
言葉を遮るように、私は首を振った。
「そういう人じゃない」
自分でも驚くほど、迷いはなかった。
真理は、困ったように眉を下げる。
「まどか……」
声が、少し震える。
「目、覚ましてよ」
泣きそうな顔で、そう言った。
私はそれ以上、何も言えなかった。
店に行くとマスターが出迎えてくれた。
早い時間に行ったせいか他に客はいなかった。
「なににする?」
「モスコミュールで」
「はいはい」
マスターが素早くウォッカとジンジャーエールをステアしモスコミュールを作ってくれた。
「これ、蓮ちゃんから預かってたの」
マスターがそう言って、白くて小さな紙袋を差し出した。
「蓮から? 何だろう……」
受け取って中を見ると、封筒と小さな箱が入っている。
まず封筒を開けた。
中には短い手紙と、チケットのような紙。
——まどか
ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント。
誕生日、何もあげてなかったから、それも兼ねて。
クリスマス、これ着けて観に来てくれたら嬉しい。
蓮——
蓮の、少し癖のある手書きの文字。
チケットは、蓮の舞台のものだった。
日付は、十二月二十四日。
胸の奥が、きゅっと縮む。
次に、箱を開ける。
中に入っていたのは、細い金色の鎖のネックレスだった。
小さな四つ葉の形のトップ。
白い貝みたいな光沢が、静かにきらりと光っている。
「……綺麗」
そう呟いた瞬間、視界が急に滲んだ。
ネックレスも、手紙の文字も、輪郭を失っていく。
「ちょ、ちょっと! アンタ、泣いてるの!?」
慌てたマスターの声が聞こえた。
「だって……蓮、クリスマス会えないって言ってたのに……」
「そりゃそうよ。蓮ちゃん、クリスマスが千秋楽なんだから」
マスターは呆れたように言いながら、ティッシュを差し出してくれる。
「その様子だと、うまくいってるみたいじゃない」
「ち、違います……」
涙を拭きながら、首を振る。
「私、蓮に全然釣り合ってなくて……」
声が震える。
マスターは少し真面目な顔になって、言った。
「蓮ちゃんはね、適当に遊んで、はい終わり、なんてできる男じゃないわよ」
「……」
「ちゃんと信じてあげて」
私は答えられず、ただ手紙とネックレスの箱を胸に抱きしめた。
「それも直接渡した方がまどかは喜ぶって言ったんだけど、会ったら我慢できなくなるからって。真面目なのよ。あの子」
私は泣きながら頷いた。
「ほら、着けてあげるから貸しなさい」
マスターが太い指でネックレスをつけてくれた。
「アンタに似合うじゃない」
鏡を見ると、胸元で白いクローバーが静かに輝いていた。
——翌日。
私は、もらったネックレスをそのまま着けて出社した。
胸元で小さく揺れる感触が、歩くたびに伝わってくる。
会えなくても。
それだけで、蓮が近くにいるような気がしていた。
「先輩!」
突然、隣から声が飛んできた。
「それ、ヴァンクリですよね!?買えたんですか?プレゼント?」
里奈が身を乗り出し、私の首元を指さす。
やけに興奮した様子だった。
「……ばん、くり?」
思わず聞き返す。
頭の中に、はてなマークが浮かぶ。
「ヴァンクリーフ・アーペルです!」
里奈はさらに声を張り上げる。
「しかもアルハンブラのマザーオブパール! それ!」
「……有名なの?」
呪文みたいな言葉にますます困惑する。
「有名どころじゃないですよ!」
椅子から立ち上がりそうな勢いだ。
「人気すぎて、なかなか手に入らないやつです! え、知らなかったんですか?」
「うん……私、そういうの疎くて……」
正直に言うと、里奈は目を見開いた。
「うそ……」
そして、すぐに大げさなため息をつく。
「いいなあ……。うちの旦那なんて、婚約指輪ノーブランドですよ!?」
恨めしそうに天井を見上げる。
「私はハリーがよかったのに……」
「……そうなんだ」
どう返していいかわからず、曖昧に笑う。
ただ、胸元に視線を落とす。
白く淡い光を放つ小さな四つ葉。
その重みが、さっきより少しだけ増した気がした。
昼休み。
向かいに座った真理が、私の首元をじっと見つめてきた。
「……まどか。それ、ヴァンクリ?」
声のトーンが、さっきまでと違う。
「本物、だよね?」
「うん……」
短く答えると、真理は一瞬だけ黙り込んだ。
「……前に言ってた、年下の人?」
「うん」
それ以上、誤魔化す気にはなれなかった。
真理は箸を置いて、真剣な顔でこちらを見る。
「正直に言うよ?」
「うん」
「ちょっと……危ないと思う」
胸が、ひくっと鳴った。
「最初はプレゼント渡して、気持ち引っ張って、
そのうちもっと高いもの欲しがる人、いるんだから」
「……そんな人じゃないよ」
思ったよりも、はっきりした声が出た。
「クリスマスも会えないんでしょ?」
真理は畳みかける。
「それなのに、こんな高いものだけ渡すなんて……」
「それでも」
言葉を遮るように、私は首を振った。
「そういう人じゃない」
自分でも驚くほど、迷いはなかった。
真理は、困ったように眉を下げる。
「まどか……」
声が、少し震える。
「目、覚ましてよ」
泣きそうな顔で、そう言った。
私はそれ以上、何も言えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
数年振りに再会した幼馴染のお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなった日
プリオネ
恋愛
田舎町から上京したこの春、5歳年上の近所の幼馴染「さわ兄」と再会した新社会人の伊織。同じく昔一緒に遊んだ友達の家に遊びに行くため東京から千葉へ2人で移動する事になるが、その道中で今まで意識した事の無かったさわ兄の言動に初めて違和感を覚える。そしてその夜、ハプニングが起きて………。
春にぴったりの、さらっと読める短編ラブストーリー。※Rシーンは無いに等しいです※スマホがまだない時代設定です。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる