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「ちょっと……それ、ヴァンクリじゃない!」
ネックレスを見た瞬間、愛梨さんの声が一段跳ね上がった。
「え、なに? その女、ちゃんと殴った? 殺した?」
あまりの剣幕に、私は慌てて首を横に振る。
「はぁ!? 顔も髪もやられて、あげくヴァンクリ引きちぎるとか、ありえないでしょ!」
愛梨は本気で怒っていた。
「私だったら、その場でぶん殴ってるし、なんなら——殺す!」
「おいおい」
誠さんが苦笑いしながら割って入る。
「物騒なこと言うなよ。犯罪予告かよ。」
それでも愛梨さんは納得がいかない顔で、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……蓮が、初めてくれたプレゼントなんです」
声が、自然と小さくなる。
「たった一つの……思い出で……」
喉が詰まって、それ以上うまく言葉にならなかった。
「だから……余計に、辛くて……」
その場の空気が、すっと静まる。
「……まじかよ……」
誠さんが言葉を失ったように、低く呟く。
「はぁ!? ますます許せないんだけど!」
愛梨さんが再び声を荒らげた。
「なにそれ! 初めてのプレゼント引きちぎるとか、いまから殺そう?その女」
「やめろって。まどかちゃん引くだろ」
誠さんが、昂る愛梨さんを手で制した。
「……とはいえ、これ普通に傷害と器物損壊だぞ。警察には行ったのか?」
「まだ……何も」
首を振る。
「それより……蓮に、会いたくて」
正直な気持ちが、そのまま零れた。
「会うだけなら、夜に来てもらえばいいんじゃないか?」
誠さんは、当然のように言う。
その一言が、胸の奥に突き刺さった。
「……別れたんです」
声が、かすれる。
「記事が出て……距離を置こうって、LINEが来て……」
ようやく絞り出した言葉だった。
「え?」
誠さんが、怪訝そうに眉をひそめる。
「でもさっき電話したとき、あいつ——
『俺の彼女だから、保護お願いします』って言ってたぞ」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「でも、LINEで……」
「見せてみ」
促されるまま、スマホを差し出した。
蓮とのトーク画面。
一番下に残っているのは、私が送った言葉。
——分かった。仕事、頑張って——
その直前。
蓮からのメッセージは、送信取り消しになっていた。
「……どういうこと……?」
喉が、ひくりと鳴る。
「でも、確かに……距離を置こうって……」
「……今夜、本人に聞くのが一番早いんじゃないか」
誠さんは腕を組み、少し考え込むように言った。
その横で、愛梨さんが立ち上がる。
「それより、まず病院。まだ開いてる時間でしょ」
「そのあと警察。私たち、ついていくから」
「ああ、愛梨。それがいい」
「誠、タクシー呼んで」
「はいはい」
愛梨さんは私のほうをまっすぐ見て、きっぱり言った。
「まどかちゃん。泣き寝入りだけは、絶対ダメだから」
その言葉が、今にも崩れそうだった私を、ぎりぎりで現実につなぎとめてくれていた。
病院では、医師に顔を覗き込まれながら告げられた。
「……ギリギリだけど、縫わなくて大丈夫そうですね」
消毒をされ、白いパッドを頬に貼られる。
記録用だと言って、何枚か写真を撮られたけれど、そのときの表情は自分でも思い出せない。
続いて向かった警察署でも、担当の人は驚くほど丁寧だった。
一つひとつ話を聞きながら、同じように写真を撮り、被害届の説明をしてくれる。
途中、何度も言葉が喉につかえて、声が途切れた。
そのたびに、隣にいた愛梨さんが自然に言葉を補い、私の背中をそっと支えてくれた。
まるで、何度もこういう場に立ち会ってきたかのような落ち着きだった。
そして何より――
南城誠が「知人として」直接付き添ってくれていたことは大きかった。
有名な俳優が事実関係を説明し、私と蓮の関係についても証言してくれたことで、
私の話は“思い込み”ではなく、“守られるべき被害”として受け取ってもらえた。
警察署を出るころには、空はすっかり暗くなっていた。
街灯の光が、やけに眩しく感じる。
「愛梨さん、誠さん……本当にありがとうございました。付き添ってもらって……」
深く頭を下げると、愛梨さんは小さく肩をすくめて笑った。
「いいのよ。私、こういうの慣れてるから」
その言葉に、思わず顔を上げる。
「誠と付き合い始めた頃、私も似たような目に遭ったの」
苦笑しながら、軽く続ける。
「カミソリ入りの郵便物が届いたり、ポストに犬の糞入れられたり」
「……店、燃やされかけたこともあったよな」
誠さんが淡々と付け足す。
愛梨さんは一度、ふうっと息を吐いた。
「まあ、ある意味“通る道”なんだけどね。でもね」
私の方を見て、はっきり言った。
「慣れる必要なんて、ないから。こんなの。ちゃんと、守られていいのよ」
目の奥が熱くなった。
誠が手を上げて、通りがかったタクシーを止める。
後部座席のドアが開き、促されるまま乗り込むと、張り詰めていた糸が一気に切れた。
身体が、急に重い。
シートに背中を預けた瞬間、強烈な眠気が押し寄せてきた。
「……じゃあ……ってことでは……」
誠さんがどこかに電話している声が、遠くに聞こえる。
「まどか……起きて……」
愛梨さんの声が、優しく、でもだんだん遠ざかっていく。
答えようとしたけれど、瞼はもう言うことを聞かなくて。
私はそのまま、深い闇に沈むように意識を手放した。
