彼に30歳の誕生日に捨てられた平凡OLですが人気俳優の絶倫ダーリンに溺愛されています

人妻あず。

文字の大きさ
19 / 21

19

しおりを挟む
 クリスマスイブの土曜日。

 街は朝から、どこか浮き足立っていた。  
 駅前には大きなツリーが立ち、通り沿いの街路樹には細かな光が巻きついている。  
 赤や金のイルミネーションが、夕暮れの空に溶けてきらきらと瞬いていた。

 私は少しだけお洒落をして、劇場へ向かう。

 Vネックのニットにスカート。 
 その上からコートを羽織り、胸元には蓮がくれたネックレス。

 歩くたび、白い四つ葉が小さく揺れて、街の光を反射する。

 カップルや家族連れが行き交い、楽しげな声が耳に入る。  
 どこからか、甘い匂いも漂ってきた。

 ——今日は、クリスマスなんだ。

 そう意識した途端、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 (久しぶりに……蓮の姿が見れる……)

 たったそれだけなのに、心臓が少し早く打ち始める。

 会えるわけじゃない。 
 言葉を交わすわけでもない。

 それでも。

 胸元のネックレスにそっと指を添えながら、  私は光に包まれた街を抜けて、劇場へと足を早めた。

 チケットを受付に出して中に入る。

 舞台なんて、見に来たことがない。  
どこに座ればいいのかも分からず、席番号を確かめながらきょろきょろしていると——

「あれ! 先輩!?」

 聞き覚えのある声に、思わず顔を上げた。

「三上さん……?」

「先輩も舞台観に来てたんですか!?」  
目を丸くして、ずいっと距離を詰めてくる。 
「推しとかいないって言ってたじゃないですか! 誰のファンなんですか?」

 間髪入れずに飛んでくる質問に、頭が追いつかない。

「あ……なんか、チケットをもらって……」

「ええっ!?」  
 里奈は大げさに声を上げる。
 「今日の公演、チケット激戦だったんですよ!? 席どこですか?」

 そう言って、私の手元を覗き込んだ。

「——えっ!?」  一瞬、言葉を失ったあと、さらに声を張り上げる。 

「あそこ、関係者席じゃないですか!? まさか先輩って……」

 じっと、まっすぐに見つめられる。  その視線が気まずくて、思わず目を逸らした。

「……舞台関係者の、親戚とかですか?」

 思いきりズレた推測に、拍子抜けする。

「ま、まあ……そんな感じ、かな」

 曖昧に笑うと、里奈はぱっと表情を明るくした。

「やっぱり!」  両手を叩いて喜ぶ。 

「いいなあ~! 関係者の飲み会とかあったら、呼んでくださいよ!」

「飲み会って……」  

 苦笑しながら言う。 

 「三上さん、妊婦じゃない」

「そうなんですけど~」  里奈は肩をすくめる。 

「どうしても、蓮くんと繋がりたくて!」

 その名前に、胸が小さく跳ねた。

「……繋がり?」

 私が聞き返すと、里奈はぱっと周りを見回してから、声をぐっと落とした。

「推しと個人的に連絡取れたり、会えたりすることですよ」 
 楽しそうに、でもどこか慣れた口ぶりで言う。 
「結構いるんです。俳優推しの子って、繋がり目的の人」

「……そうなんだ」

 思わず引いてしまう私を気にも留めず、里奈は続ける。

「主演の誠くんとか、有名ですよ?」  
 口元を手で隠しながら、嬉しそうに囁く。 
「可愛い子いたら持ち帰るって。界隈じゃ常識です」

「そ……そうなんだ……」

 まるで別世界の話みたいで、言葉を失う。

「蓮くんは、そういう噂あんまり聞かないですけど」  
 一拍おいて、肩をすくめる。 
「でも男ですし。タイミング合えば、そうなることもあるじゃないですか?」

「……タイミング」

 その言葉が、胸に引っかかった。

(私と蓮も、ただタイミングが合っただけ……?)

 否定しきれない思いが、胸の奥でざわつく。

「でも……三上さん、婚約したんじゃ……」

 私が恐る恐る言うと、里奈は一瞬だけ表情を曇らせ、すぐに笑った。

「完全に事故です!」  
軽い口調で言い切る。 
「ちょっと気晴らしのつもりだったのに、当たっちゃって……」

 そして、ふっと真顔になった。

「本当は、蓮くんと結婚するのが夢だったんですけどね」

 悔しそうに歯を噛みしめる。

「あ、今の話」  
 急に思い出したように、にこっと笑う。 
「旦那には内緒でお願いしますね?」

 何事もなかったかのように続ける。

「ほら、そろそろ開演ですよ!」

 そう言って、里奈は軽やかに自分の席へ戻っていった。

 私はしばらく立ち尽くしてから、チケットを見直し、なんとか自分の席を探し出す。


 席に滑り込んだ、その瞬間だった。
 客席の照明が、すっと落とされる。

 ざわめきが遠のき、静寂が満ちる。

 ――幕が、上がった。

 今日の演目は『ハムレット』。

 蓮の役は、オフィーリアの兄――レアティーズ。

(……蓮)

 舞台中央に現れたその姿を見た瞬間、息を呑んだ。

(こんな顔、するんだ……)

 いつも私の前で見せる、柔らかくて少し不器用な表情はない。
 張りつめた目。抑えた声。怒りを孕んだ視線。

 別人のようなのに、確かに蓮だった。

 気づけば、さっきまでの里奈との会話は頭から消えていた。
 視線は舞台から離れず、言葉のひとつひとつが胸に刺さる。

 ――引き裂かれ、すれ違っていくハムレットとオフィーリア。
 ――その間で、怒りと哀しみを募らせていくレアティーズ。

 蓮の声が、剣のように舞台を切り裂くたび、胸が締めつけられる。

 そして。

 幕が、静かに降りる頃には――

 私は、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

数年振りに再会した幼馴染のお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなった日

プリオネ
恋愛
田舎町から上京したこの春、5歳年上の近所の幼馴染「さわ兄」と再会した新社会人の伊織。同じく昔一緒に遊んだ友達の家に遊びに行くため東京から千葉へ2人で移動する事になるが、その道中で今まで意識した事の無かったさわ兄の言動に初めて違和感を覚える。そしてその夜、ハプニングが起きて………。 春にぴったりの、さらっと読める短編ラブストーリー。※Rシーンは無いに等しいです※スマホがまだない時代設定です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...