ネックレスを見た瞬間、愛梨さんの声が一段跳ね上がった。
「え、なに? その女、ちゃんと殴った? 殺した?」
あまりの剣幕に、私は慌てて首を横に振る。
「はぁ!? 顔も髪もやられて、あげくヴァンクリ引きちぎるとか、ありえないでしょ!」
愛梨は本気で怒っていた。
「私だったら、その場でぶん殴ってるし、なんなら——殺す!」
「おいおい」
誠さんが苦笑いしながら割って入る。
「物騒なこと言うなよ。犯罪予告かよ。」
それでも愛梨さんは納得がいかない顔で、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……蓮が、初めてくれたプレゼントなんです」
声が、自然と小さくなる。
「たった一つの……思い出で……」
喉が詰まって、それ以上うまく言葉にならなかった。
「だから……余計に、辛くて……」
その場の空気が、すっと静まる。
「……まじかよ……」
誠さんが言葉を失ったように、低く呟く。
「はぁ!? ますます許せないんだけど!」
愛梨さんが再び声を荒らげた。
「なにそれ! 初めてのプレゼント引きちぎるとか、いまから殺そう?その女」
「やめろって。まどかちゃん引くだろ」
誠さんが、昂る愛梨さんを手で制した。
「……とはいえ、これ普通に傷害と器物損壊だぞ。警察には行ったのか?」
「まだ……何も」
首を振る。
「それより……蓮に、会いたくて」
正直な気持ちが、そのまま零れた。
「会うだけなら、夜に来てもらえばいいんじゃないか?」
誠さんは、当然のように言う。
その一言が、胸の奥に突き刺さった。
「……別れたんです」
声が、かすれる。
「記事が出て……距離を置こうって、LINEが来て……」
ようやく絞り出した言葉だった。
「え?」
誠さんが、怪訝そうに眉をひそめる。
「でもさっき電話したとき、あいつ——
『俺の彼女だから、保護お願いします』って言ってたぞ」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「でも、LINEで……」
「見せてみ」
促されるまま、スマホを差し出した。
蓮とのトーク画面。
一番下に残っているのは、私が送った言葉。
——分かった。仕事、頑張って——
その直前。
蓮からのメッセージは、送信取り消しになっていた。
「……どういうこと……?」
喉が、ひくりと鳴る。
「でも、確かに……距離を置こうって……」
「……今夜、本人に聞くのが一番早いんじゃないか」
誠さんは腕を組み、少し考え込むように言った。
その横で、愛梨さんが立ち上がる。
「それより、まず病院。まだ開いてる時間でしょ」
「そのあと警察。私たち、ついていくから」
「ああ、愛梨。それがいい」
「誠、タクシー呼んで」
「はいはい」
愛梨さんは私のほうをまっすぐ見て、きっぱり言った。
「まどかちゃん。泣き寝入りだけは、絶対ダメだから」
その言葉が、今にも崩れそうだった私を、ぎりぎりで現実につなぎとめてくれていた。
病院では、医師に顔を覗き込まれながら告げられた。
「……ギリギリだけど、縫わなくて大丈夫そうですね」
消毒をされ、白いパッドを頬に貼られる。
記録用だと言って、何枚か写真を撮られたけれど、そのときの表情は自分でも思い出せない。
続いて向かった警察署でも、担当の人は驚くほど丁寧だった。
一つひとつ話を聞きながら、同じように写真を撮り、被害届の説明をしてくれる。
途中、何度も言葉が喉につかえて、声が途切れた。
そのたびに、隣にいた愛梨さんが自然に言葉を補い、私の背中をそっと支えてくれた。
まるで、何度もこういう場に立ち会ってきたかのような落ち着きだった。
そして何より――
南城誠が「知人として」直接付き添ってくれていたことは大きかった。
有名な俳優が事実関係を説明し、私と蓮の関係についても証言してくれたことで、
私の話は“思い込み”ではなく、“守られるべき被害”として受け取ってもらえた。
警察署を出るころには、空はすっかり暗くなっていた。
街灯の光が、やけに眩しく感じる。
「愛梨さん、誠さん……本当にありがとうございました。付き添ってもらって……」
深く頭を下げると、愛梨さんは小さく肩をすくめて笑った。
「いいのよ。私、こういうの慣れてるから」
その言葉に、思わず顔を上げる。
「誠と付き合い始めた頃、私も似たような目に遭ったの」
苦笑しながら、軽く続ける。
「カミソリ入りの郵便物が届いたり、ポストに犬の糞入れられたり」
「……店、燃やされかけたこともあったよな」
誠さんが淡々と付け足す。
愛梨さんは一度、ふうっと息を吐いた。
「まあ、ある意味“通る道”なんだけどね。でもね」
私の方を見て、はっきり言った。
「慣れる必要なんて、ないから。こんなの。ちゃんと、守られていいのよ」
目の奥が熱くなった。
誠が手を上げて、通りがかったタクシーを止める。
後部座席のドアが開き、促されるまま乗り込むと、張り詰めていた糸が一気に切れた。
身体が、急に重い。
シートに背中を預けた瞬間、強烈な眠気が押し寄せてきた。
「……じゃあ……ってことでは……」
誠さんがどこかに電話している声が、遠くに聞こえる。
「まどか……起きて……」
愛梨さんの声が、優しく、でもだんだん遠ざかっていく。
答えようとしたけれど、瞼はもう言うことを聞かなくて。
私はそのまま、深い闇に沈むように意識を手放した。
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